テラーノベル
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灰色に染まった鉄格子の向こうで、今日も変わらぬ朝が訪れる。外は見えない。時間の流れは、ここでは外とは違う。
それでも、彼──榧野ミコトは笑顔を忘れない。
特に、愛する人に対する笑顔は。
「おはよぉ、コトちゃん。今日も可愛いね。」
「……朝から気持ち悪い」
杠コトコは食堂の壁にもたれ、ミコトを一瞥しただけで目をそらす。言葉は刺々しい。けれど、彼女の視線が一瞬揺れたのを、ミコトは見逃さない。
「えへへ、コトちゃんに気持ち悪いって言われるの、なんだか嬉しいな〜。昨日は声かけても無視だったからさ。今日は進歩、進歩♪」
「……本気で殴るわよ?」
「コトちゃんのパンチなら、僕、受け止めるよ。優しさが滲んでるからさ」
「……ほんと、無理」
コトコはぷいと顔をそむけた。その耳が、ほんのり赤く染まっていることには気づかないふりをして、ミコトは穏やかな笑みを浮かべたまま、彼女の隣の席に腰を下ろす。
彼女が表面上、どんなに冷たくしても、その奥にある感情を、ミコトは確かに感じ取っていた。彼は人の気持ちに敏感だ。だからこそ、優しい。そして、誰よりも執着する。
それが、たとえ“歪んだ感情”だとしても——。
ミルグラム、の監獄に囚われている十人のヒトゴロシ。その中でも、杠コトコの存在は際立っていた。クールで、誰にも媚びず、自分のルールを絶対視する彼女。囚人たちと仲良くなろうともせず、数日だった今でも、孤立している。
その隣に、いつも明るく振る舞いながら、どこか“危うい”ミコトがいるのは、奇妙な構図だった。ミスマッチ、と言った所か。
「ねえ、コトちゃん。今日は一緒に散歩しよ〜?2人で歩いてると、皆に見られるかもだけどさ。ずぅーっと部屋でダラダラしてて運動不足は身体に良くないしさ」
他の囚人なら近づきもしないその部屋に、ミコトは平然と入り、コトコに声をかける。
─1人で散歩するより、2人でいた方が安心するじゃん。
ミコトの主張はそうだった。
「一人で行けば?」
「でもさ、コトちゃんが歩く後ろ姿、綺麗だなって、いつも思ってたんだ」
ね、いいでしょ?とミコトが顔を近づける。コトコはすかさずそれを避けて、目を逸らす。
「……変態」
「コトちゃん限定の変態だから安心して。浮気なんてしないよ」
彼女の顔が、ほんのりと赤く染る。照れ隠しとして、顔を逸らすのが癖のようだ。
「……もう、好きにしなさいよ」
肩をすくめてコトコは立ち上がる。付き合うつもりはない。ただ、諦めさせるために歩く。それだけ。
そう思っていた。
でも、ミコトの声が、隣で響くたびに——心の奥がわずかに揺れる。
彼の笑顔は、本物なのか?
それとも、何かを隠しているのか?
彼女は見抜く力がある。だからこそ、ミコトの中の「何か」に、薄々気づいていた。
けれど、それを暴くことが怖いと思ったのは、初めてだった。
Webオンリー「監獄管理記録」にて展示する0910小説の冒頭部分です。残りの2万4千字(予定なので増加有り)は、当日pixivにて展示します。
コメント
1件
最高すぎる0910が、あと2万字以上読めるんですか!?監獄管理記録、楽しみです〜!!!