テラーノベル
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33 ◇聞こえない振り
今になって何ほざいてんだっ。
聞いてないよ、ってか聞こえないよ。
折角聞こえない振りをしてやっているのに男は更に音量を上げて
言い放った。
おい、クソ坊主!
神聖な寺でそんな破廉恥なこと、言っていいのかよ全くう。
近頃の坊さんはどうなってるんだよぉ。
そう毒づいてないと、ちっちゃい俺の心臓は爆発しそうだったんだ。
「おいっ、聞こえなかったのか!
俺と眞奈は、SEXする仲なんだよ」
あきれた坊主だ全く。
聞こえない振りをしてやってる上品な俺様に向かってなんちゅうことを
言うんだか。
知らない振りでことを収めて帰ってやろうとしてる人間に
向かって何たる態度なんじゃ。
こう大声で聞こえよがしに叫ばれたんじゃあ、踵を返すしかないではないか。
他の女に対してはどうでもいいから尊大な態度を取れる俺が、こと眞奈に
関しては信じられないくらい臆病風を吹かせるっていうのをまるで知ってでも
いるかのような男の態度。
俺はもう一度男の側まで歩いて行った。
「何言ってんだよ! あんた」
「 質問にちゃんとお答えしただけですよ」
「眞奈とのことを、下品な物言いでするなよ」
「まぁまぁ、あなた下品ってどこが下品なんですか。
あなたのおっしゃってることは難癖のようなものですよ。
例えばね、子供は男と女、まぁ両親と言い換えてもいいですけど
その両方がSEXするから出来るのに、コウノトリが運んで来るのよ
っていう言い方でないといけないって言ってるようなものです。
男と女が好き合ったら当たり前にすることですよ。
そして好きな女性がいると普通は浮気なんてしないものですよ。
そういう輩こそを私は下品な人間だと思いますがね」
『浮気』浮気という言葉に、脛に傷持つ俺はびくついた。
目の前の男はどこまで俺たちのことを知っているんだろう。
迂闊なことをしゃべったら、藪蛇になるかもしれないことが
俺の口を重くした。
34 ◇バレていた
「寺の坊主と眞奈さんのような女性がどうやって出会ったか
興味ありますか?」
「出会い系か、なんかなのか?
全然接点ないから。
それともここへお参りに眞奈が来てたとか?
どうやってモノにしたんです?」
「土管……」
そう言うと男は土管のある方に視線を投げた。
そちらのほうを見ると、大きな木の側にそれはあった。
「眞奈は土管の中で泣いてたんだ……初めて会った時。
悲しそうだったなぁ~、はははっ」
はははって何なんだよ、ほんとに僧侶らしからぬ輩だ。
「ままっ、あきれないで! つい懐かしくてね」
そう言って男は小さく笑った。
男が紡ぐ眞奈という言葉は何とも言えない抑揚がついていた。
男が眞奈をものすごく愛でている感情が強く滲み出ているというような。
元妻のことを眞奈、眞奈と呼び捨てにするんじゃないっ、と
思わず抗議しそうになる。
「あなたが外で女性と遊んでたことはバレてたんですよ。
何もかもね。
で、眞奈はどんなふうに泣いてたと思います?」
「分からないよ。
眞奈が泣いてるところなんて俺は一度も見たことがないから」
「想像してみろよ、彼女の悲しそうな姿と泣き声を。
めったにお目にかかれない泣き方だったなぁ~」
「くっそぉ~、もったいぶりやがって。
言うなら、勿体付けず早く言ってくれっ!」
「号泣してたんだよ、目を真っ赤に腫らしてね。可愛かったな、ははっ」
何か楽し気に……
思い出してる風に……
男は語るのだった。
こいつ頭のネジは大丈夫なのか?
俺は男の話が遥か斜め上をいくので気持ちがついていかない。
情けないことに自分が何をしに来たのかもあっけにとられ
忘れてしまう始末。
35 ◇往生際の悪い男
「俺は眞奈が俺の浮気のことを知ってたなんて、最近まで
知らなくて……
だからそのことが理由で離婚されたことも知らなくて……
やり直したいと思ってる。
それであんたの存在も最近知って、今日会いに来た」
「往生際の悪い男だ。
もう彼女に関わるな。
割れた茶碗は元の形には戻らないって知ってるだろ?」
僧侶の声が遠くに聞こえた。
あぁ、知ってるそんなことは……百も承知してるさ。
信じてもらえないかもしれないが……
愛し方を間違えたかもしれないが……
俺は眞奈を愛してるんだ。
そしてあんなものやこんなもの、LINEの中に詰まってたあれこれを
見られていたのでは、到底俺の想いなど信じてもらえないことも。
どう転んでも元妻にとって俺は以前のようにやさしく信頼のおける
愛すべき夫には戻れないだろう。
後悔と絶望が俺を襲う。
「あなたは何もかも見透かしたようなことを言うが今日俺がどういう
つもりでここへ、あなたに会いに来たか分かるか?」
「察しはつくね!」
「俺はまだ眞奈のこと、諦めてないから」
「宣戦布告、というわけだ。無駄だ!」
背中に僧侶の言葉を受けながら、俺は今度こそ踵を返し寺を後にした。
俺は僧侶に……
眞奈の想い人である男に……
対峙し宣戦布告したにも関わらず、しばらくの間何もできずにいた。
思っていた以上にあの男の言葉が俺の胸を抉ったからかもしれない。
あの男の発した最後の言葉、たった3文字が俺をきつく縛り付けた。
眞奈以外の女に向けてチャラオ男としてなら、文句なしに自信がある。
だがひとりの男としては完全に負けた気がして歯がゆいぐらいに前に
進めないのだ。
しばらくの日々、俺は悶々として過ごした。
コメント
1件
うわ、この展開…!元夫が僧侶に詰め寄るシーン、めっちゃ緊迫感あったわ。特に「土管の中で泣いてた」って僧侶が言ったときの元夫の動揺が伝わってきて、胸がギュッとなった。自分は一度も見たことない眞奈の姿を他の男が知ってるって、そりゃキツいよな。最後の「たった3文字」が何か気になる…次が待ち遠しい!