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36 ◇1通のハガキ
離婚した元夫の瑛士から便りがあった。
1通のハガキ。
きっと私がスマホを買い替え、メールアドレスかやら電話番号
まで変えてしまい、文明の利器を使えなかったからだろう。
時節の簡単な挨拶と、お決まりの文言でお元気ですか……と。
-あれから俺はずっと独りでいます。
眞奈に会いたくてたまらない。-
元夫の気持ちが綴られた、たった2行の文章。
読んでも、何の感慨も湧きはしなかった。
私の心が寂しがっていた時には、他の女たちと現を抜かしていた瑛士。
女友だちの大勢いると思われる瑛士が寂しい? ないない。
ただの常套句なのだろうけど、敢えて私は反応してみる。
何か小説や漫画などの中の話のようでむちゃくちゃこそばゆいけど
『瑛士、私は今度こそ真実の愛を見つけたの。(きゃあ、恥ずかしい~)
だからこの先一生、あなたに関りを持つことはないと思うわ』
返信に書くとするなら、『』の言葉を胸の中で呟きながら
ハガキを机に積んである書類の山にポイっと投げ捨てた。
その後、私が返事を書くことはなかった。
◇ ◇ ◇ ◇
蓮さんと付き合い始めても基本私の日々の生活のリズムは以前と
そう変わらなかった。
それは結婚とか一緒に暮らそうという話が出てこなかったから。
私が仕事帰りに蓮さんのいる場所に寄って少し顔を見て会話したり、
子供たちが境内に来ている時に私がお寺に行けた時は一緒に遊んだり、
そして週末は蓮さんに手料理を振舞い、蓮さんは泊まって帰る、そんな
感じで以前と変わったのは蓮さんが週末泊まりに来るようになった
ことくらいだった。
蓮さんが我が家を訪れた日。
「昨日、君の元旦那が寺へ来たよ」
げっ、食事の支度をしてた私は驚いて手にしてた菜箸を思わず
落としそうになった。
私にはハガキを、蓮さんには会いに……。
何考えてるのだろう、あの人は!
「何しに?」
「何しに来たのやら……だな。ははっ。
どうやら君に、並々ならぬ未練がありそうだった」
「あり得ないわぁ~、そんなことぉ」
「そっ?」
「うんっ、天地がひっくり返ったってあ・り・え・ま・せ~んっ」
「そっか、そうなんだ」
「ねっ、それより今日はこんな新しい〇〇メニュー作ってみたの。
食べてみて」
眞奈の元旦那、あんたちっとも相手にされてないぞ。
ざまぁみろっ!
眞奈は料理のセンスが抜群でどの料理も絶品だ。
この先眞奈のおいしい料理に舌鼓する度に眞奈の元旦那に対して
もう、二度とあんたはこのおいしい手料理が食べられないなんて
ご愁傷さまぁ~と言い続けそうな俺がいる。
こんな別嬪で性格もよく、働き者で男ならみんなお付き合い願いたく
なるような女性を妻にしながら、何やってんだか。
37 ◇新たな決意
土管の中から出て来た時の眞奈の顔。
あの時の顔をもし眞奈の元夫が見ていたら、発狂するくらい
彼女を手放したことを後悔することだろうにと思う。
まぁ、今も後悔の嵐のようだが。
一瞬小さな女の子かと思うほど涙の名残が顔に残ってて、心細そうで
儚げな風情だった。
ヨシヨシして、ふわりと包み込んでやりたくなるほど可愛らしかった。
思えば思うほど面白い出会いだったな。
女なんてもう元女房だけでこりごりだと思っていたのに、思わぬ形で
眞奈にグイグイ俺の懐に入って来られて、気づいたら愛しくてなくては
ならない存在になってた。
余所の男と浮ついた元女房は俺とやり直したいからとずっと俺の出所を
待っていたが、腹の虫が治まらずしばらく拒絶を続けていたら半年も
経たないうちに近場で言い寄ってきた男と再婚しちまった。
もう少し時間を置いて腹の虫が治まれば、許してやり直してやっても
いいかと思っていたところだったもんだから、かなり俺は自分の甘さ
加減を呪ったものだ。
結局元女房は新しい男に若い女のほうに乗り換えられて……。
因果応報ってヤツだな。
で、ひとりになると女房はまた俺に連絡を寄越すようになって、
そんな時寺の境内で眞奈と出会った。
眞奈との出会いがなくたって、今度こそ元女房を許しちゃあいなかったと
思うけど。
眞奈との出会いは半分人生を捨てたような気持ちで暮らしていた俺に
さぁ~っと春の光が射してきたような……
俺の人生の色をぱっと変えてくれ瞬間だったと思う。
俺たちは何の約束もなしでお互いの好意だけでここまで来たけど、
そろそろ形にしてもいい頃合いかもしれないと思うようになった。
眞奈の元旦那の出現も影響してるかもな。
今更俺だって眞奈をおいそれと譲れるものではないから。
38 ◇哀れな奴
先だっての樋口瑛士の発言を思い出し、何気に眞奈に聞いてみた。
「あれから元旦那から何か接触あった?」
俺の質問に眞奈は目をパチクリさせて何やら動揺を隠せないとでも
いうようなオーバーアクションをして見せた。
何気に聞いたこっちがその様子にビックリしてしまった。
「どした?」
「えーっ、何で今その質問なのかな?
びっくりしたわ。
あなたって予知能力でもあるの?」
「……?」
「実は先日元夫から手紙があって。
その内容が私とやり直したいっていうものだったから、私
ビックリしちゃって。
ね、どうしてそんな質問思い出したみたいに今日、私にしたの?」
あーっ、びっくりしたぁ~。
だって瑛士さんが蓮さんのいるお寺に来たって聞いた日には
すでに彼からのハガキ来てたんだもん。
なのに私ったら、蓮さんにはハガキのことスルーしちゃって
言わなかったし。
なんか、復縁迫られてるなんて言いたくなかったんだもの。
******
そんなふうに眞奈が問い詰めるかのように聞いてきた。
あいつ《樋口瑛士》からそんな復縁要請が来ていたのなら
そりゃあまぁ、驚くのも無理はないかもしれない。
「彼が寺に来たことは少し話してたけど。
君に話しそびれてたことがあって。
あの時、彼が眞奈を俺から取り戻すからって、そう言って
帰って行ったもんだからちょっと気になっていてな、聞いてみた。
君から全然彼のこと聞かないでいたからあの時のセリフは奴のただの
強がりだったのかもしれないなぁ~とか思ってたんだが。
やっと今頃決心したってわけだ。
君に連絡してきたってことは。
やはり本気だったか!」
「本気って、ヤダわ。何かぞわっとする」
そう言いながら眞奈は奴のハガキを俺に見せてきた。
必死さの滲み出ている文だと思った。
哀れな奴よのう……!
などと余裕の俺は心の中で奴のことを茶化した。
眞奈が取り付く島もなく嫌がっているのも俺としては溜飲が下がったのだ。
プンプン丸の眞奈が言った。
「ほんと、馬鹿なんだからぁ~。
私はもう蓮さんの彼女になったんだよぉ~。
手遅れぇ~どんだけぇ~!」
と最後は訳の分からん言葉で結んだ。
眞奈も言った後ですぐに変だと思ったのか、俺と顔を見合わせて笑った。
コメント
1件
あらためて、元夫・瑛士からのハガキと蓮さんの視点が交互に来る構成、すごく味わい深かったです。眞奈がハガキを「ポイ」と投げ捨てる軽やかさと、蓮さんが元夫のことを「哀れな奴」と余裕で茶化す場面の対比が絶妙で、思わず笑みがこぼれました。 「手遅れぇ~どんどんぇ~」で眞奈と蓮さんが顔を見合わせて笑うラスト、この二人ならではの空気感が伝わってきて、すごく好きなシーンです。次も楽しみにしています!