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体調の悪さを感じながら、今日もクリニックの門をくぐる。生理周期が不規則な私は、タイミング法を計るのも一苦労だった。ゆえに病院の力を頼るしかない。
いつものようにクリニックの中に入ると、待合室の椅子がすべて埋まっていて、座れそうになかった。受付を済ませて、壁際に寄りかかり、名前が呼ばれるのを待つことにする。
鞄からスマホを取り出して、読みかけていた記事に視線を落としたときだった。
「あのぅ、すみません。ちょっとお聞きしてもいいですか?」
「はい?」
いつの間にか目の前に、ショートカットの女性が立っていて、申し訳なさそうな表情で私を見つめながら話しかける。
「私、ここの病院に来るのがはじめてなんですが、いつもこんなに混んでいるんですか?」
(ああ、はじめてここのクリニックに来た患者さんなのかも――)
「少し前に雑誌に掲載された関係で、混むようになった感じです」
彼女の緊張ほぐすように、笑いかけながら答えた。
「不妊治療に有名って噂を聞いて、来院したんですけど……」
声を潜めつつ恐るおそる訊ねた彼女に、クリニックでおこなわれる、詳しい治療について口を開く。
「ここの先生が、不妊治療に最新技術を取り入れてるみたい」
「そうなんですか。現代医療の最新技術を使って、少しでも妊娠する確率をあげたいですもんね。ちなみにどれくらい通われてます?」
逢ったばかりの女性に、いきなりなされた質問に困り果て、思わず言葉を飲み込んだ。
「すみません、私ってばつい……。実は私、ここの病院で三軒目なんです。夫と私は健康上なにも問題がないのに、全然妊娠しなくって」
見知らぬ女性は声を震わせながら、口元を押さえて頭を俯かせる。思いつめたその様子に、慌ててポケットからハンカチを取り出した。
「ここで三軒目って、それは大変でしたね」
いたわるように声をかけて、手にしたハンカチを女性に差し出す。
「ありがとうございます。涙は引っ込みました。うれし泣きにとっておかなきゃ」
女性は私が差し出したハンカチを両手を前にして断り、小さく頭を下げた。仕方なく出したものを引っ込めて、愛想笑いを浮かべながら語りかける。
「私はここの病院に通い始めて、まだ一ヶ月なんです。もともと生理不順のせいもあって、できにくいみたい」
「そうなんですか。最初は私だけ病院に通っていたんですけど、それでも原因が掴めなくて、夫にも来てもらって検査したりと、いろいろやっているんですけどねぇ」
「私の夫は仕事が忙しくて、なかなか病院には顔を出せないの。そうよね、なんとか時間を作って、一緒に診てもらったほうがいいわよね……」
(そういえば病院が変わってから、まだ1度も一緒に診てもらってなかったな)
持っているハンカチを握りしめて、考えに耽ったとき、私の名字が待合室に響いた。
「呼ばれたみたい。それじゃあ行ってきます」
「こちらこそ、いろいろお話を聞けて、参考になりました」
見知らぬ女性に深く頭を下げてから、診察室に足を進める。今日は流産後の診察や、検査をする大事な日だった。