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外れたぞおお!絶対イケメンだろ...
文化祭当日。
秋晴れの空はまるで祝福するように青く、校庭を吹き抜ける風は少しひんやりとして気持ちよかった。
生徒たちは朝から忙しく動き回り、廊下には出し物の看板や呼び込みの声が溢れている。
屋台の甘い匂い、スピーカーから流れる軽音部の演奏、クラス演劇の舞台セットを引く音――。
学校全体が、いつもとは違う色に染まっていた。
その中で、生徒会室だけは特別な緊張感が漂っていた。
全体進行の本部として、常に人が出入りする。
トラブルがあれば連絡が入る。
その指示を最終決定するのは、生徒会長。
もちろん、まろだった。
「……次、二年三組の教室移動確認。予定通りや。」
黒い仮面の奥から低い声が落ちる。
資料を一瞥し、すぐにハンコを押す。
その無駄のない動きに、一年の役員が「すげぇ……」と小声で漏らすのを俺は聞いた。
まろは気づいていないか、気づいているけど無視してる。
どっちにしろ、今日も完璧だ。
でも、その仮面が今日だけはいつも以上に重たく見えた。
「会長。」
俺は小さな声で呼んだ。
机を挟んで座るまろが、ゆっくりと仮面をこちらに向ける。
「……なんや。」
「休憩入れようぜ。もう二時間ぶっ通しだぞ。」
「いらん。まだ終わっとらん。」
まろの声は低く、冷たい。
でも分かる。
焦ってるんだ。
責任感が強いから。
この文化祭を成功させたくて、誰よりも必死なんだ。
「会長。」
「ないこ、副会長やろ。」
「は?」
「俺に従え。」
一瞬、言葉を失った。
いつも以上に刺すような声。
まろの目は真剣だった。
他の役員たちが、シンと静まり返った。
俺は小さく息を吐いた。
「……分かったよ。」
譲るしかなかった。
今は。
正午を過ぎた頃、事件が起きた。
音響班が機材トラブルを起こした。
講堂で予定されていた演劇が進行できない。
観客もどんどん集まってるのに。
放送部の二年が血相を変えて生徒会室に飛び込んだ。
「会長! スピーカー、全部落ちました!」
「復旧は?」
「分かりません! 多分ケーブルの断線か、電源周りがショートしてて――!」
その瞬間、まろは資料を置いた。
「案内しろ。現場行く。」
「え、でも――」
「副会長、後は頼む。」
俺の目を真っ直ぐに射抜いた。
仮面越しの視線だったけど、確かに伝わった。
「任せる」って。
「分かった。ここは俺が回す。」
まろは小さく頷き、走り去った。
生徒会室を切り盛りしながら、俺は心臓がバクバクしていた。
会長はすげぇ。
でも無茶する。
雨宿りしたあの日だって、本当は弱い部分を見せてくれたのに。
机の上で拳を握った。
「……大丈夫だよな。」
それから三十分後。
音響トラブルはまろの指示で応急対応が終わり、なんとか進行が再開した。
現場を取り仕切ったまろが生徒会室に戻ってきた時、皆が拍手した。
「さすが会長!」
「まろ先輩、すげぇ!」
まろは何も言わなかった。
ただ、少しだけ肩を上下させて、荒い呼吸を抑えていた。
俺はペットボトルの水を渡した。
「飲め。」
「……おおきに。」
仮面の下から少しだけ水を流し込む仕草をした。
その時――
廊下から誰かがぶつかってきた。
一年生徒が、抱えた段ボールを落としそうになり、慌ててバランスを崩した。
「危ない!」
まろは即座に手を伸ばした。
その拍子に――
ガシャッ
仮面の留め具が弾けた。
落ちた。
生徒会室の真ん中に、黒い仮面が転がった。
全員の視線が、一斉にまろに集まった。
しん、と音が消えたようだった。
俺も、息を呑んだ。
そこにいたのは、完璧すぎるくらい整った顔だった。
高い鼻筋、切れ長の目、透き通った白い肌。
光に反射するような青髪。
全てが「美しい」じゃ足りないくらい整っていた。
誰もが、息を止めた。
目を奪われた。
「……やば。」
誰かが呟いた。
その瞬間、室内がざわついた。
「すげぇ……イケメンすぎだろ。」
「え、会長ってあんな顔してたの?」
「写真撮っていい?」
スマホを取り出そうとする奴がいた。
「やめろ!!」
俺は叫んでいた。
胸が張り裂けそうだった。
まろは――動けなかった。
震えていた。
下を向いて、必死で何かを堪えるみたいに。
悔しかった。
悲しかった。
「お前ら、出てけ!!」
怒鳴り声を響かせた。
生徒たちはびっくりして一歩引いた。
俺はその隙に、まろの手を掴んだ。
「会長、こっち。」
「……離せや。」
「離さない。」
俺は力いっぱいまろを引っ張った。
会議室を飛び出し、廊下を走った。
体育館裏まで走って、ようやく足を止めた。
周りには誰もいない。
雑草が風に揺れているだけだった。
まろは壁にもたれて、膝に手をついた。
肩が小刻みに震えていた。
息が荒い。
泣いているのか、怒っているのか分からなかった。
俺は息を整えながら、ゆっくり近づいた。
「会長。」
「……見るな。」
まろの声が掠れていた。
「頼む。見んなや。」
「……嫌だ。」
「アホ。」
震えた声だった。
顔を伏せて、黒髪がさらりと落ちる。
完璧すぎるその顔が、歪んでいた。
「注目されたないんや……」
「……」
「もう、嫌なんや。……また、写真撮られて、拡散されて、騒がれて……もう……」
まろの声が途切れた。
喉が詰まって、泣きそうだった。
俺は、ゆっくり手を伸ばした。
まろの肩を掴む。
「会長。」
「……なんや。」
「大丈夫。」
まろが顔を上げた。
目が赤くなっていた。
その綺麗すぎる顔が、苦しそうに歪んでいた。
「お前は、お前だ。」
「……やめろ。」
「お前は、会長だ。」
「やめろや……!」
「俺は、お前が好きだ。」
まろは声を失った。
ただ、大きな瞳がこちらを見開いていた。
震えていた。
「イケメンだろうがなんだろうが関係ない。お前はお前だろ。」
静かな風が吹いた。
落ち葉が二人の間を舞った。
まろの唇が震えた。
でも、言葉は出なかった。
だから俺が言った。
「お前が仮面をつけたいなら、つけろ。」
「……」
「でも、もう逃げんな。」
まろは俯いたまま、肩を震わせていた。
何かを必死で飲み込むように。
俺はそっとその頭を抱き寄せた。
青髪が指の間を滑った。
「俺が、守るから。」
その瞬間、まろの手が俺の服を掴んだ。
ギュッと、震える手で。
何も言わなかった。
でも、もうそれで十分だった。
風が止むまで、ずっと二人でいた。
遠くからは文化祭の音楽が聞こえていたけれど、もうどうでもよかった。
大事なのは、この仮面を外した顔のまろを、誰よりも俺が知ってることだった。