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放課後の教室に一際目立つ生徒が一人
綺麗なブロンドの髪色に、それに見合った美しい顔立ち___
私は教室の隅の隅から見つめる。
それだけでも、とても幸せと呼べるものだった。
何故なら………
と、黄色い声援が廊下側から響き渡る。
こんな少女漫画のような、学校一の王子様にファンクラブがつくようなストーリーは現実にはないと思っていたけれど、
結構、本気で、あるらしい。
これで分かっていただけたかと思いますが、
私はその王子様と噂される彼と、同じ教室で過ごす事ができる、いわゆる勝ち組である。
王子の名は、伊郷凛人
そして、名乗るほどの者ではないのですが…
私は要絃花だ。
いつものように黄色い声が賑わうこの廊下と教室の間で交わされるこの儀式は、我々はすでに慣れていた。
私と同じ勝ち組の女の子たちが勝ち誇った顔で廊下側にアピールする。
それに食い下がるわけもなく、アイドルの追っかけのように一人一人が伊郷くんにチャンスを求める。
そのチャンスはというと…
「そろそろ行ってあげたら?」
伊郷くんと話をしていた3人中1人の男子生徒が声をかける。
それに応えるように伊郷くんは「分かったよ」と小さく呟いた。
ガガガと椅子を後ろに下げ、伊郷くんは渋々といった様子で立った。
それと同時に女子たちが舞い上がる。
その終始を見ていた男子生徒がやれやれとし出す。
これがいつものパターンなのだ。
廊下側にいる女の子たちに、伊郷くんは慣れない様子で「ありがとう」と口にし、手作りクッキーや手作りケーキなどを貰っていた。
(慣れないものなんだなぁ…)
と思いつつも、私は彼の後ろ姿を眺めていた。
そう、ただ眺めていた。
伊郷くんがくるりと回って、出番が済んだアイドルのように颯爽と去っていく。
途中、目が合いそうになったので私は必死に誤魔化した。
私は極度の人見知りで、男の子に対しては”とても”が付くほどの苦手意識があり、高校2年になった今でも男の子との関わりは避け続けている。
そんな私が伊郷くんと話したことは…
ない。
全くないのだ。
当たり前だろう。
だけど密かに憧れてしまっている。
話せなくたって、憧れを持つことは誰にだってある。
テレビの中の人を憧れ、と言っているのと同じようなことだ。
伊郷くんはいつ見ても落ち着いていて、時より可愛い笑顔を見せたり、授業だっていつも真剣な眼差しで受けている。
その甲斐あってか、伊郷くんは先生にも後輩にも慕われていた。
こういっちゃなんだが、高校男子特有の元気さとはかけ離れていて、見ていて落ち着く。
こんな事を考えている間にも下校のチャイムが鳴り始めた。
(やば、帰らなきゃ)
私は机にかけていたスクールバッグを手に取って、足早に教室から出た。
いつの間にか伊郷くん達も廊下の伊郷ファンの子達もいなくなっていた。
やけに静かな廊下に小さな胸騒ぎを感じ、そわそわと歩く。
「〜〜〜してやれよ」
(ん……?まだ人いる?)
理科準備室から聞こえる声になんだか聞き覚えがあるように感じ、足を止めた。
目が合う。
冷めた目、右手には手作りクッキー。
それを、わざと私に見せつけるかのようにゴミ箱へと雑に捨てた。
(え………)
(な、にこれ。い、ごうくん?)
「え、あれ、見られてんじゃん」
伊郷くんの友達が廊下に立ちすくむ私に気付いたようで、伊郷くんにそう伝える。
気まずい雰囲気に私は今すぐにでも立ち去りたいのに、衝撃が強過ぎて固まってしまう。
いや、今すぐ、本当に今すぐ立ち去りたいんです。
だけど時が止まったように私は立ちすくんで伊郷くんを見つめてしまっていた。
「なに?」
冷たく言い放つ伊郷くんは、一瞬で私の憧れとは正反対の程遠い存在になっていた。
「い、いやなんでもないです…」
なんとか、か細い声を振り絞り言った。
「別にこのこと言いふらしてもいいけど、今捨てたクッキーね、髪の毛入ってたからね」
「え?」
伊郷くんは話を続けた。
「多分このチョコケーキも色々と入ってるだろうね、食べてみる?」
意地悪そうに笑う伊郷くん。
「あ、いやえっと…」
「はっきりしないよね、要さんって」
思わず大きな声を出してしまい、口元を両手で押さえた。そのため、持っていたスクールバッグが床に落ちてしまう。
自分でも驚きだ。
それよりも、伊郷くんが私の苗字を知っている事が、何よりも驚きだったのだ。
伊郷くんの友達の3人も顔を見合わせて何も言わず驚いていた。
伊郷くんも同様だ。
「あ!いや!えっと!ままままさか伊郷くんが私の苗字を口にするなんて、思わなくて!」
人見知りが上にコミュニケーション能力も欠落している私は、男の子と普通に話せるわけもなく…
動揺した私の言葉に、皆馬鹿にして笑うわけもなく、頭の上にハテナを浮かばせて困ったように笑っていた。
「ご、
私はスクールバッグを抱えて、長く続く廊下を走り抜けた。
伊郷くん。
伊郷くんがしていた事は、言いふらすようなことじゃないから安心してほしい。
ただただ私は、先ほどの動揺っぷりが伊郷くんに嫌悪感を抱かせてしまっただろうことが1番の心配です。
あまりにも自分勝手な解釈に、学校の門から出てすぐに我にかえり、小さくため息をついた。
お願いします、全国の神様。
どうか私含めて全ての人の、今日起きた記憶を抹消してください。
押し付けられる日直の仕事も、みんながやりたがらない委員会も全て私が引き受けます。
ですから、私の失敗だけはどうかどうか、伊郷くんが忘れて、何事もなく明日を迎えさえてください。
遠い存在であり、華麗なオーラを放つ伊郷くんが明日には私と話したことさえ記憶に残るわけがないのに、こんな大胆に悩む私は心底幸せ者だろう。
だけど今の私にはそんなこと、考えている余裕などなかったのだ。
小さな石につまずいたが、後ろを振り返って、人がいても恥ずかしいと感じないほどに、今の私は、明日の伊郷くんのことで頭がいっぱいになっていた。
次の日、私は机に顔を突っ伏して寝ていた。
寝る、ことにしたのだ。
夜な夜な考えた、私の気持ち悪い動揺姿を伊郷くん達が忘れていくようにするには、というなんとも幼稚な考え事の末の結果である。
だけど考えてみれば、いつもの私も本を読んだり、窓から見える景色に黄昏てみたり…普段と変わらない姿に皆不思議に思うこともなく。
(意味なかったかも……?)
そう思った頃には、伊郷くん達が登校してきたと分かるように女の子達が騒ぎ始めていた。
この短時間で違う対策を考えることもできず、また顔を伏せて寝ることにした。
「昨日のクッキー食べてくれた?」
「うん、ありがとう」
「チョコケーキも!?」
「そうだね、どうもありがとう」
顔を伏せても聞こえるやりとりに、いつもより聴力が増して良く聞こえる。
(普通に嘘つく…)
いけないいけない、と伏せながら顔を横に振る。
伊郷くんはきっと、女の子たちを嫌な気持ちにさせないために嘘をついているんだ、と思う。
近づく女の子たちの声援に、さらに聴力が良くなっていると気づく。
と思ったら、急に静かになる教室内に私は不意に不思議に感じる。
(なんだろう…人の気配は感じるんだけど…)
恐る恐る顔を上げる。
が、上げなければよかったと後悔するには少し遅過ぎたようだ。
いや、かなり。
私の机の横に、伊郷くんが立っていた。
そして、伊郷ファンクラブ所属のキラキラした女の子たちも。
「え………?」
固まる私と、冷めた顔の伊郷くんと、周りと目を合わせて困っていく女の子達。
「伊郷くん、席向こうだよ?」
沈黙を良いとしない女の子の1人がこう言った。
が、伊郷くんは何か言いたげにするが、確実にこちらを蔑んだ目で見たまま、何も発さない。
「あの…」
声が裏返る。
一気に顔が真っ赤になり、一瞬で視力も聴力も失われたように
女の子たちの小さな悲鳴を微かに聞こえたまま、私は倒れた。
「ん………んん」
目を瞑っている時、何故学生たちの賑やかな声が聞こえるのだろうと、何度も思い、私はようやく目を開けた。
「そうだ私…」
そうだ私倒れたんだった、と言い終える前に保健室の先生が「お、気付いたか」と声をかけた。
「うん」
「あんまり無茶したらダメって言ったよね」
「無茶なんかしてないよ」
「してるから、こんな目にあってるんじゃない」
そう淡々と話すのは、西岡多江先生。
私の叔母であり、この学校の保健室の先生である。
そして私が学校内で唯一気楽に話せる人にあたる叔母は、私のことをよく分かっている。
「なにがあったの?」
「何があったんでしょう…?」
問いに対して問いで答える私に多江ちゃんは呆れたように笑った。
あの後何故倒れて、どのようにここに運ばれてきたのか記憶にない。
記憶にないという心配よりも、この後教室に戻らなくてはいけないという心配の方が勝っていた。
「今日は帰ったら?」
「いいの!?」
「また教室戻ったって、不安が募るばかりで授業に集中できませんって顔に書いてある」
「多江ちゃーん!!!」
「こーら、今は先生って呼びなさい!」
そのまま多江ちゃんに抱きつこうとベッドから飛びかかろうとした、その時。
何者かが雑にカーテンを開けた。
その何者かが、先ほど倒れた私を保健室に運んでくれたと知ったのは、多江ちゃんが温かなレモンティーを作ってくれてる最中のことだった。
「だから絃花、ちゃーんと感謝しないと」
「はい……」
か細く答える私に、さっきとは違った多江ちゃんの呆れた笑いが、悉く情けなさを募らせた。
レモンティーの入ったカップを机に置き、「あぁ、そうそう」と言った多江ちゃんが急ぐようにドアに向かった。
「私職員室でコピーしてくるから、ここ開けておくわね。いつでも帰っていいわよ」
「え!た、西岡先生!」
「じゃね〜」と軽く手を振って、私の1番信頼していて今1番必要としていた多江ちゃんが出ていった。
どうしようと思うまでもなく、何者かがため息をついた。
もう言いますね。
何者かは、皆さんの予想通り、我らが憧れの王子、伊郷くんだ。
「あの、どうもありがとうございました」
とマニュアル通り話すAIのように私は感謝を述べ、帰る支度をし始めた。
失礼だとは思うけど、お礼はしたし、あまりここに長居したら伊郷ファンクラブ所属の女の子たちが勘づいてここに群がるに違いない。
それは絶対に避けなければいけない。
「では」と軽く会釈をして、伊郷くんから離れる。
ドアに手をかけた瞬間、「ねえ」と背後から声がした。
聞き間違いではない、紛れもなく伊郷くんの声だった。
肩がヒィと上がり、恐る恐る振り返った。
目に見えたのは、特に怒ってもいない、いたって普通な伊郷くんがこちらを見ていた。
少しホッとして、私は思わず微笑んでしまった。
これが気に障ったのかは分からないが、伊郷くんは頭を掻いて、こちらに向かって歩き始めた。
「え?あ、え、伊郷くん?」
止まろうとしない足取りに、私は焦ってしまう。
そんな事はお構いなしに伊郷くんは私の目の前でちょうど止まった。
距離があと数センチ近ければ、キスしてしまうほどの近さに、私は目を瞑ることさえも忘れてしまっていた。
伊郷くんはそのまま壁に手をついた。
この場から抜け出せない姿勢に私はというと、変にドキドキしていた。
「い、ごうくん…」
「俺が怖い?」
「ふぇ?」
なんと馬鹿げた声だろう。
だけどそんな私を遮ったまま伊郷くんは言葉を続けた。
「前から変わってる子だなって思ってたけど、そんなに怖がるとはね」
意地悪そうな笑みのまま、伊郷くんは私の顎を優しく触って、次は強引にクイっと上に持ち上げた。
「…っちょっと伊郷くん…」
「昨日みたいに驚けば大きな声出せるくせに、こういうのは弱いんだね」
甘い顔立ちの伊郷くんから放たれた言葉だと信じたくない私。
「ちょっとこれはあの……」
「なに?照れてる?」
次に目を開けた時には伊郷くんは目の前にはいなかった。
「……は!」
驚いたのも束の間。
私よりも口をあんぐりと開けて驚いていたのは紛れもなく伊郷くんであった。
「今俺のこと押した?」
震えた怒りの声色で伊郷くんは私に尋ねる。
「違うんです!
あぁ、えっとだからこれは」
わかりやすく動揺する私に、時は待ってはくれず、伊郷くんがこう呟いた。
「初めてだわ、その反応」
と。
伊郷くんは私の横を通り過ぎて、スタスタと保健室から出ていってしまった。
次の日も、その次の日も、伊郷くんは以前と変わらずに毅然とした態度で日々過ごしていた。
と、眺めていれば分かる。
私はというと、来る日も来る日もあの日の出来事が脳内に浮かび上がり、伊郷ファンクラブ所属の女の子たちから呼び出されてしまうのではないかと、かなり怯えて過ごしている。
だけど全く。
時より伊郷くんのお友達と目があって、意味ありげな表情や仕草を見せられることはあったが、考えてしまったらキリがないので忘れることに日々を費やした。
けれどなんだろう。
怯えと同じく感じている、この熱い胸の高鳴りというやつは。
完全にあの日以来、私は心臓が異常におかしい。
伊郷くんをチラリと見ると、同時に心臓もドクドクと動く。
恋する乙女じゃあるまい。
こんなにすぐに憧れから恋心を芽生えるようなそんな女ではないと、思いたいのだが…
私の気持ちは意外にも正直だった。
伊郷くんを見る時にだけ、この胸騒ぎが起こるということに気付いたのは、今の今、この瞬間だった。
憧れだと蓋をしておいて、実はラブでした…なんて口が裂けても言えない。
もはや男性が苦手なんて、ただの思い込みが激しい、馬鹿な女だと世間から非難が浴びるのではないかとも思う。
とにかく伊郷くんを見るまいと、強い志でこの一年を乗り越えようと心に誓ったのだった。