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ガヤガヤと騒がしい教室で、フワッとブロンドヘアの伊郷くんが立ち上がると、一瞬で注目を集める。
そんな彼、伊郷くんに対して私は今日も悩み続けていた。
「はい、日直の伊郷にノート渡してからお昼休憩だからなー!」
先生の声が教室内に響き渡る。
普段なら「えー」と不満の声が飛び交う中、女の子たちがソワソワし出す。
それもそのはず、日直が伊郷くんだからだ。
滅多に話せない伊郷くんに、みんな緊張しているのだ。
私と同じようなタイプの男の子だって、緊張しているように見える。
なんて、失礼極まりないことを考えていたのも束の間、目の前に現れる王子伊郷様の姿。
「お願いします」
練習したつもりはないのだが、緊張も兼ねてか、ごく普通の声色で私は言い放つことができて、心の中でガッツポーズをした。
目も合わせなかったため、伊郷くんがどんな不満顔をしたのか分からなかったが私には関係のないことだ。
もしかしたら伊郷くんの方もどうでもいいと思ってくれているかもしれない。
あまり自意識過剰にならないように、と自身に問いかけることに必死になっていた。
が、神様に笑われているのか、そううまくはいかない。
「名前、書いてないけど」
「え?」
俯いていた視線に、先ほど手渡したはずの私のノートが映し出された。
「ここ、要絃花って書かないとじゃない?」
ノートの表紙をなぞるようにして伊郷くんは言った。
その優しい他所行きの声が私の脳にすぐさま伝わった。
「新しいノートで、すみません忘れてました…自分で出すので先進んでください…」
「……手震えて書けない?」
ドキンと胸を打つ。
自分の気持ちを先回るように伊郷くんは毎度毎度痛いとこをつく。
違う違う。
伊郷ファンクラブ所属の女の子たちに見られているから早く行ってくれって意味だよ、と言ってしまいたいとこだが、それは伊郷くんの癇に障り、また意地悪なことをしてくるに違いないと思った私は、下手な芝居をやってのける。
「えーーっと、 あとで職員室に用があるので、自分で届けに行きますから…」
そう言い終えると、案の定伊郷ファンクラブの女の子1人が「りとちゃん、早く来てよ〜」と言う。
「ちゃん付けしないでよね…」
と小さく呟く彼の声が、私には確かに聞こえた。
それを可愛いと思ってしまった私は、甘い綺麗な顔立ちの伊郷くんを、顔で見ていると決定づけてしまっていることに気付く。
あんなに意地悪なのに。
「今行くよ」
そう女の子に言う伊郷くんの表情はきっと笑顔なんだろうと想像できていた。
表情が見えなくても、何となく分かるようになっていく伊郷くんの本来の姿。
嫌な人ではないのだろうけど…
(よし、書けた)
と、油性ペンを置いてフッと前を見た。
私は目を泳がせて、眉を顰めていた。
何故なら、私をじっと見つめる人がいたからだ。
伊郷くんの隣の席の男の子だ。
わざわざ私の方に顔を向けて、机に肘つきながら物珍しそうに見ていた。
不覚にも彼の目も泳いでいるように見えた。
確か彼の名前は、海東一くんだ。
話したのは日直が同じになった時だったような気がする。
だったような、と思えるくらいには記憶が薄い。
そりゃそうだ。
私はずっとひとりなのだから。
胸を張って言うことではないのに、何故か誇らしげに思う私を誰か突っ込んでくれないかと願う。
私の脳内で矛盾で繰り広げられていた。
数秒経って海東くんは私から目を逸らしたが、なんだったのだろう。
まさか伊郷くんに恋心が芽生えていることに気付いたエスパー!?
ないない、と自分にツッコミをして名前を書き終えたノートを手に取り、教室から出た。
目の前を歩く、見たことがある背中に、緊張が走る。
伊郷くんがノートを回収し終え、教室から出てから何分か経ったから大丈夫だろうと思っていたのに、数歩先を歩く伊郷くんが見えている。
これじゃあ、まるでストーカーじゃないか。
いつものように伊郷ファンクラブ所属の女の子たちがいないかを確かめて、距離を保つためにゆっくりと足を遅めた。
ちょうどその時、「要さん!」と呼び止められる。
ついに伊郷ファンクラブ所属の女の子たちから呼び出しが来てしまったのかと思い、震える体を必死におさえて後ろを振り返る。
3人組の女の子たちが私に駆け寄る。
この子達は同じクラスの子だ。
「は、はい?」
いかにも、と言うように放つ私の隠キャじみた声に女の子たちは微かに笑った。
「要さん今日暇?」
「え?ひま、だけど…」
「ああ!ほんと!?」
一斉に花が咲いたように女の子3人が舞い上がっていた。
もしかして、もしかしてだけど「今日暇?」の後に続く言葉は「遊ばない?」ではないだろうかと、少し、いやかなり期待していた。
だけどそれはあり得ない話であった。
「今日わたし、図書委員なんだけどね。
彼氏がどうしても一緒に帰りたいみたいで、代わりに出て欲しいんだけど…」
堂々と嘘をついているその言い訳に、声にならない叫びが止まらなかった。
以前神様に願った時に、どんな委員会も引き受けますと誓ったことが、今まさに試されるとは思いもしなかった。
「分かりました」と言った。
いや、言うしかなかった。
購買に向かって走る男子生徒が、私の横を走り去り、不意に職員室に行かなければと我に返った。
「ごめんね!ありがとうね〜〜!」と馬鹿にしたように言われ、軽く反抗のためにその言葉に対して無視をした。
まだ聞こえる距離にいるにも関わらず、「ね、暇だったでしょ」と笑い合っていた。
いつもそうだ。
こんちくしょう!と心の中で怒りを露わにし、職員室の前に着いた頃には、顔が険しくなっていることに、職員室前に立てかけられた等身大鏡で気付かされることとなる。
と、同時に伊郷くんが職員室から出てきた。
あ、やばいと思った頃には伊郷くんが笑っていた。
「何で怒ってんの」
と笑いながら楽しそうに問う伊郷くんに、私は八つ当たりしてしまいそうになった。
なんてこともできず、「私の付近にだけ雨が降ったら絶望するなって考えてました」と口にしていた。
私もあの子達と一緒で平気で嘘をついていた。
「断れなかったんだ」
伊郷くんは私の嘘に惑わられることもなく、淡々と口にした。
「え?」
「さっき女子3人組が話してたの聞こえたから」
まさかまさかと思った。
別にあの3人を庇うつもりなどないが、伊郷ファンクラブに所属しているであろう3人が、伊郷くんに幻滅されるのは必ずや避けたいに決まっていると感じ、咄嗟にまた嘘をついた。
「えぇ〜と、彼氏が待てない性格みたいで…手に負えないみたいで…だから引き受けた、みたいな」
ああ、もう。
いっその事、今日1日からやり直させてくれ。
私の重なる嘘に気づいているだろう伊郷くんは、変に何も言わず 「そう」とだけ言って、私の手に持っていたノートを取った。
「先生すみません、これもお願いします」
遅れて渡すのを躊躇うであろう私のために結局伊郷くんが先生にノートを渡してくれた。
職員室の前で立ちすくむ私は、きっと伊郷くんの優しさが心に沁みていたのだろう。
先生に呼び止められて、職員室から出れなくなった伊郷くんに軽く会釈をして、私は職員室を後にした。
放課後、私は図書委員代行として有言実行していた。
隣には同じクラスの海東一くんが座っている。
それもそのはず、海東くんも図書委員だからだ。
なんでいるんですかと問われるようなことはなく、時間が過ぎていく。
次々と返却される本に、海東くんは休む様子もなく淡々と整理していく。
効率よく進めていく海東くんに負けじと、私も合わせるように返却される度に休むことなく判子を押していく。
会話もないからか、手が止まることもなく返却されては元の位置に戻すことに専念できていた。
没頭できていたのもそのはず、時間も忘れており、いつの間にか下校の最終チャイムが鳴り始めた。
結構才能あるかもと奮い立つ心を押さえて、図書室の窓を閉める海東くんに続いて、私も帰るためにパソコンの電源を切りはじめた。
「どこが好きなの?」
久しぶりに聞いた海東くんの声に、私は思わず目を見開いてしまう。
唐突に言い放たれた”どこが好きなの”の意味を考える間も無く、海東くんは続けた。
「伊郷だよ」
「伊郷くん…?」
なぜ海東くんはそんなことをいきなり聞いたのだろうかという謎が増え続け、終いには意味もなくパソコンの電源をつけていた。
かなり動揺してしまっていることに、恥ずかしさを覚えた。
今すぐに帰りたいところだが、この問いを無視することもできず、私はスカートの裾をキュッと握った。
「なんで…?」
振り絞った声に海東くんは小さな声で答えた。
「伊郷の魅力が僕には分からないから」
冷たい海東くんの言葉が脳内から離れない。
「まさか要さんも顔なの?」
「え?」と投げかけようかと思ったが、私は咄嗟に「違うよ」とはっきり答えていた。
「違うよ、伊郷くんって結構女の子に冷めてるし、素直じゃないし、本当は誰よりも悩みを抱えていそうだし、みんなが見えてる伊郷くんよりもずっと優しい人だし、かなり人間っぽい!」
言い終えた頃には「ふうん」とつまらなそうに海東くんはカーテンを束ねていた。
沈黙の間も無く、さらに「つまり好きなの?」も付け加えて聞いてきた。
「好きじゃないよ!」
咄嗟に否定をしたが、海東くんには伝わらないようで不服そうな顔をしていた。
「要さんって全然人と話さないから勘違いされやすいタイプだよね」
海東くんも同じ部類だろと言ってやりたい気持ちを押さえて微笑んだ。
本当に微笑んでいたかは分からないが、必死に感情を押し殺す。
「伊郷と似てる」
「似てる…?」
どこが何を?
聞きたいことは山ほどあるが、それを遮るように見回りの先生が図書室に入ってきてしまった。
答えを聞けないままソワソワし出す私を見かねてか、海東くんは話を続けた。
「要さん、男嫌いでしょ。
俺の解釈が正しければ伊郷もそのタイプだよ」
と、その言葉を言い残し、海東くんは満足げに図書室から去っていった。
呆然としている私を置いて。
「早く帰れ〜〜」と言う先生の声でハッとし、パソコンの電源を切ったのち、モヤモヤした気持ちと共に海東くんの後を追うようにして図書室の鍵を閉めた。
図書室を出ると、すでに海東くんの姿は見えなくなっていた。
視界に重なるようにして、今度は伊郷くんの姿が目に入る。
(確か、今日は日直だったような)
「あ、要さんだ」
なんと、と思い、後退りしてしまう。
私に気づいたように伊郷くんは反応した。
そして、今まで私に対して見せたことのない可愛い笑みを浮かべて、小さく手を振ってきた。
勘違いでは済まされないので、私に対しての行動なのか、後ろを振り返って確認する。
「要さんって言ってんじゃん」
勘違いではないようだ。
そのまま笑顔のまま爽やかに私に駆け寄る伊郷くんは、まるでステージ上で輝くアーティストが、ファンに向けてファンサービスをしているかのよう。
「日直、だよね」
伊郷ファンクラブ所属の女の子たちがいない静かな放課後を良いことに、伊郷くんに話しかけたのは間違いなく私だった。
驚くわけもなく、伊郷くんは頷いた。
「要さんは押し付けられた仕事?」
「…だから押し付けられてたわけじゃないよ。結構、楽しかった、し…」
「確かに、要さんってなんでもこなしてきそうだしね」
「それは伊郷くんこそ、だよ」
「なにこの褒め合い」
きちんと話したのは初めてかもしれない。
そして、こんな間近で横顔を見たのも初めてかもしれない。
いつも遠目から眺めていた伊郷くんが今まさに隣にいる。
明日雷が落ちるのではと思いながらも、嬉しい気持ちが勝っていた。
先ほど海東くんが言っていた言葉が嘘のように伊郷くんはきちんと目を見て話してくれる。
目を見て………
ハッとする。
自分でもかなり驚いていた。
男性が苦手で、話すことも目を合わすことさえ避けていた私が、今日は2人の男性と話し、同じく2人の男性と目を合わせていたことに。
でも不思議と怖くないのは、何故だろうか。
「もう帰るでしょ?」
「うん、そのまま帰るよ」
図書室にスクールバッグを持っていっていたので、私はそのまま下駄箱へ行くことができる。
不意に伊郷くんを見ると、手には日誌を持っていた。
「まだかかるの?」
「これ、提出してから帰るよ」
「そっか…」
一緒に帰れるかもなんて不覚にも自然と妄想してしまった私が情けない。
伊郷くんがアーティストなら、私はそれを輝かせるための照明だというのに、何を自惚れているんだ。
私は特別ではない。
「じゃあ行くね」
「うん、また明日」
自分から「じゃあ」と言ったのだ。
自分から行動できないくせして、感情だけは一丁前で、思い上がりだったなと反省する。
クルッと回って、伊郷くんに背中を向けて歩き始めた。
「また明日な〜」
(!?)
振り返る勇気はなかったので、そのまま会釈をして小走りする私。
あぁ、もう。
伊郷くんは優しい。