テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
【現実世界・木崎の倉庫】
ケースの中の光が――昨日よりも、落ち着きなく揺れていた。
夕方。
シャッターは半分だけ閉められ、細い光の帯が床を斜めに横切っている。
黒い耐衝撃ケースは、テーブルの中央。
その周りを、雲賀ハレルとサキ、木崎が取り囲んでいた。
「……なぁ、やっぱりおかしいよな、これ」
ハレルは、昨夜貼ったままの簡易温度シールを指さした。
安物のステッカー型サーモセンサー。
色の変化で温度差がわかるやつだ。
ケースの四辺に貼ったシールのうち――
“ひとつの面”だけ、明らかに色が濃い。
「さっき場所を変えた時も、そうだった」
木崎が腕を組む。
「ケースを動かして、向きも変えたのに……
“こっち側”だけ、ずっと一番温度が高い」
サキが、そっと角度を変えてケースを押す。
きぃ、とテーブルが鳴った。
「じゃあ、倉庫のこの辺が暑いとかじゃなくて……」
「ケースの“中身”が、外の方角に反応してるってことだな」
ハレルは唾を飲み込んだ。
(方角を……“指してる”)
ケースのフタをそっと開ける。
五つのカプセルが、静かに光っていた。
青、琥珀、桃色、薄緑、ほとんど透明な白。
さっきよりも、光の“偏り”が強い気がする。
「……触ってみていい?」
「マネはするなよ、サキ」
木崎が先に釘を刺す。
「お前まで妙なもんを拾ったら、俺の胃が死ぬ」
「わかってるよ」
ハレルは、青白い光――《一ノ瀬ユナ》のラベルが貼られたカプセルには触れないよう、
代わりに、薄緑のカプセルへそっと指先を近づけた。
――じんわり。
ほんのわずかに、手のひらの片側だけが温かくなる。
まるで、見えない“風”が、一方向から吹きつけているみたいに。
「どっち側が、強い?」
木崎の問いに、ハレルは感覚を確かめる。
「……こっち。倉庫の入口の方向じゃなくて――
もっと、街の方。海と逆側」
その答えに、サキも同じ向きを見る。
シャッターの隙間から見えるわけじゃない。
でも、何となく――その向こうに、高いビル群の影を想像した。
「別の場所に持ってっても、同じ向き?」
「やってみるか」
木崎の提案で、三人はケースを慎重に閉じ、
倉庫の反対側の壁際へ移動した。
場所も、テーブルの向きも変わる。
だが、フタを開けて温度シールを見ると――
「……やっぱり同じ面だけ、色が濃い」
木崎が低く息を吐いた。
「このケースを中心にして、
“世界のこっち方向”に、何かがあるってことだ」
ハレルはケースの縁に、油性ペンで小さな矢印を描いた。
“熱が強い側”を示す印だ。
「コンパス、みたいだね……」
サキが呟く。
「でも、北とかじゃなくて、どこかの“場所”を指してるコンパス」
「コア自身が、“行きたがってる方向”だろうな」
木崎が机の端に簡略地図を広げる。
周辺の地図。倉庫の位置に印。
そこから、さっき描いた矢印の方向に線を引いてみせた。
線は、海から離れる方向へ伸びていく。
旧市街をかすめ、繁華街をかすめ――
「……ここらへん、ですね」
サキが地図を覗き込み、指を止めた場所を押さえる。
湾岸線から少し内陸に入った、再開発エリア。
《新環状ビル群》とメモ書きされた一帯。
その中でも、ひときわ太い丸で囲まれた区画がある。
《中央複合棟・オルタリンクタワー》
「前にニュースで見た。
ほら、でっかいガラス張りのビル。
商業施設とオフィスと、なんか研究フロアも入ってるっていう」
サキの説明に、ハレルもぼんやりと映像を思い出す。
真新しいガラスの塔。
夜は全面が光のスクリーンみたいになって、派手なCMを流していた。
木崎が口の端を歪める。
「よりによって、あそこかよ……」
「知ってるんですか?」
「ああ。あのビルの地下フロアの一部――
クロスゲート系列の“データセンター”が入ってるって話だ」
ハレルの背筋に、冷たいものが走った。
(また、クロスゲート)
「聖環センターの第七特別病棟。
あそこは昏睡患者の“器”が眠ってる場所。
こっちのオルタリンクタワーの地下は、
“コア側のデータ”を扱ってた可能性が高い」
木崎は、ケースの方を再び見やる。
「コアが指してるのは、
病院じゃなくて――“そっち”の方かもしれないな」
ハレルは、ネックレスへ無意識に手を伸ばした。
冷たい金属が、ほんの少しだけ熱を返す。
(器の病院じゃなくて、
意識を抜いた側の拠点……?)
「……行きたがってる、ってことはさ」
サキが、慎重に言葉を選びながら口を開いた。
「この人たちは、そこで“元に戻れる”って信じてるのか、
それとも……そこに“何か置いてきたから”戻りたいのか」
答えは出ない。
けれど、そのどちらにしても――放ってはおけない。
木崎が、地図にもう一本線を引いた。
倉庫から聖環センターへ伸びる線。
そして、倉庫からオルタリンクタワーへ伸びる線。
「……三角形だな」
「三角形?」
「器が眠ってる病院。
意識が抜かれた可能性が高いタワー。
そして、ここ――コアを預かってる倉庫」
木崎は、三点をぐるりと指でなぞる。
「向こう側の連中も、“この三角形”をどう使うか狙ってくるはずだ。
先に動くか、後手に回るかで、被害は大きく変わる」
ハレルはケースを見下ろし、静かに呟いた。
「……コアが指してるなら、
こっちがその“理由”を確かめないといけない」
その言葉に、五つの光がわずかに揺れた。
まるで、合図のように。
◆ ◆ ◆
【異世界・王都/解析室】
魔術スクリーンの上で、世界地図がゆっくり回転していた。
ノノ=シュタインは片膝を椅子の上に乗せ、
頬に手を当てたまま画面を睨んでいる。
「……ユナのベクトル、また伸びてる」
細い線が、一つの点からまっすぐ伸びていた。
線の根元には、《Y-CORE》の小さなタグ。
その先には、境界薄点のマーカーが複数散っている。
「最近濃くなり始めた薄点が三つ。
そのうち二つは、ユナのベクトルと“角度が合わない”。
一つだけ……クセは強いけど、限りなく同じ方向」
ノノはその一点を拡大した。
王都から少し離れた丘陵地帯。
そこに建ち始めたばかりの、細い塔のアイコン。
《王都外縁観測塔・オルタ・スパイア(仮運用)》
「また、タイミング悪く“新設観測塔”なんて建てるから……」
ノノがぼやきながら、塔の地下構造図を呼び出す。
魔術式でざっくりと再現された断面図。
地上に細い塔、地下に扇状に広がる魔術陣室と、小さな祭壇。
「ここ、“普通の観測塔”じゃない。
地下に、古い祭壇構造がくっついてる。
わざとそこに建てたとしか思えないんだけど」
扉が開いて、アデルとリオが入ってきた。
「ノノ。進捗は?」
アデルの問いに、ノノはスクリーンを指さす。
「一ノ瀬ユナのコアの指向性――
さっきから、オルタ・スパイア方面に“引っ張られっぱなし”。
さっきなんて、座標の誤差がほぼゼロになった」
リオの右手首が、じんと熱を持つ。
腕輪が、遠くの何かと共鳴するように。
「……次の“薄点”は、そこか」
「可能性は高い」
ノノは真剣な顔で頷く。
「コアが行きたがってる方向と、
世界側が勝手に薄くなってる方向が一致してる。
この状態が続くと――
“何もしなくてもあそこに集まろうとする”」
アデルが腕を組んだ。
「そちらにユナの器を運ぶわけにはいかない。
だが、現実側の器の位置は固定されている」
「そう。だから――」
ノノは、空中に三つの点を描いた。
《CORE》《BODY》《TOWER》。
「どこかで“座標を折り曲げる”必要がある。
現実側の病院と、
異世界側の観測塔と、
ユナのコアの向き。
それを繋ぐ一本線を、誰がどういう形で引くか」
リオは唇を噛む。
「……向こうのハレルたちも、
きっと同じ方向を感じてるはずだ」
アデルが、ちらりと画面の別ウィンドウに目をやる。
そこには、レポートのタイトルだけが表示されていた。
《現実世界側観測ログ:CASE-K(セラ中継)》
セラを通じて届いた、断片的な情報。
赤錆埠頭。昏睡患者の病棟。
そして、湾岸再開発エリアの新タワービル。
「向こうの“塔”も、
こちらのスパイアと似た構造をしているらしい」
アデルが言う。
「地下にデータ層。
上に観測層。
――クロスゲートが好みそうな、縦長の構造だ」
リオの胸がざわついた。
(塔と塔。
器とコア。
それを繋ぐ線上に――“誰か”がいる)
◆ ◆ ◆
【???】
白い霧の向こうに、幾何学模様の床が広がっていた。
空なのか、天井なのかもわからない灰色。
そこに、薄く数字と記号だけが降り注いでいる。
カシウスは、静かにそれを見上げていた。
黒いローブではない。
ここでは、輪郭すら曖昧な影に過ぎない。
「……やはり、戻ろうとするか」
指を弾く。
空中に、複数の“光点”が浮かんだ。
五つのコア。
それぞれから延びる細い線。
一ノ瀬ユナの線は、とりわけ強く、まっすぐだ。
その先には、二つの“塔”のシルエットが重なっている。
片方は、ガラスと鉄骨でできた、現実世界の塔。
もう片方は、魔術陣と祭壇を抱えた、異世界の塔。
「コアは器を求める。
器は、コアが戻るタイミングを待っている。
境界は、それを繋ぐために薄くなる」
カシウスはゆっくりと手を伸ばし、
三つのシルエットを一本の線でなぞった。
「それなら――
“そこ”を舞台に選ぶのが、最も効率が良い」
影の奥で、誰かが笑ったような気配がした。
「観測者(キィ・ホルダー)たちが、
自分の意思でそこに集まってくるなら……
わざわざ誘う手間も省ける」
カシウスは指を止め、低く呟く。
「さあ、“器の座標”へ集うがいい。
鍵とコアと器――
全部揃った場こそが、本当の実験場だ」
霧が揺れて、光点が一斉に震えた。
◆ ◆ ◆
【現実世界・木崎の倉庫】
地図の上で、サインペンの線が止まった。
「……オルタリンクタワーの地下。
聖環センターの第七特別病棟。
それから、この倉庫」
木崎は、三つの点を丸で囲み、
それらを結ぶ線に小さく印をつけた。
「向こう側の“塔”と、
こっち側の“塔”が、
同じ線上に並ぶとしたら――
そこが“器の座標候補”だ」
「候補、ってことは……」
サキが顔を上げる。
「まだ、決まりじゃない?」
「まだだ。
コアの引きが、どこまで強くなるか次第だな」
ハレルは、ケースの中の光を見つめた。
ユナの青白い光。
佐伯、村瀬、日下部。
名前の消された、最後の一つ。
五つの光は、相変わらず静かに脈を打っている。
だが、その“静かさ”の奥で――
どこかへ向かおうとする力が、確かに強くなり始めていた。
(こいつらが指している場所。
それが、次の戦場になる)
ハレルはネックレスを握り、自分に言い聞かせる。
「……指してるなら、こっちが先に行く。
追い込まれる前に、“座標”を抑えに行く」
木崎が、短く笑った。
「やっと、腹が決まった顔をしてきたな」
サキは、五つのカプセルに向かって、そっと言った。
「ちゃんと連れて行くから。
変なところじゃなくて、ちゃんと“帰れる場所”に」
光が、ほんのわずかに強くなる。
倉庫の中で、
目には見えない線が――静かに一本、引かれ始めていた。
その線の先にあるのは、
まだ名前も知らない“次の場所”。
器とコアと鍵が、
すべて揃おうとする座標だった。