夜、窓の外はしとしとと雨が降り続きその雨音が心地よい。涼架はキーボードの前に座ったままを雨音を聞きながらぼんやりと鍵盤を鳴らしていた。
メロディはいつの間にか、誰かを想うような音になっていく。
「これ、どこかで···」
覚えのないはずの旋律。
聞いたこととない、もちろんバンドの曲でもない。
それなのに引き慣れているように指が勝手に動いて、淡い調べを紡ぎだす。
その瞬間、ふいに胸が締めつけられた。
まるで、誰かの涙が心の奥に落ちてくるみたいに。
夢を見るようになったのは、少し前からだ。
知らないはずの場所、月明かり、金色の髪。
いつも、自分の目の前で――誰かが「もう少しで終わるから」と呟く。
けど終わりは最悪の形を迎えた。
愛した人は2度と自分のもとには帰って来なかった。
あの時、なんて周りに言われようと引き止めて、何もかも捨てて逃げれば良かった。
それも出来ずに送り出した自分が、彼を殺したようなものだった。
心から愛していたその人の背中に縋り付くと、泣かないでと振り返った···。
目を覚ますたび、心臓が痛くて苦しくて消えてしまいたいと感じた。
そして、なぜかその痛みのあとに、必ず浮かぶ顔がある。
――元貴。
涼架は小さく息をつく。
今、同じバンドで、隣に立っている彼。天才的なアーティストとしての要素があるのに努力家 で、誰より音楽を信じて愛しているいる人。
彼を見るたび、懐かしさと苦しさが同時に押し寄せてくる。
(もし、これが全部“夢”じゃないなら――)
指が止まる。
思わず、そっと、キーボードにもたれ掛かった。
記憶の奥底に沈んでいる“誰かを想う痛み”を、また思い出しそうで。
それを思い出したら、きっとまた、離れなきゃいけない気がして。
「······いやだな」
小さく笑った。
窓の外の雨音が、涙のように静かに響いている。
そのとき、扉の向こうから声がした。
「涼架、まだ起きてるの?」
心配そうな、遠慮がちな元貴の声。
僕たち3人は同じ家でシェアハウスをして暮らしている、いつもは早く眠る僕を心配になったんだろう。
涼架は、少しの沈黙のあとで答えた。
「うん、ちょっと···もう少し弾いておきたくて···」
「そっか。···無理するなよ」
元貴の足音が遠ざかっていく。
その背中を思い浮かべながら、涼架は目を閉じた。
本当は、その背中に抱きついて子供みたいに縋りたい気持ちをぐっと押さえて。
――今度こそ、ちゃんと“あなた”を失わないように。
雨の音が、ゆっくりと記憶の中へ溶けていった。
少し雨音がおさまったような気がして、明日は晴れだといいなと思いながら気づくと涼架もベッドの上で眠りに落ちていた。
コメント
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はるかぜさんの繊細の表現が好き🩷
今回の作品もとても見入ってしまうような作品でとても続きが気になっちゃいます!!! ほんとにありがとうございます(?)