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無人駅の波の音

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無人駅の波の音

1 - 第1章 呼ばれた気がして、振り返った

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2025年11月15日

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波の音も眠ってしまうくらい静かな夜だった。


終電の消えた“海浜無人駅”に、俺——ぺいんとはぽつんと立っていた。


風は弱くて、空気は少し湿っていて、まるで時間だけが止まったみたいだ。


なんでこんな場所にいるのか、自分でもよくわからない。


ただ、胸の奥がざわついて眠れなくて……気づけばここに来ていた。



と、その時だった。



ホームの端。


薄暗い待合室の前に、ひとつの“影”が落ちているのが見えた。


人影……に見えた。



でも——







その影の“主”が、いなかった。



「……え?」



影だけが地面に落ちてる。


確かに“少女の影”みたいな形をしているのに、実際には誰もいない。


夜の風の音だけが、ひゅう、と耳に触れる。


どうして影だけが——そう思って近づいた瞬間。



「……触らないほうがいいよ」



背後から声がした。



「うわあっ!?」



思わず変な声が出た。


振り返ると、そこに——

白いワンピースの少女が立っていた。



肩までの黒髪。

肌は少し透けるように白くて、夜の中でぼんやり光って見える。


でも、表情は優しかった。



「ごめんね。驚かせちゃった?」



「い、いや……大丈夫。あの、その……今の影って……」



少女は俯き、小さく息をもらした。



「……あれは、私の影なんだ」



「え?」



「わたし、影を落とせないの。ずっと前から」



言い方が静かすぎて、胸がぎゅっとした。



「あ、あの……体調とか、そういう……?」



「ううん。そういうのじゃないの。これは……“置いてきちゃった”の」



少女は影を見つめる。



「大事なものを、ひとつだけ忘れたまま……ここに来ちゃったから」



忘れた?

大事なもの?



「忘れたものって……なに?」



俺がそう聞くと、少女は困ったように笑った。



「それがね……“思い出せないもの”なの。

本当は覚えてなきゃいけないのに、どうしても思い出せなくて」



その笑顔が切なすぎて、胸がふるえた。



「だから、ここに来たの。

この駅は、“忘れ物を拾う場所”なんだって」



「忘れ物……」



「ふふ、ぺいんとくんも、でしょ?」



「え……なんで俺の名前——」



「言わなくても、わかるの。

ここに来る人は、みんな似た匂いをしてるから」



少女は少しだけ目を伏せる。



「ねぇ、お願い。

この影……拾ってあげてもらっていい?」



「え? 俺が?」



「うん。わたしは、触れないの。

自分の影なのに、不思議だよね」



少女は微笑んでみせたけど、その瞳はどこか泣きそうだった。


俺は、おそるおそるしゃがんで“影”に手を伸ばした。


冷たくて、水みたいに柔らかくて、でも確かに“ある”。


「……あったかい」



「そう。それはね——“あなたが誰かを想う気持ち”なんだよ」



少女が静かに言った。



「影はね、心に近いものなの。

だから、忘れちゃいけないものほど、影になるの」



影を両手ですくい上げて少女を見る。



「これ……君に返すよ」



「……ありがとう」



少女は俺の手に重なるように両手を添えた。

その瞬間、影は光に溶けるように少女の足元へ吸い込まれた。


少女の影が、ようやく戻ってきた。



「よかった……ずっと、探してたの」



「それって……そんなに大事なものだったの?」



少女は静かに頷いた。



「“私が誰かを大切に思っていた記憶”。

それを、忘れちゃってたの」



「誰かって……?」



少女は答えなかった。


ただ、少し涙を浮かべて微笑んだ。


その笑顔は、どこか俺の胸の奥を刺した。



「きっとね……その人はもう、いないの。

でも……影が戻ったから、行ける」



「どこへ……?」



「“帰る場所”へ」



少女の足元の影が、ゆらりと揺れた。


まるで波に溶けていくように、薄く、薄くなって——



「ぺいんとくん。

影を拾ってくれて、ありがとう」



「ま、待って! 君は……!」



「——大丈夫。わたし、思い出せたから」



そう言った瞬間、少女の姿はふっと消えた。




足元に落ちていた影も、滲むように消えた。

まるで、最初から何もなかったみたいに。


風だけが、通り抜けていった。













翌朝、駅のベンチで目が覚めた。

少女も影も夢のように消えていた。

でも、胸の奥だけが妙に暖かかった。


まるで誰かに



「ありがとう」



と、もう一度言われたみたいに。

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