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ソフィアとルードが結婚して数か月が経ったある日、二人は上流貴族の開催する夜会に出席していた。ドレスアップしたソフィアを、正装に身を包んだルードがエスコートする。
「見て、氷結辺境伯様よ」
「目が治ってからは人柄もずいぶんと穏やかになったともっぱらの噂だったが……本当なんだな」
「奥様になったソフィア様にずいぶんと熱をあげてらっしゃるとか。確かにソフィア様も美しい方ね」
「美男美女か。つけ入るすきもないな」
ソフィアとルードの姿を見て、あちこちからひそひそと声が聞こえてくる。
(ルード様が美しいのはわかるけど、私までそんな風に言われるなんてあり得ない……!)
実家ではいつも虐げられ、誰よりも美しいと言われている義姉のルシルの後ろでひっそりとしていたのだ。自己肯定感が低いソフィアはいたたまれずにうつむく。だが、そんなソフィアを見て、ルードはそっとソフィアの耳元に口を寄せた。
「ソフィア、この会場にいる誰よりも一番綺麗だ、俺が保証する。だからそんなに下ばかり見ずに、俺のことも見てほしい」
ルードの低く良い声がソフィアの耳元で響く。良い声でそんなことを言われてしまうものだから、ソフィアの心臓は一気に跳ね上がってしまう。思わず視線を上げると、ルードの美しいオッドアイと視線が重なった。ルードはソフィアの顔を見て両目を見開く。
「そんな可愛らしい顔をされたら、早くここから連れ出したくなってしまうよ。そんな顔を見せるのは俺の前だけにしてくれ」
(そんな顔ってどんな顔なの?そもそも、こんな顔にしたのはルード様なのに!)
ルードの言葉にソフィアが顔を真っ赤にして抗議しようとしたその時、背後からルードを呼ぶ声がした。
「ルード?」
美しく、鈴の鳴るような綺麗な女性の声だ。驚いて振り向くと、そこには艶のある紺色の長い髪にサファイア色の瞳をした美しい令嬢がいた。
(ルード様の名前を呼んだけれど、お知り合いなのかしら?)
そう思ってソフィアがルードの顔を見上げると、ルードは両目を見開いて令嬢を見つめていた。
「メリア?」
「ルード!やっぱりルードなのね!驚いた、本当に氷の瞳が治ったのね。……その方が、噂の奥様?」
「あ、ああ、妻のソフィアだ。ソフィア、こちらは……幼馴染のメリア・ゲルニカ伯爵夫人だ」
「初めまして、メリアと申します」
「初めまして」
メリアの挨拶にソフィアも笑顔で挨拶を返すと、メリアは一瞬寂しそうな表情をする。だが、すぐに元の明るそうな表情に戻った。
(メリア様、どうしたのかしら?)
「結婚おめでとう、ルード。あなたのことだから、結婚はしないのかと思っていたけれど……目が治ったのなら、結婚しても当然よね」
「……ああ、ありがとう。君の方は、大丈夫なのか?噂でしか知らないが……」
ルードがぎこちない表情でメリアに尋ねると、メリアは一瞬表情を曇らせるが、すぐにまた微笑みを浮かべ小さく頷いた。
「大丈夫よ、今日も一緒にここへ来たから。あの通りだけど」
苦笑するメリアの視線の先には、たくさんの令嬢に囲まれた一人の男性がいた。どうやら、あれがメリアの夫らしい。
「いいのか?」
「いいのよ、私は私で好きにやっているし」
メリアがそう言うと、メリアのすぐ後ろから若く美しい令息がメリアの隣に現れる。すると、メリアはその令息の腕に手を回し、体をくっつけて微笑んだ。
「ルード、元気そうで安心したわ。それじゃ、またね」
そう言って、メリアは美しい令息とその場を後にした。
(結婚なさっているのに、他の男性と一緒に……?)
不思議な光景を目にしてソフィアがぽかんとしていると、ルードは複雑そうな顔でメリアの背中を見ていた。
◇
メリアと出会った夜会から一週間が経ったとある日。ソフィアは屋敷の廊下に何かが落ちていることに気が付く。
(何かしら?……手紙?)
近づいて拾ってみると、やはり手紙のようだ。宛先はルードで、差出人の欄には、メリア・ゲルニカと記載されている。
(メリア様から、ルード様へ?)
ソフィアの胸がなぜかざわつく。どうして、メリアがルードへ手紙を出しているのだろうか。ソフィアが手紙を持ったまま硬直していると、背後に人の気配を感じた。
「ソフィア?どうかしたのか?」
ルードの声がして振り返ると、ルードはソフィアの手元にある手紙に気付いて、顔を顰めた。
「あ、手紙が、落ちていたので」
そう言って、ソフィアが静かに手紙を差し出すと、ルードはバツの悪そうな顔で手紙を受け取った。
「すみません、差出人の名前が見えてしまったのですが、メリア様からですね」
「……ああ、最近、メリアから頻繁に手紙が届くんだ。だが、別にやましいことは何もない。手紙にも一度しか返事をしていない。メリアから一方的に手紙が届くだけだ。信じてくれ」
ソフィアの複雑そうな表情を見て、ルードは慌てたようにそう言った。きっと、ルードとメリアの仲を疑ったと勘違いしたのだろう。もしくは、実際に二人の間には何かあって、それを知られたくなくて慌てたのだろうか?ソフィアの心はもやもやと黒い霧がかかったようにすっきりしない。
(でも、ルード様は嘘をつくような方ではないわ。それは私が一番よく知っている)
一緒に過ごして来た中で、ルードはソフィアに対していつだって誠実だ。ソフィアを裏切るようなことはしないし、そんなルードを疑うこともしたくはない。
「……わかりました、ルード様を信じています」
そう言ってソフィアがふんわりと微笑むと、ルードはホッとしてソフィアを抱きしめた。
「ルード様?」
「ソフィアに信じてもらえてよかった。ソフィアに信じてもらえなかったら、俺はどうしていいかわからない」
ぎゅっとソフィアを抱きしめる力が強くなる。ルードの気持ちを知って、ソフィアは嬉しくなるが、ほんの少しだけ意地悪な気持ちも芽生えてしまう。
「それならルード様、どうしてメリア様から手紙が来ていたことを黙っていたのですか?黙っていれば、気づかれないとでも?」
確かに、たまたま廊下に手紙が落ちていたからソフィアも気づいただけで、手紙が落ちていなければソフィアはメリアから手紙が来ていることを知らないままだったかもしれない。だが、こうして運悪く手紙は廊下に落ちていて、ソフィアに拾われてしまったのだ。
「……ソフィアに余計な心配をかけさせたくなかったんだ。だが、結果は逆効果だったみたいだ。本当にすまない」
ソフィアを抱きしめたまま、ルードはソフィアの肩に顔をうずめて落胆している。そんなルードの背中を、ソフィアはふふふと微笑みながら優しく撫でた。
◇
「突然の訪問、申し訳ありません。でもこうしてソフィア様とお話しできて嬉しいわ」
手紙事件から一週間後、突然メリアが屋敷を訪れた。庭園のガゼボで、ソフィアの目の前には、出されたティーカップを片手にメリアが微笑んでいる。
「あいにく、ルード様はお仕事で不在ですが」
「いいんです、わかっていて来ましたから。それに、話しをしたかったのは、ルードではなくソフィア様なの」
にっこりと微笑みながら、メリアはゆっくりと紅茶を飲む。そんなメリアを、ソフィアは不思議な顔で見つめていた。
(私に話って、何かしら?やっぱり、ルード様のこと?)
「話、というのは?」
「私がルードへ手紙を出しているのはご存じ?」
「……ええ、お聞きしています」
「そう、聞いているの」
ソフィアの返答に、メリアはつまらなそうな顔をしている。どうやら、ソフィアを驚かせたかったらしい。メリアが一体どういうつもりなのかわからず、ソフィアは緊張した面持ちでメリアを見つめた。
「それじゃ、私とルードが昔、婚約者だったことは?」
「え?」
メリアとルードが元婚約者というのは初耳だ。突然の話にソフィアが驚いていると、メリアはにんまりと嬉しそうに笑う。
「知らなかったのね。ルードはそんな大切なこと、あなたに教えてくれなかったの。かわいそうに」
(かわいそう?)
メリアの言っている意味が分からず、ソフィアは相変わらず不思議そうな顔をしてメリアを見つめている。だが、メリアは気にもせず話を続けた。
「小さい頃の話だけれど、私たちは親同士が決めた婚約者だったの。でも、ルードの氷の瞳のことを知って、私の両親が婚約を解消してしまったのよ。それ以来、ルードとは疎遠になっていたわ。私は、今の夫と婚約、結婚したけれど、ルードはずっと一人だった。当たり前よね、氷の瞳を持っているなんて、誰もが怖がって近寄らない。……私だってそうだった」
小さく息を吐いて、メリアは瞳を閉じる。
「でも、私は心のどこかでずっとルードのことを思っていたの。今の夫とも家同士が決めた結婚だったから、夫が女遊びの激しい人でも仕方ないと思って割り切っていたわ。ルードがずっと一人だと知って、どこか安心していたのね。もしかしたら、いつかルードと一緒になれるかもなんて、勝手に淡い思いを抱いていたわ。でも」
そう言って、メリアは瞳を開くと、ソフィアを厳しい目で見つめる。
「あなたがルードと出会って、ルードの氷の瞳は治ってしまった。そして、ルードはあなたと結婚してしまったわ。私は、夫の浮気に日々耐えて我慢しているのに、ルードはあなたと幸せそうに暮らしている。もしも、私とルードがあのまま婚約して結婚していたら、私は今みたいな苦しい思いはせずに、ルードと幸せに暮らせていたかもしれない。ルードの隣で、ルードを支え、一緒に仲睦まじく暮らしていたかもしれない」
メリアのカップを持つ指に力が入る。
「ねえ、ルードと別れてくれない?」
「……え?」
「ルードだって、きっとあなたが目を治してくれたから一緒にいるだけでしょう。あなたに気持ちなんてあるわけないわ。両目で見れるようになってから、ルードは見違えるように素敵になったのよ。あなたみたいな子爵家の娘じゃなく、もっとふさわしい令嬢がルードにはお似合いだと思うの。あなただって、そう思うでしょう?」
メリアの言葉に、ソフィアの喉がヒュッ、と小さく鳴った。