朝日も夜闇も届かない幽霊団地では、時刻が分からない。日中の光が中に届かないどころか、時計すらも無いのである。だから私は、休みたいときに休み、活動したいときに活動する。そんな生活を送っている。
団地には私のような人間(?)や、ほかの怪異を襲うような、凶暴な怪異を見かけることがあある。はじめのうちは、幽霊や怪異なんてみんなそんなものだと思っていて、興味すらもなかった。しかし、この不気味で危険な場所で、友好的な怪異たちに助けられた。特に這いばいさんには、今でも変わらず守ってもらっている。か弱い(?)私がこのような殺気立った場所で暮らしてゆけるのは、正にその、這いばいさんのおかげである。這いばいさんは、私が真っ白なシーツで寝る時も、目を覚ますときも、いつでもそばにいる。怪異らしい、不気味な、それでいて私にとっては愛らしい笑顔で、毎日毎日、「わたし 好き あなた」と伝えてくれる。そしてその後には絶対に、「あなた 好き わたし? あなた 一緒 わたし?」と優しく疑問形で続く。
慣れないときは度々面倒くさがったものだが、今ではもう慣れて、毎日毎日、「わたし 好き あなた。 わたし 一緒 あなた。」と当たり前のように返すようになった。そう返せば、いつも這いばいさんは怪異らしい笑い声を漏らして、にっこりと私に見せるように笑顔を向けて、上機嫌で私の頭をわしゃわしゃ撫でる。私はこのために生きているのだと、今まで感じたことのない不思議な実感が湧く。
今日も這いばいさんは、目覚めると同じ白いシーツの上に居て、這いばいさんの潰れたはずの目から、あふれんばかりの愛情を含んだ視線を送ってくる。なんとなく見えているのか気になって、這いばいさんの顔を見詰めていると、
「あなた どうしたの? あなた かわいい」(直訳:どうしたの?かわいいね)
と頭を撫でられた。
目の前には這いばいさんの、美しい顔と、汚れているはずなのに艶で満たされた指の通しのいい麗しい黒髪、青白く浮き出た首筋と鎖骨、それから話すたび、息をするたびに魅力的に動く、情欲を掻き立てられるような喉仏。–私は未だに、この正に’’おいしそうな’’光景には慣れていない。私は思わず、また這いばいさんを凝視してしまう。
しばらく見ていると、私はついに我慢ができなくなって、這いばいさんの顔、髪、首に、思いっきり顔をうずめて唇を落とした。私のはじめての、そして未知の行動に、這いばいさんは一瞬顔にはてなマークが浮かんでいたが、やがてこの行為の需要に気が付いたのか、はたまた私が嬉しそうなのが嬉しいのか。判らないが、私が満足するまで口角に笑みを浮かべて、されるがままだった。
這いばいさんの血色感の全くない怪異らしい肌からは、嗅いだことのないような、汚いけれど、その汚さが逆に癖になるような、良い(?)臭いがして、髪は見た目通りさわり心地が良く、そしてつむじからは肌よりも何倍も強いその体臭が薫った。何故だろうか、這いばいさんのその香りは、今まで嗅いだどんな良い香りよりも安心するように思えた。
「這いばいさんのかおりがする…」
私はふと安定した香りに再度眠りに沈みこんでしまいそうになった。
けれど、なにかふにゃりとした柔いものが頭にあたる感触がして、咄嗟に目を開けた。私の目の前、正に文字通り「眼前」に、這いばいさんの綺麗な形をした汚い顔があった。私は眠気など一瞬で吹き飛んで、さっきまで閉まりかけていた眼を、一気に限界まで開けた。
そんな人の気も知らず、柔らかい物―這いばいさんの唇は、先ほど私がしたのと同じように、私の顔や髪、肩にまで迫ってくる。
「這いばいさ…?」
「あなた 嫌い これ?」
咄嗟に私が抵抗すると、這いばいさんは笑ったままの表情で私に訊いてくる。まるでやり返してやる、とも言いたげな表情だった。
「わたし すき これ。」
這いばいさんはそうやって、珍しく私が抵抗してもその唇を止めなかった。
気が付けば私の唇は、這いばいさんの唇で塞がれていた。心の中でこっそり、私はしなかったのに!!!!と叫んでしまう。
-私の中で、何かが切れた気がして、ふと這いばいさんの唇の隙間に、私の下を這わせる。
次の瞬間、私の口の中で血の味がした。舌が少し切れていた。
「ごめんなさい!ごめんなさい!」
這いばいさんが泣きながら叫んでいるのが、朧気な頭でもわかった。
私の意識は、どこか遠いお空に飛んでいくのみであった。
おわり
プリ小説にて、11月17日に掲載させて頂いた這いばいさんとの夢小説です。プリ小説のほうみたいよ-!という方がいればコメント等でリクエストしてくださるとお応えします。
コメント
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あ〜癒される…好きです🫶️💞