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◻︎異変
雨上がりの朝。
「おはようございます」
今日もいつものように会社へ出勤する。課長は、離婚への話し合いを進めているというけれど、まだなんだかハッキリしない。
___女としての魅力がない奥さんなんかより、私の方が何倍もいいに決まってるのに
いっそのこと、“お前なんか飽きた”とか“女として見れない”とか言ってさっさと離婚してしまえばいいのに、と思う。世の中には、“性格の不一致”という曖昧な言葉で“性の不一致”を誤魔化して離婚する夫婦なんて、たくさんいるのに。
「おはようございます!森係長、今日もネクタイ、決まってますね」
同じ課の係長を見つけて、挨拶をする。ネクタイなんてどうでもいいけど、何かしら褒めるところがないと会話にならない。
「あ、あぁ、おはよう…」
___あれ?いつもみたいな、会話にならないのはなんでだろ?
エレベーターを待っていると、違う部署の人たちも一緒になる。顔と名前くらいはわかるので、軽く会釈をしてエレベーターを待つ。
「………だよね?」
「……うん、多分…」
「すごいね」
エレベーターに乗り込んでからも、私の周りには人がいない気がした。
___え?なに?避けられてる?
そして、何か言われているような気がする。私に向けられる視線が、いつもと明らかに違う。
___なに?なんなの?
「あの…何か?」
何故なのか訊こうとして話しかけようとしても、みんな目を逸らして離れていく。でも遠巻きに私を見て何かを言い合っている。それが職場に着くまでの廊下でも、ずっと続いた。
___何かがおかしい
昨日までとまったく違うみんなの態度に、不気味な感じがした。自分の席に着いて、パソコンを立ち上げようとして、さりげなく課長を見た。こちらには一切視線を向けず、パソコンに向かっている。
___あれ?なんでだろう?
課内以外の全員が、課長と私を交互に見て、何かを話しているようだ。
___まさか、バレた?
課長との不倫がバレてしまったのだろうか?あんなに気をつけていたのに?どうして?
私はスマホと化粧ポーチを持って、お手洗いに立った。個室に入ると急いで課長にLINEをする。
〈何かあった?なんかおかしいんだけど〉
返事はない。しばらくそのままで待ったが、あまり長居もできず、外に出る。簡単にメイクを直していたら、後ろから刺すような視線を感じた。
鏡越しに私を見て睨んでいるその人は、課長の奥さんと親しいという野崎先輩だ。
「あ、あの、何か、ありましたか?」
恐る恐る訊く。
「これ、どういうこと?」
スマホのSNSの画面を見せられた。
「え?何……!!」
そこには見覚えのある二人が写っていた。このネイルとショルダーバッグ、そしてこのブランドのワンピースは、私だ。私が男性と腕を組んで歩いている、それもラブホテルから、ちょうど出てきたところだ。男性はもちろん、課長。目のところには一応黒い線が入っているが、こんなもの、本人や知ってる人間が見たらすぐにわかる。
心臓がバクバクする。何か言いたいのに唇が乾いて、言葉が出ない。
「な、な、なんで、あ、なんですか?これ」
「これ、あなたよね?そして男性は課長の小沢和樹。愛美先輩の旦那さんとあなただって、二人を知ってる人が見たらすぐわかるわよ」
___とぼけなきゃ!違うと言わないと!
まだ離婚が成立していないのに、不倫がバレたら慰謝料とか社会的な信頼が…。でも、奥さんは私のことなんてなんにも知らないと和くんは言っていたのに。
なんとか誤魔化そうと考えあぐねていた。そもそも、このラブホテルは隣町の外れにあって、知り合いにバレることはないだろうとわざわざそこにした。奥さんがコンビニバイトのシフトで夜遅くまでいない日にしたはず、なのに。
___大丈夫、まだ確定してるわけじゃ…
「えっと…ほら、他人の空似ってやつですよ、ね!」
「何とぼけてるの?課長に問い詰めたら、すぐに挙動不審になったわよ、それって認めたのと同じでしょ?」
「えっ?!」
___和くんが認めた?
私には、あんなにバレないようにって釘を刺していたのに?
「私ね、コレを見て課長に、“最近、愛美先輩と喧嘩でもしたんですか?”って訊いたのよ。大喧嘩して家に帰っていないのかな?って。だってほら、この写真のコメントをよく見てみなさいよ」
SNSの写真には、
《この男性を探しています》
という見出しがついていた。
そして
《私の友達が、“主人に連絡がつかない”と困っています。この女性は私の友達ではありません。が、ご主人と特別な関係のようです。お心当たりの方は、ご連絡ください。私の友達を助けてください。拡散希望!》
___連絡がつかない?
「あ……」
思い当たる節があって、声に出てしまった。奥さんからの復縁をせまるLINEや電話がしつこくあって、面倒だからと全部拒否にしたと課長が言っていたことを思い出した。
「これ見たらさぁ、課長は奥さんからの連絡を絶って、あなたとこんなことしてたってことでしょ?」
「………」
「だからね、喧嘩でもして家に帰っていないんですか?これはなんですか?と写真を見せたの。課長、ものすごく焦ってたわ。それって認めたと同じよね?これが理由で課長と愛美先輩が離婚てことになったら、斉藤さん、慰謝料高いわよ。それに…ほら!」
そのSNSの投稿にみんなが、いろんなコメントを寄せていた。
“え?これって不倫現場写真?”
“奥さんを無視してエロいことやってんなぁ”
“これはアウトだね、ってかこの女も終わったね”
“こんな旦那さん、捨てちゃいなよ”
“この二人、知ってるかも?”
“知ってるなら名前くらい、晒してやれよ、天罰だよ天罰!”
“にしても、オッサンと若い子だね、どっちから手を出したんだろうね”
“奥さん、かわいそう”
___晒す?名前?あーっ!
「だから、さっさと離婚してって言ったのに!!」
思わず本音が出てしまった。
「もう遅いと思うよ」
そう言い残して、先輩は職場に戻って行った。
___どうしよう?どうしよう?どうしよう?
誰がこんなことをしたんだろう?友達?奥さんの友達って。でも不倫してることは絶対バレてないって和君は言ってたのにバレてたってこと?
こうしてる間にも、あの写真がどんどん拡散されて、あることないことのオヒレが付いていくかと思うと、気が気じゃない。
___早くなんとかしないと!
私は、非常階段に出て誰もいないことを確かめると、課長に電話をかけた。
プルルルルルル、プルルルルルル、プルルルルルル……
何度コールしても出ない。
___出てよ、早く!
仕事だからなのか、結局電話もLINEも無視された。私は仕方なく、自分の机に戻りイバラの中にいるような感覚でなんとか仕事をした。
誰も話しかけてもこないし、仕事の話をしようとしてもとても他人行儀で、誰も私を気にかけてはくれなかった。あの課長でさえ、一度も目を合わせなかった。
なんとか定時まで仕事をして、慌てて会社を出る。道を歩く人がみんな自分のことを指差して噂をしているような錯覚をして、目眩までしてきた。人通りの少ない路地に入って、和君に電話をかけた。今度はすぐに出た。
『もしもし…』
「あなたの奥さんのせいなんだからね!なんとかして!」
それだけ言って電話を切った。すぐに折り返して電話が鳴った。
『確認するから、待ってくれ』
「どうやって?」
『まずは離婚届のこと、それからあの写真のことだ。誹謗中傷が酷くなったら名誉毀損で訴えることも考える。だから、勝手なことはしないでくれ』
「だったら、さっさとやってよ。私はそれまで会社を休むから!」
『…わかった』
あれは奥さんがやったのだろうか?それしか考えられない。でも、和君の話では、私の存在はまったく疑っていないということだったし、離婚原因も仕事でのすれ違いにしたと言っていた。
実際、私の存在を匂わせても一度もひっかからなかったし。
___油断した……
その夜は、浴びるようにお酒を飲んで、ベッドに倒れ込んだ。でも眠れない。
その少し後、奥さんと直接話すことにすると和君から連絡があった。そこに私も行くことにした。
___私に和君を取られたからって、こんなこと許さない!