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◻︎投下された爆弾
(・・・ここから、また、愛美視点に戻ります)
離婚届を出しても、しばらくは何もなかった。離婚届を出したことも、和樹には伝わっていないだろう。
___私は、拒否されてるからね
そう、仕向けたんだけど。
娘たちもここからの通学にも慣れたし、私はハローワークで紹介してもらったスーパーの事務員に仮採用され、今は試用期間だ。時には朝早くコンビニバイトのシフトもこなしている。これからの生活のために、覚悟を決めて頑張ることにした。
そんなある日。
仕事帰りに、スマホが鳴った。和樹からの電話だ。
「もしもし…」
『おい!一体どういうつもりだ!』
いきなり、耳がキーンとするほどの怒号が飛んできた。でも、これは想定内だ。私は落ち着いて答える。
「え?なんのこと?」
わかってるけどね、奈緒の爆弾の効果だって。
『しらばっくれるな、おかしなことをSNSで拡散してるのお前だろ!』
「ちょっと待って、私からの連絡を無視しておいて、いきなりなに?」
『無視って、あれはお前がおかしなことばかり言ってきたからだろ?!』
「おかしなこと?ちょっと話がわからないんだけど。私はあなたに連絡が取れなくなって困ってたんだよ。離婚届は少し前に提出したからって、連絡したかったのに」
和樹の返事に、ちょっと間が空いた。
『出したのか?』
「出しました。私はあなたとのことはもう諦めて、きちんと離婚届を出しました。あなたは早く離婚したがってたみたいだから」
『そ、それにしてもだな、あれはどういうことだ!?』
「なんのことかわからないんだけど。とにかく、私はあなたに連絡がついて、ホッとしたわ。あ、そうだ、もう一つ話したいことがあった。ね、最後に家に行ってもいい?」
その時、和樹の声の向こうから女の声が聞こえた。なんて言ったのかは、わからなかったけど。おそらく桃子がそこにいるのだろう。
『一体、なんの話だ?』
「それについては直接話したい、これが最後よ、いいでしょ?」
『本当に最後だな?離婚届も出したんだよな?』
「だからそう言ってるでしょ?心配なら市役所で調べてみたら?そうね、今度のお休みの日にでも、どう?家に行くわ」
『わかった。僕もまだ話すことがある』
スマホの向こうで、また何か言っている女の声がした。内容はわからないけど、ヒステリックな声だ。
___あれはきっと桃子だ
電話で話をしながら、和樹はよほど私に腹が立っているのだろうということがわかる。和樹が私のことを“お前”呼ばわりしたのは、これが初めてだ。
___よほど、奈緒の爆弾が効いたのね
ザマァみろと今すぐ言ってやりたい気持ちをグッと抑える。
___まだ、だ。まだ……
和樹は、何かもっと言いたいことがあったみたいだけど、とりあえず、もう一度会って話すということにして電話を切った。直接会わないと、もう一つの爆弾が【不発弾】になってしまう。
最後のその時はきっと、桃子も一緒だ。今度こそ、桃子と対峙する。その時に私がとる態度は決めてある。あとはその時になって、感情的になってしまった桃子につられて自分を見失わないように、気合いをいれておくだけだ。
___失敗しないようにしないと
ここで気を抜いたら、今までのことが無駄になってしまう。
___まず、家に着いたら…
頭の中でシミュレーションを繰り返す。失敗したら、モヤモヤが残ってしまう。そうするといつまでも気持ちがスッキリしない。私はいま、自分のために動いてる。
___そうだ、アレを忘れないようにしないと
先日、入れ替えて持ち帰った和樹の薬。返しておかないとね。
和樹から連絡があって、最後に会って話をすると決めた日。私は、爆弾投下(SNSでの写真投稿)で協力してくれた奈緒にもそのことを話した。
「そういうわけで、これから二人がいるであろうあの家に行ってくるね」
「一人で大丈夫?」
奈緒が少し不安そうに言う。
「大丈夫!っていうか、これは私が決めたことだから。結果は報告する。あ、そうだ、どんな話をしたか、録音しとこうか?」
「余裕だね、愛美。これなら安心だわ。負けちゃダメよ、桃子って女に」
「もちろん、負けないわよ、あの人にもね」
私はガッツポーズをして見せた。
「じゃ、行ってくる」
「ご武運を祈る」
大袈裟に敬礼をして見せる奈緒に見送られて、私は和樹が待つ家に向かう。
___きっと、そこには桃子もいるはず
離婚届を出したのだから、和樹にはもう桃子とのことを周りに隠す必要もないし、それは私に対しても同じことだろう。離婚が成立していれば、不貞を働いた慰謝料というものを請求されないと安心しているだろうから。
桃子は、私という女に勝って和樹を手に入れたということを、私に向かって自慢したいだろうし。
___そんなことはさせない
玄関前で、一つ大きく息を吸って呼び鈴を押す。
___さあ、行くぞ
ピンポン
ピンポン
呼び鈴は鳴ったのに、誰も出てこない。
___迎えにも出てこないってことか
「お邪魔しますね」
鍵が開いていたので、勝手に入る。リビングに行くと、そこは模様替えがしてあり私の記憶にある部屋はもうなかった。
___さっさと模様替えってことか
桃子はここを、和樹との愛の巣にするつもりなのだろう。勝手にすればいい、と思った。