文化祭が終わって、少し日常が戻ってきたある日。
昼休み、廊下を歩いていた時に聞こえた何気ない会話が、僕たちの時間を静かに揺らした。
「…ねえ、知ってる? 藤澤先生、今学期で異動なんだって」
「うそ……あの先生、いなくなるの?」
耳に入った瞬間、心臓が一度跳ねた。
元貴と滉斗は、顔を見合わせた。
「……マジで……?」
「……嘘だろ…」
—
放課後、職員室の前で待っていた僕たちに、先生は少し驚いた顔をした。
「……どうしたの、ふたりとも」
「先生、異動って……本当ですか?」
しばらくの沈黙の後、先生は静かに微笑んだ。
「うん。年度末で、少し遠くの学校に行くことになったんだ。春から、また新しい場所で音楽を教えるよ」
言葉が出なかった。
文化祭で一緒に音楽を作って、あんなに笑っていた先生が、もうすぐいなくなるなんて。
滉斗も、珍しく俯いたまま何も言えなかった。
先生はそんな僕たちを見て、優しく言った。
「ふたりには、本当に感謝してるよ。音楽の授業以上に、たくさんの“気持ち”を学ばせてもらったから」
その夜。
2人はいつものように元貴の部屋にいた。
だけど、ギターに触れる手は、どこか落ち着かなかった。
ぽつり、と滉斗が言った。
「……作る? 曲」
元貴は、ふっと顔を上げる。
「先生に……“ありがとう”って伝える曲」
「……うん」
元貴はゆっくりと頷いた。
—
「先生との思い出って、どこから始まったんだろうな」
「僕は最初、ピアノの話をしたとき。
“自分の音楽は自分で広げていいんだよ”って、言ってくれたのが印象的だった」
「俺は、“恋と吟”のときだな。……一緒に音を鳴らした時、先生って感じじゃなくて…なんか、本当に“仲間”って感じがした」
「うん……あれ、すごく嬉しかった。音楽で先生と繋がれた感じがして。」
会話を交わしながら、元貴はギターを抱えた。
ふたりで、メロディを探す。
—
「Bメロ、ここちょっと寂しげにしたい。
“先生がいなくなる”っていう実感が、ここに出てくるように」
「じゃあ、こんなコード進行は?」
「……それだ!」
音を重ねながら、ふたりで静かに進めていく。
パズルみたいに、でも心の奥にある景色をそっと並べるみたいに。
—
やがて、ひとつのフレーズが生まれた。
縁に帰る匂いがした
覚えているかな?
僕たちは
夢中に描いたんだ
大きな宇宙のような瞬き
「……これ、歌ってると泣きそうになるな」
「うん……先生との全部が、よみがえってくる」
文化祭前、楽器を3人で囲んで笑ってた日。
先生の手が添えたピアノの温かさ。
先生が“音楽って、自由でいいんだよ”って言ってくれた声。
全部が、この曲の中に滲んでいった。
—
「曲名、どうする?」
僕は迷わず、口に出した。
「“BFF”。Best Friends Forever。
……音楽を通して出会えた、先生への、永遠の“ありがとう”」
滉斗は、静かに頷いた。
「それ、いい。……めちゃくちゃ、いい」
—
夜が更けるまで、ふたりで音を探した。
言葉が出ないときは、音が語ってくれた。
そして、ようやく、ふたりの“ありがとう”が、形になった。
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