空があかね色に変わっていく。
「向こう側へ行けば、ケマルと会えるぞ」
彼女は首を横に振った。
「もうそんなことどうでもいいの。今はあなたが、向こう側の人」
ここからは、よく見える。彼女に足りないものは、信念一つだけ。俺を信じて、ただここまで来ればいい。そうすれば、乗り越えられる。ここに立てばプナールの知らない、新しい空が見える、街が見える、森が見える、新しい自分が見える、価値が見える。
「クタイ、聴いて!」プナールは足元で喉を震わせた「アタシ、やっぱりダメなの」
「何を言うんだ」
「信じ切るなんて、やっぱりできない」
「ここまで来といて、馬鹿を言うな」
プナールの位置からは、指先と頂までの距離は見えない。彼女に今見えているのは、無表情な石の塊であり、レンガとモルタルの変わらぬ連続だけである。
「あなたには分からないでしょう。父を信じて裏切られて、母を信じて裏切られて、点数を信じて裏切られて、未来を信じて裏切られてきたのよ! ねえクタイ、あなたには分からないでしょ! 今度もしあなたを信じて裏切られたら、アタシはどうなるっ!」
夕暮れ色に染まる、か細い指が震えはじめた。風が吹きはじめた。
「あとほんの少しじゃないか」
「そんな言葉、信じられない」
「諦めじゃだめだ!」
「アタシは、あなたほど強くはないわ!」
震える指のすぐ上は、ベージュ色をした頂上のレンガである。彼女の成功と失敗を分ける差は、この、僅か数センチでしかない。
「もう、ホントに、ここまでなの」
第二関節から第一関節へ、レンガが小さくずれていく。
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