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降りしきる雨の中、那由多は佇んでいた。
慧も美緒も、知った仲だ。こんな結末、本当は見たくなかった。だけど、このまま放っておいたら、二人は取り返しの付かないことになってしまう。特に、鹿島美緒は酷いことになる。彼女は、墜ちる所まで墜ちて、浮上することは無いだろう。
美緒の堕落は、そのまま慧の堕落にも繋がる。
慧は優しすぎる。
今日まで、疑うべき事象はいくつもあった。それなのに、彼は持ち前の素直さで、それを見て見ぬ振りをしてきた。
盲目的な愛。愛とは、それほどまでに人を狂わせるのだろうか。
(いいや、愛は人を狂わせるんだろうな)
これまで、那由多は沢山の『狂った』人を目の当たりにしてきた。そして、彼等の結末も見届けてきた。
「…………」
那由多は傘を閉じる。
激しい雨が体を打ち付ける。
目を閉じて天を仰ぎ、雨を顔で受ける。
これで、少しは道を正せたはずだ。まだまだ、二人には助言や協力が必要だろうが、今日が一つ目の山場だ。今日が、二人にとって、那由多にとっても、大きな一つの区切りとなるだろう。
「マスター、風邪を引きますよ」
声のした方に顔を向けると、黒い水干を身につけた女性が立っていた。彼女は大きな和柄の傘を持ち、こちらに笑みを浮かべていた。
「ああ、月読(つくよみ)か」
「マスター、皆様がお待ちですよ」
「いくよ。野暮用も終わったし」
「マスターも、お人好しですね」
「友達の未来に関わることだからな。少しくらい、力を使っても問題ないだろう」
「悪いとは思いません。マスターは、それだけの力を持っていますし、人を守護する事を禁じられている訳でもありませんから」
那由多が歩き出す。その後ろに、月読は付き従う。彼女が指を鳴らすと、那由多に当たっていた雨がバアッと音を立てて弾けた。那由多は、薄いベールに包まれたかのように、雨を弾いていた。
「買い物は済んだのか?」
歩きながら、那由多は振り返る。月読の手には、屋台で買ったたこ焼きやお好み焼きの入った袋がぶら下がっていた。
「はい」
ニコリと月読は微笑んだ。
那由多は長い階段に足を掛ける。
この神社は、先ほどまで慧と美緒が居た場所だ。ここで、慧は全てを知った。そして、混乱した慧は、この階段を駆け下りた。
酷いことをする。美緒には嫌悪感しか感じないが、彼女のこれまでの人生を考えると、彼女一人を糾弾できない。だが、全ての結末を握っていたのは、彼女自身だったことも事実だ。
あの『イタズラ』を止めるのも、継続するのも、結局は自身の判断だった。彼女は、自分で何も決められない。心の中に答えはあったはずなのに、それに手を伸ばさなかった。だから、この最悪の結末を迎えた。
これから、彼女にはいくつもの試練が待ち受ける。
慧は、彼女に手を差し伸べるのだろうか、それとも、拒絶するのだろうか。
未来はいかようにも変化する。決して、決まったものではない。たった一言、発するか発しないかで、大きく未来は変化する。
(賽は投げられた。物事は激流のように進んでいく。後は、お前次第だ、慧)
階段を上り終えた那由多の前に、社が現れた。
那由多は振り返ると、雨で隠れた街を見下ろした。
まだまだ、慧と美緒の物語は続く。これは、彼、彼女の物語のまだ序盤だ。果たして、二人はどんな未来を選択するのだろうか。二人で歩むのか、それとも、別々の道を歩むのか。
「…………まだまだ、前途多難だな」
「もう暫く、マスターの出番があるのですか?」
「慧のアドバイザーくらいにはなるさ」
そう言った那由多は身を翻すと、鳥居を潜り、闇の帳が降りた境内へ飲まれるように姿を消した。