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しとしとと降り続く雨が、グラウンドを深い泥色に変えていた。
「部活中止」の連絡に、生徒たちが一斉に下校を急ぐ中、五人は静まり返った図書室の片隅に集まっていた。
「あー……。数学、マジで意味わかんない。ねえ瞬、これどう解くの?」
陸が机に突っ伏しながら、シャーペンを回す。いつもの「余裕のある陸」も、難解な数式を前にすると、少しだけ年相応の幼い顔を見せる。
「そこは公式を当てはめるだけだよ、陸。……ほら、泉ちゃんの方がよっぽど進んでるじゃないか」
瞬が眼鏡のブリッジを指先で押し上げながら、穏やかに泉を促す。
「えっ、あ、うん。……なんとか、ね」
泉はノートを広げていたが、実はあまり集中できていなかった。
すぐ隣に座る陸から漂う、微かな柔軟剤と雨の匂い。彼の腕が動くたびに、どうしても意識がそちらへ向かってしまう。
「……おい、茅野。手が止まってるぞ」
向かい側に座る優が、参考書から目を上げずに冷たく指摘した。
「あ、ごめん、優くん……」
「泉、無理しなくていいよ? 疲れたならちょっと休憩しよっか」
紗良が優しく泉の肩を叩き、優を少し睨んだ。「もう、優くんは一言多いんだから」
そんな中、陸がふと、机の端に置かれた一冊の古い雑誌を手に取った。
学校の部活動紹介のバックナンバーだ。
「……あ。これ、去年の総体の記事だ」
陸の指が止まる。そこには、表彰台で賞状を持つくるみ先輩の姿が小さく写っていた。
今よりも少し髪が短く、より鋭い眼差しをした彼女。
「やっぱり凄いよな。くるみ先輩、三年のこの時期までずっと記録更新し続けてたんだって。……俺、昨日先輩に聞いたんだ。どうすればそんなに自分を律せられるんですかって」
陸の瞳に、またあの「一途な光」が灯る。
「そしたら先輩、『目標があるからよ』って笑ってさ。……俺も、その景色が見てみたいんだよね」
泉は、陸のその横顔をじっと見つめていた。
陸がくるみ先輩を追うのは、ただ「綺麗だから」といった単純な理由じゃない。
彼女の持つ強さ、孤高な努力、その全てに、彼は本気で敬意を払い、憧れているのだ。
(……陸くん、本当に……眩しいな)
その眩しさが、泉には少しだけ切なかった。
自分がまだ入り込めない、二人の間にだけ通じ合う「高み」。
「……、……フン。なら、こんなところで油売ってねーで、一問でも解けよ」
優が、乱暴にページをめくる音を立てた。
優は陸の言葉を聞き流しているふりをしていたが、その視線は、一瞬だけ泉の寂しげな指先を掠めていた。