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「回転してなくてよかったんだぞ」


 美味しそうなネタが回るレーンを前に、京平はまだそんなことを言っていた。


 此処はもともとは普通のお寿司屋さんだったところが、回転寿司になったところだ。


 寿司を握る板前さんたちの周りをレーンが回っているだけの小さな店だった。


「だって、専務が奢るって言うから。

 高いと悪いかなーと思いまして。


 思い出したんです。

 あのチョコ、確か七百円でした」

と言うと、


「じゃあ、割り勘でいいから、普通の寿司屋に行こう」

と往生際悪く、京平は言ってくる。


 ……いや、なんかそれ、本末転倒ですよ、と思いながら、のぞみはレーンで回る寿司を見ていた。


 うーむ。

 なにから行くかな。


 こういうところは、食べる順番がどうのとうるさいこと言わないから、いきなり、うなぎから攻めていってもいいか。


 のぞみは、見ているだけで、鼻先に香ばしい香りが漂ってきそうなふっくらとしたうなぎののった皿を見る。


 いやいや。

 この店、玉子が美味しいんだよな。


 厚みのあるどっしりとした玉子焼きは、ほんのり上品に甘くて、のぞみの好みだ。


 いやいやいやっ。

 でも、やっぱり、サーモンッ! と思ったとき、のぞみが狙っていたサーモンを横から取った奴が居た。


 京平だ。


 ああっ、文句言ってたくせにっ、とおのれが食べようと思っていた皿を取られ、他にもサーモンは回っているのに、思わず、すごい形相で見てしまう。


 っていうか、本格的な寿司屋に行きたいとか言ってたくせに、何故、そういう店にはないサーモン!


 珍しいからか? と思いながら、見ていると、小さな寿司を一口で食べた京平は、

「美味いじゃないかっ」

と叫び出す。


「ネタは小ぶりだが、美味しいなっ」


 でしょう~? とのぞみは勝ち誇る。


「此処、回転寿司のわりにあんまり安くないけど、美味しいんですよ」

とまるで自分の店のようにのぞみは自慢した。


 アジの握りも好きだ。


 あとで骨を唐揚げにしてくれるのだが、そのパリパリとした食感がたまらない。


 それを食べた京平はまた、

「美味いじゃないかっ」

と言った。


「あっ、見ろっ、坂下っ。

 ぷりぷりの生牡蠣が回り始めたぞっ」


 そこらの店のより、つやつやのぷりぷりだぞっ、と京平は、はしゃぐ。


 あの、そこらの店の店主に怒られますよ……とこの人が普段通っているのだろう老舗の寿司屋を思いながら、のぞみは苦笑いした。


 海が近いせいか。

 もともとが普通の寿司屋だったせいか。


 此処の回転寿司はネタが新鮮だ。

 酢飯も美味しい。


 値段を下げるために、ネタも酢飯も小さくなってはいるのだが、それが女性の口のサイズにぴったりで、母や祖母たちもこの店が気に入っている。


 だが、それにしても、本当に美味しそうな生牡蠣だ。

 もみじおろしとネギも鮮やかで。


 この生牡蠣を見ていると、生牡蠣が苦手なのぞみでも、美味しそうだなと思ってしまう。


 好きな人にはたまらないことだろう。


「回転寿司、最高だなっ。

 あと、呑めたらよかったのに」

と機嫌よく京平は言ってくる。


「じゃあ、置いて帰ったらどうですか? 車。

 私、送ってってあげますよ」

とのぞみが言うと、


「いや、それでは意味がわからんだろう」

と京平は言ってくるのだが。


 いえ、私は、貴方の言ってくることの大半、意味がわかりませんけどね……とのぞみは思っていた。


「そもそも俺の計画では、食事のあとは、俺の車でお前を送っていくはずだったのに。

 なんで、お前、車で来てるんだ」

と京平は、いきなり文句をつけ始める。


 いや、私、毎日、マイカー通勤ですからね……。


 ご存知でしょう? 上司の人、と思うのぞみの前で、

「そう。

 俺はちゃんと今日のデートの計画を立ててたんだ」

と京平は、呑んでもないのに語り出す。


「一、お前に寿司を奢る。

 二、車で送ってキスをする」


 おい……。


「三、お前のご両親にご挨拶をする」


「えっ? もうですかっ?」

と思わず、のぞみは叫んでいた。


「当たり前だろう。

 結婚を前提にお付き合いしてるのに」


 ――してるんですかっ?


「それなのに、ご両親にご挨拶しないなんて失礼だろうっ。

 お前のような娘を一生懸命育ててくれた親御さんには、ちゃんとご挨拶しなければっ」


 すみません。

 その『お前のような』はどういう意味でおっしゃってるんですかね?


 お前のような立派な娘を?

 お前のような手のかかる娘を?


 絶対に後者だな、とこの元担任を見る。


 まあ、きっと私が手のかかる生徒だったからだろうが、と思ったとき、こらえきれなくなったように、目の前で素知らぬ顔で握っていた板前さんが笑い出した。


 確か、この店の店主である彼は、

「す、すみません、聞いちゃいまして。


 ご結婚おめでとうございます。

 お祝いにこれ」

とプライベートに口を突っ込むまいとしていたのに、うっかり客の話に笑ってしまった詫びにかもしれないが、生牡蠣を二皿、もらってしまった。


 どうやら、この店の生牡蠣に、京平が狂喜していたのも聞こえていたようだ。


「あっ、ありがとうございます」


「ありがとうございます。

 すみません」

と二人で礼を言うと、はは、と笑いながら、店主は違う場所に行ってしまった。


 その広い背中を見ながら、のぞみは、


 ありがとう。

 これからも通います、大将っ。


 ついて行きますっ、と手を合わせた。


 いや、ついて来ないで、と思われていることだろうが……。



「美味かったな。

 すっかり俺の計画は狂ってしまったが」

と店の外で、京平は言う。


 少し冷たい夜風の吹く中。


 いや、私は貴方のその訳のわからない計画が怖いので。


 ぜひ、狂ったまま、実行しないでください、と妙な行動力のある京平を見ながら、のぞみは半笑いで思っていた。


「で、では、ご馳走様でした。

 今度、お礼に奢らせてください」

とのぞみは頭を下げる。


 いつもちょっとしか食べないので、まあ、そのくらいなら、お返しとして相応な金額かと思って回転寿司にしたのに。


 京平の勢いと喜びように乗せられ、結構食べてしまっていた。


 申し訳ないという思いから、つい、そう言うと、

「莫迦か。

 それだと意味がな……」

と言いかけた京平だったが、何故かそこで、言葉を止める。


 こちらを見つめ、少し笑うと、

「いや、そうだな。

 ありがとう。


 奢ってくれ、今度。


 ……珈琲でも」

と言ってきた。


 珈琲か。

 遠慮しているのだろうかな。


 それとも、やっぱり、あそこで珈琲を飲みたかったとか?


 謎だな……と思いながら、のぞみは、では、失礼します、と頭を下げ、車に乗った。


 京平も車に乗ったが、発進する様子はない。

 出るのを見ていてくれるつもりのようだ。


 のぞみは、ぺこりと頭を下げると、駐車場を出ていった。





わたしと専務のナイショの話

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