テラーノベル
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スッキリとシンプルに整理されたインテリアと、主張しすぎない趣味小物。
さすが、若井。僕と違って部屋がきちんとお手入れされてる感じがする。
一緒に住んでるって言っても、そうプライベート空間をまじまじと見ることはなかったから。
新鮮な感じの中に若井らしさがある。
…なんて、現実逃避してしまった。
違う違う。
今はそれどころじゃない。
ルームシェアするようになって数ヶ月。前から薄々感じていた壁みたいなものがお互い少しずつ無くなっていって、会話も増えたし笑顔も増えたし、音楽以外でも共通の話題で盛り上がるようになった。
こんなご時世だから外に出ることに少し抵抗があって、週に何回か、ふたりで晩酌をする。
くだらない話をして、お互いスマホいじったりゲームしたりして、晩酌…って言うほど大人な感じじゃないけど。
若井が先に酔っ払っちゃって、僕が彼を寝室に運んで寝かせたら、それがお開きの合図。僕はそのあとリビングを片付けて自分の部屋に戻って寝る。
そういう流れなんだけど。
いつも通り、若井を寝かせて布団を掛けようとしたら、唐突に腕を掴まれた。
え、起きてたの。と思う間もなく、ぐいっと腕を引かれて、若井の腕の中に抱き込まれてしまう。
「いかないでよ」
ちょっと掠れた声が、すごく甘えている空気があって。
咄嗟に腕を振り払うという気が削がれてしまう。
声をかけるタイミングも失ってしまって固まった僕の、髪を撫でたり首筋に顔を埋めて頭をグリグリしてる。
これは。
若井に、めちゃくちゃ甘えられている。
あーそうだよね。
家に女の子連れ込もうにも僕がいるし。そもそもこんなご時世だし。健全男子は欲求不満にもなるか。
そうじゃなくても人と触れ合う機会も少なくて、寂しいよね。わかるわかる。
どうやら酔って、僕を女の子と間違えてるみたい。
ふふ、と忍び笑いをしてしまう。
意外と子どもっぽい一面はルームシェアで知ってたけど。女の子にはこんなふうに甘えるんだ、と若井の新たな顔というか、秘密を知ってしまったような気がして。
微笑ましく思う。
「…かわいいなあ」
と意図せず声に出してしまった。
一応、これでも年上だからね。母性じゃないけど、可愛らしい小動物を愛でるみたいな。なんだか心擽られるものがあった。
どうせ酔っ払っているんだし、くっついて甘えて寝ちゃうでしょ。
女の子と違ってふわふわしてないし抱き心地もよくないと思うけど…存分に甘えさせてあげようじゃないか。
…なんて思ったのが間違いだった。
「かわいいのはそっちでしょ」
少し拗ねたような声色で言い、若井が顔を上げる。
耳の後ろに手を添えられて、顔を若井の方に向かされ、キスされた。
一瞬、何が起こったか、起こっているかわからなくて、瞬きを何度かする。
唖然としている間に、ぬるっと舌先が僕の口の中に潜り込んできて、キスが深くなった。
酔いのせいか、若井の舌が、すごく熱い。
と、ようやくそこで思考が追いついた。
遅すぎるかもしれないけど、僕もお酒で思考が鈍ってるのかもしれない。
キスされた、てる??
え、僕、今、若井とキスしてるの!?
駄目でしょ、色々。
これ、正気に戻ったら若井がめちゃくちゃ後悔するやつ。
慌てて、今更ながら制止しようとしたところで、若井の舌が僕の舌を絡めとって擦るから、ぞわぞわっとしたものが背筋を駆け上がって、押し返そうとした肩に縋るように掴まってしまった。
「…っん、ふぁ、かい…っ」
咎めるように名前を呼ぶけど、ぐちゃぐちゃになるみたいな深いキスを何度も繰り返されて、上手く言えない。
いつの間にかシーツに沈んだ僕の上に、若井が覆い被さるようにいて、そういうスキルが皆無の僕にとって、若井がそういうことに手馴れているように思えてしまった。
だから、尚更、駄目だよね。
そんなテクニック僕に披露してる場合じゃないよ。
せっかく、ルームシェアで仲が深まってきたのに。信頼関係が築けてきてるのに。
こんなお酒での失敗、笑えないよ。
「ぅ、んんっ…ふ、ぅ」
そう思うのに、なんだか熱に浮かされたような声が漏れてしまって、すごく恥ずかしい。
執拗に何度も角度を変えて口付けられて、ぼうっとする。
僕、女の子じゃないのに。
こういう経験値も若井より全然低いし、上手く息も紡げない。
脳に酸素が足りなくなってきたのかな。
若井に縋りついてる形の指先が、ぶるぶると震える。
「ぅ、あ、…ッぅ」
恥ずかしさで逃げる舌を執拗に追いかけられて、狭い口腔内ではすぐに捕まってしまう。
正直、気持ちいい。
こんなに情熱的で大胆な口付けを、僕は知らない。
為す術もなく、ただひたすらに貪られてる感覚。
意識が飛びそうで、ぎゅっと目を瞑った。
「っんぁ、はッ」
「ちゃんと息しないと」
パッとキスから解放されて、けれど触れ合う距離にある唇が、揶揄する音を含んでそう言う。
僕は、とにかく酸素が欲しくて、けれど急にたくさんの酸素が供給されて、見っとも無く呼吸をもたつかせていた。
息を整えている刹那の、冒頭の現実逃避。
余計なこと考えてしまうけれど、違う。今はそれどころじゃなくて。
止めるなら今しかない。
「わか、い、…お、おちついて」
僕の言葉の方が震えていて、よっぽど落ち着いていないけど。
じぃっと、若井が至近距離でこちらを見ているのがわかる。
酔いが覚めたかな?
縋ってしまっていた手で、肩をグッと押してみるけど、彼の体はビクともしない。
お願いだから、ちゃんと俺を見て。
女の子じゃないよ。絶対に、そういう対象じゃないから 。
やっと、お互いに躊躇せず手を取れるくらい話し合えるような、深い絆ができてきたところなのに。
せっかく、元貴と同じくらい、大切だと感じられるようになったのに。
僕、若井の人生最大の過ちになりたくない。
「…おれのこと、きらい?」
だめだ。
全然、酔いが覚めてない。
そんな、お酒で少し呂律が回ってない話し方で。悲しそうな声で、言わないでよ。
酔っ払って女の子にそんなふうに言ってるの?かなり手練じゃない?
このおかしな空気のせいなのか、一見クールに見える若井のビジュアルからは想像できないギャップに、グラッとするのか。
女の子じゃない僕ですら断りづらい、そんな甘さが漂っている。
流されるのは簡単だけど、問題が起きてしまったあとの事を考えると怖いよ。
僕はただ、若井を嫌いになりたくない。そして、何より、正気に戻った若井に嫌われたくないよ。
「き、きらいとか、そういうんじゃ…っ、あ、っえ?」
パジャマ代わりのスウェットの隙間から、する、と手が入り込んでくる。
思わず、声が裏返った。
目を見開く。
信じられない。
キスだけで勃ってる僕もだけど、そこを確かめるみたいに手で覆って、擦りあげる若井の手が。
「やっ、あ、えっ?わか、ぅそっ…うそ、でしょ、や、ぁッ」
直に、性急な動きで揉みくちゃにされて、声が情けなく弾む。
どういうこと?頭がついていけない。
嘘でしょ?なんで?
そこに触るってことは、女の子じゃないってわかってるってことなの?
若井の性対象は男女問わずってことなの?
それとも、もう酔いでそういうところに疑問持たなくなってしまってるの?
ついさっきまで、女の子と勘違いしてるんだと思っていたのが、そうじゃないかもしれなくて、全然感情の整理が追いつかない。
お酒の失敗だとか、人生最大の過ちだとか、そこまで考えていたのに、全部そうじゃないかもしれなくて、訳が分からなくて。
ただただ、緩く強く快感を高めていく手の動きに、翻弄されている。
「ぁ、んっ、やめっ…て、よぉっ」
「どうして?気持ちよさそうなのに」
ずっと黙っていた若井からようやく出た言葉がそれで、驚きと気持ちよさで体が、びくんと跳ねた。
酔ってるの?正気なの?
少し信頼し合えるようになって、お互いを理解し合えるようになって、存在を受け入れられるようになったと思ってたのに。
全然、若井のこと、理解できない。
現状どういうことなのかも、理解できない。受け入れられない。
内腿ががくがくと震えだして、足の爪先にぎゅっと力が入る。
もうやめて、とかぶりを振った僕の耳元に口付けた若井は
「痛くしないようにするから、ね?」
いっかいだけ、させて。
やっぱり酔っているのかそうじゃないのか、全く分からない。
けれど、興奮して上擦った声で、そう囁いた。
続く
コメント
2件
コメント失礼します😌 すごく丁寧な描写で、文も読みやすく、私いちりさんの書かれる文章が大好きです✨ 困惑しながらも、💙に堕ちていく💛がすごく可愛いし、甘えながらも攻めてくる💙がすごくカッコよくて、キュンとしました💓 続きを楽しみにしています😊