第21話:心の温度
その詩は、通知もランキングも、バズりもしなかった。
けれど翌朝には、学校のAIネットワーク内で100回以上読まれていた。
誰も“読んだ”とは言わない。
でも、何かが変わっていた。
1時間目の教室。
サクラギ・ミナ――常に黙っていた女子が、黒板の前でわずかに手を挙げた。
質問ではなかった。ただこう言った。
「……この単元、たぶん“答え”じゃなくて、
“考えること”が大事なんだと思います」
静寂が落ちた。
AIは「適切な意見」として処理した。だが、その言葉の**“揺れ”**を、数名が感じていた。
休み時間。
廊下の端で、ハヤセ・ジュンが友達にそっと話しかける。
「昨日、詩みたいな文章読んだ。
名前なかったけど……なんか、あれ、良かった」
「え、どれ? 感想書く欄なかったよね?」
「……だから、誰にも言えないけど。
ちょっと、誰かに言いたくてさ」
放課後、昇降口。
カネダ・トモキは、自分の靴箱に手紙が入っているのに気づく。
そこには一言だけ、手書きでこう記されていた。
> 「“君の声”、誰かに届いてると思うよ。」
署名はない。
でも、その文字は、どこか“あたたかかった”。
夜。
ナナの部屋。彼女はミナトに送られてきたメッセージを読んでいた。
「この詩、何度も読み返してる。
俺、いつからか“冷たい”のが当たり前になってたけど、
あれ読んだら、胸の奥がチクっとして、びっくりした」
ナナは静かにスマホを置き、小さなメモ帳に一行書いた。
> 「感情って、消されるもんじゃなくて、
> 忘れてただけなんだね。」
ミナトの端末には、
AIからの通知がまた届いていた。
【感情反応誘導リスク・レベル2】
【社会的影響指数 上昇:未許可】
だが、今までのように数字を見るだけで終わることはなかった。
彼は返信欄に、たった一行、こう打った。
「それでも、人間には“心の温度”が必要です」
送信ボタンは、もちろん反応しない。
“提案”として無視された。
でもその一行が、端末の画面の明かり越しに、
部屋の中をほんの少しだけ、あたたかく照らした気がした。
詩は、バズらない。
スコアは上がらない。
けれど、“読むと黙りたくなる”詩がある。
そして今、
それがゆっくりと、人の心にぬくもりを灯し始めている。