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バーリッシュ川は、リッケンシルト国の中西部から南へと流れる大きな川だ。
その川幅は広く、向こう岸に渡るのは主に船を利用する。橋もあるが、その長大な川の長さに対して、わずか三本しかなかった。
その数少ない橋の一つ、ゴルド橋を対岸までかける町が、シファードである。
雨が降り続く天候の中、首都に通じるズフィード街道に合流した慧太たちは、やがて川辺の町に到着した。
目の栄えるような赤い三角屋根。街道沿いには三階建ての建物が立ち並び、奥にも二階建ての建物がつらなっている。漆喰で壁を覆い、小洒落た配色や窓飾りなど、随分と都会的な町並みだ。街道に繋がる中央の道は石畳が敷かれていた。
「まあ……あいにくの雨ですけどね」
ユウラが皮肉げに口もとを歪めた。
街道から町へと到着し、本来は人の通行で賑わっているシファードのメインストリートも閑散としていた。フードや帽子で雨から顔を守りながら急ぎ足で行きかう人々。それらもまた自然と口数は少なく、そそくさと移動している。
「本当なら、この時間は市場で、人がごった返しているんですが」
ユウラは町に入ってすぐの休憩所へと誘う。
酒や飲み物を提供するバーらしく、旅人やこの雨で仕事がなくなったと思しき男たちが飲んだり談笑していた。屋根はあるが、壁はカウンターがある一面のみ。そこで店主が注文に答えて酒などを用意していた。
ユウラに続き、セラが屋根の下にいくと、フードをとる。銀色の髪がこぼれ出て、周囲の野郎どもが物珍しそうな視線を寄越す。
――お前らの考えていることはわかっているぞ。
慧太は何故か面白くなかった。どうしてそう思うかはわからなかったが。
振り返れば、黒馬のアルフォンソと、その傍らにフードを被ったリアナが店の外に立っていた。
「入らないのか?」
慧太が問えば、リアナは柱の一点を指差した。
そこには看板が貼り付けてあり、狼を模したマークにバツ印が刻まれていた。その下に短く書いてある文字は読めなかったが、見当はついた。
『動物、ならびに獣人お断り』
リアナは肩をすくめる。人間の町では、こういった標識があるのも珍しくない。
「アルを見張っている」
旅人の荷物を狙うスリなど、この手の町にはよくあることである。
慧太は頷くと、屋根の下に入り、フードを取った。
セラとユウラが話しているのが耳に届く。
「リッケンシルトの王都に立ち寄る、ということで?」
「ええ、魔人の危機が迫っているのはこの国も同じです。現に――」
「魔人の尖兵がこの国に入り込んでいる」
ユウラはカウンターで、エールを注文した。
腹の突き出た店主が背を向けている間に、セラは青髪の魔術師の隣に立つ。
「幸い、王都エアルアは、ライガネンへ行く道から外れていないはず」
「ええ……そうです」
ユウラはカウンター奥の壁に張られたリッケンシルト国の地図を指差した。
セラも地図を見やり、慧太もセラの隣につきながら視線を向ける。
「ゴルド橋を渡った後は、街道に沿っていけば二日もあれば王都に着くでしょう」
カウンターにエールの入った木のコップが並ぶ。無愛想な店主に、ユウラは笑みを返した後、本題に戻った。
「とりあえず今日の予定ですが、どうします? 一応、町ですし、宿を取って身体を休めるのも手ですが」
「……」
セラは黙り込む。
慧太はコップを取り、カウンターに背を向けて、ちびちびと飲む。
外は大雨だ。こうも強い雨が降っている中を進むのは、慧太はともかく他の面子の体力や体調面が心配になってくる。
「ケイタは、どう思います?」
銀髪のお姫様が視線を向けてくる。オレに聞くのか――慧太は小首を傾げる。
「確かにまだ日は高い」
雨が降っていて、お日様は拝めないけれど。
「ただ無理はすべきじゃないと思う。もう少し雨が弱くなるのを待ったほうがいいかも」
「慧太くんはタフですからね」
ユウラは目を閉じ、エールを呷(あお)る。
「彼の基準に合わせると酷い目にあいますから、あまり当てにしないほうがいいですよ、セラフィナ姫」
「何気に酷いんじゃないか、ユウラ?」
「そうですか?」
しれっとしている青髪の魔術師。こほん、とセラが小さく咳払いした。
「ユウラさん。私のことは『セラ』と呼んでくれませんか? ……こういう場で姫とか言われるのは」
「ああ、失礼しました」
ユウラは背筋を伸ばした。
「配慮が足りませんでした。以後気をつけます。……セラさん」
「……お願いします」
セラはエールに口をつけた。そこへ、ユウラの隣に町の人間らしい小太りの中年男がやってきた。
「マスター、酒だ。強いやつをくれ!」
「……まだ、昼前だ。仕事に差し支えるんじゃないか?」
「仕事も糞もあるかよ。……ゴルド橋が落ちた」
「は?」
「え……!?」
店主の声と、セラのそれはほぼ同時だった。
ゴルド橋が落ちたって……つまり、川を渡るための手段がなくなったということ――
「二番島と三番島の間」
小太りの中年男は、人差し指を立てた。
「その間でぷっつんよ。雷が落ちたんじゃないかって話だ。……荷物はおろか、人だって渡れねえよ」
やってられるか、と中年男は唸った。
話を聞いていたセラは呆然としている。
ユウラはエールを飲みつつ、意味ありげな視線を慧太に寄越す。――どうします、とその目が言っていた。
どうもこうも――慧太は首を小さく横に振った。
「橋が」と、セラが信じられないといった顔で言った。
「落ちたって……渡れないってことですか? ライガネンに行かなきゃいけないのに……?」
「……」
何とも気まずい。ユウラは視線を逸らし、返答を拒んだ。
慧太は髪をかく。雨のせいで若干湿っていた。
「とりあえず、どんな様子か見に行かないか?」