軽トラックのドアを閉めると、太陽が燦然とこの地を照らした。
今日は遮る雲もなく、目を細めたくなるほど。
慎太郎と樹が日高牧場に着くと、ジェシーが気づいて手を振った。外の運動場に出していた牛を牛舎に帰しているところだった。
「ちょうどいいとこに来た。牛たちにご飯あげてくれない?」
いつものように手伝いに来たのだ。
牧草置き場に取りに行くと、大我がいた。
「あれきょも、珍しいな」
樹が言う。
「忙しいから来てくれってジェシーに頼まれてさ」
今までも何度か手伝いに来たことはあるらしい。
「ほら、これ持ってって」と牧草の束を渡す。
台車に乗せ、ほぐしながら牛たちにあげていく。以前ジェシーから手ほどきを受け、だいぶ慣れた。
「美味しい? 良かった」
もぐもぐと食べる様子を見て、慎太郎は声を掛ける。それに樹は口角を上げた。
給餌が終わると、4人で掃除をする。
大変だけど、牛たちのためならできる。
それにみんながいるから楽しい。
慎太郎は、東京でサラリーマンをして肩身の狭い思いをするくらいならもっと早くここに来ればよかった、と感じていた。
十勝が自分のいるべきところなんだ。みんながそう思わせてくれた。
「おかえり」
六花荘では、いつものように優吾が迎えてくれた。
牛たちのお昼ご飯のあとは、自分たちの昼食だ。
「今日は旭川ラーメン買ってきたよ」
やった、とみんなが喜ぶ。北海道のラーメンは種類もあるだけに定番メニューだ。
6人揃って食卓につく。
北斗はちょうど訪問診療から帰ってきたところだった。
食べている途中、大我が訊いた。
「慎太郎は、まだここにいる予定?」
うん、とうなずく。
「まだ、っていうかずっといたい」
その言葉に4人も嬉しくなった。
「じゃあ俺もそうする。…実はそろそろ東京に帰ろうかと思ってたんだけど、俺だけ離れるのも嫌だな。やっぱり十勝が好きだしね」
この土地を気に入っているのは、大我も同じなようだ。
「おーい慎太郎、ちょっと休憩するべ」
少し遠くから樹の声がし、顔を上げる。
午後から畑で始めたじゃがいもの植え付け作業をいったん中断した。
腰を伸ばし、空を仰ぐ。変わらず十勝晴れ。からりとした青空がどこまでも続く。
大きく息を吸って、吐いた。新鮮な空気が身体中に行き渡り、さっぱりする。
作付けしたばかりのじゃがいも畑を縫って、軽トラックまで戻る。荷台の後ろに腰掛けた。
「今日は天気が気持ちいいね」
「そうだね」
樹がやっていた畑仕事を、今は慎太郎も一緒に手伝っている。
2人は目の前に広がる春じゃがいもの葉の緑を眺める。空の青と相まって、眩しいほどに爽やかだ。
遠くには古いサイロが見える。赤い屋根が景色に映えている。
「最近発作起きてないかい?」
樹が訊く。
「うん、落ち着いてる。樹は?」
大丈夫さ、と答えた。
こうして分かり合えるところがあるのが、嬉しかった。たとえそれが病気でも。
「俺、ここに来てよかった」
慎太郎は荷台から降り、樹を振り返る。
「こんな綺麗な自然のところだなんて思ってなかったし、みんなが優しく受け入れてくれてほんとにありがたかった。予想もしてなかったもん」
「そっか」
樹は微笑んだ。
「…人生って、航海みたいだと思うのさ」
そして、樹は遠くの山脈に視線を投げて話し出す。
すっかり雪解けも進み、山頂の雪はもうわずかだ。
「一人ひとりがそれぞれの船に乗って、大海原を渡ってく。…ここならオホーツク海かな。今、俺ら6人は同じ船に乗ってるわけじゃないけどたぶん横並びで旅をしてる。でも、転覆しそうなときはすぐ助けに行くから」
慎太郎へ向き直る。
「俺も慎太郎が来てくれてよかった。イヤイライケレ」
「何? それ」
アイヌ語だよ、と樹は笑う。「ありがとう、って意味」
「そうなんだ」
樹は照れて視線をそらす。
それを隠すように、「よし、やるべ!」
畑へと向かい、慎太郎も続く。
陽の光が、背中をじんわりと暖める。
若葉の香りがする風が吹き抜けた。
北の大地にも、春が訪れた。
終わり
コメント
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すごい上手いですね!!今まで見た中で1番小説っぽくて支部にいても可笑しくないくらいですね!!このまま、ずっと楽しみたいです!