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果樹園の周囲を囲む壁が完成した。
高さ三メートル、厚さも十分。そこらにあった木材や土を利用して壁をでっち上げ、それをワイの【ンゴ】スキルで”堅固”に仕上げた。製作日数はわずか数日や。
壁の表面は陽を受けて鈍く光り、まるで歴戦の要塞のような佇まいや。元々はただの農場やった場所が、今や立派な砦になっとる。
「ナージェさん……なんだかすごいことになったね」
ケイナが壁を見上げながら、驚いたように呟いた。彼女の淡い髪が風に揺れ、日の光を浴びた頬には、壁の影がやわらかく落ちていた。壁の高さに圧倒されたのか、彼女の瞳には畏れと感嘆が入り混じっとる。
「ああ。これでそう簡単には襲われんやろ」
ワイは腕を組みながら、そびえ立つ壁を見つめる。これだけの高さと厚みがあれば、大抵の侵入者は諦めるはずや。しかし、この防壁が果たしてどこまで持つか――そればかりは、まだ分からん。敵がどんな手を使ってくるかも分からんし、力任せの突破を試みるような連中もおるかもしれん。
「これ、本当に農家のやることなの?」
ケイナが小さく笑う。その声音には、半ば呆れと、半ば尊敬が入り混じっとった。普通の農家なら、せいぜい柵を立てるくらいやろう。しかし、ワイのやっとることは、もはや防衛戦や。
「農家やからこそ、作物を守るんや」
ワイは壁の上に登り、周囲を見渡す。風が頬を撫で、果樹園の葉がさわさわと音を立てて揺れとる。遠くでは鳥の鳴き声が響き、穏やかな風景が広がっとる。青々とした葉の間から、赤く実ったリンゴがちらほらと顔を出し、陽の光を受けて輝いとる。
やけど、その静寂の裏では、確実にワイの果樹園が狙われとるんや。
レオンの忠告が脳裏をよぎる。
──お前の作る果物は、もうただの食い物じゃねぇ。すでに狙ってる連中がいる。
市場でワイの果物が評判になりすぎていた。魔力が回復するリンゴ、香り高いマンゴー。ただの果物やない。高価な魔法薬にも匹敵するかもしれん貴重な品。これを独占しようとする奴が出てくるのは、むしろ当然の流れや。
ワイの果樹園がただの農地やなくなってきとるのは、ワイ自身が一番分かっとる。だからこそ、こうして壁を築いたわけやが……まあ、今はそんなこと考えるのはやめよう。
ワイはケイナとくつろぐ。ここ数日は重労働やったから、たまにはな。
採れたてのリンゴをかじると、甘酸っぱい果汁が口いっぱいに広がる。果肉はしっかりしとるのに、噛めばじゅわっと果汁があふれ出す。香りが鼻腔をくすぐり、心まで満たされるような味や。ケイナも、頬を紅潮させながら夢中になって食べとる。
「やっぱり、美味しい!」
ケイナはニッコニコや。白い歯でリンゴをかじり、頬をふくらませながら、幸せそうに目を細めとる。赤く熟れた果実の甘酸っぱい香りが、風に乗って広がる。かじった部分から滴る果汁が、彼女の指先を濡らした。そんな様子を見とるだけで、ワイの胸もじんわり温かくなってくる。自分で育てた果物が、こうして誰かを笑顔にできるんやから、農家冥利に尽きるもんやな。
「……ん? ケイナ、その膝は」
「え? ……あ、いつの間にか擦りむいちゃったのかも」
ケイナは口元に手をやりながら、小首をかしげた。どうやら気づかんうちに怪我しとったらしい。ちょっとした擦り傷やが、放っとくと意外と厄介やったりするんよな。
「ちょっと見せてみぃ」
「これぐらい大丈夫だけど……」
「ええから」
ワイは軽く強引にケイナの膝を引き寄せた。途端に彼女の肩がぴくっと揺れる。拒むわけでもないが、どこか戸惑いを含んだ仕草。裾の隙間から覗いた膝小僧には、小さな擦り傷ができとる。表面がほんのり赤みを帯び、わずかに血がにじんどる。たぶん草むらで転んだか、何かに引っかけたんやろ。
「【看護】」
「……ふぇっ!」
ケイナが変な声を漏らした。驚きに目を丸くして、まるで魔法でも見たみたいな顔しとる。ほんのり頬が紅潮しとるんは、驚きのせいか、それとも――。
「なんや? ワイの能力は知っとるやろ?」
「いや、そんな能力は知らないよ」
ケイナは戸惑ったように瞬きを繰り返し、ワイを見上げてきた。彼女の大きな瞳が、不思議そうに揺れとる。その仕草が妙に可愛らしくて、ちょっとだけ得意げな気分になった。
「あ、そうか。あのときのケイナは衰弱しとったからか。最初にケイナを元気にさせたんは、この【看護】の力やで」
ワイがそう言うと、ケイナの視線が自分の膝へと落ちる。傷があったはずの場所をそっと指先でなぞり、まじまじと確かめるように肌を撫でた。その指の動きは慎重で、どこか信じられへんという迷いを含んどる。
「はえー……。すっごい」
ぽかんと口を開けたまま、ケイナはワイの顔を見たり、治った膝を見たりを繰り返す。ほんまに驚いとるんやな。彼女の目には、まるで魔法みたいに映っとるんやろう。まあ、実際ワイの【ンゴ】スキルは、そこらの魔法とは比べもんにならへんレベルやけどな。
「本当に……治っちゃった」
「ワイにかかれば、このくらい朝飯前やで」
得意げに胸を張るワイを見て、ケイナはまだ半信半疑といった顔をしとる。そりゃそうやろな。普通は傷が塞がるのに時間がかかるし、痛みだってしばらく残るもんや。それが一瞬でツルツルの肌に戻っとるんやから、信じられへんのも無理ないわ。
ワイの【ンゴ】スキルは、果樹園の防壁を築くのも、作物を育てるのも、こうして傷を癒すのもできる。便利すぎて自分でもたまにビビるけど、まあ困ることはない。
ケイナは、まだ信じられへんというように膝にそっと手を当てて撫でる。そして、次の瞬間、ふっと小さく笑うた。その笑顔は、春の陽だまりみたいに柔らかくて、見とるだけでワイの胸の奥がじんわりと温もる。なんや、不思議な気持ちやな。誇らしいような、くすぐったいような、でも決して悪くない感覚や。
風が穏やかに吹き抜け、果樹園の葉がそよそよと揺れとる。遠くで鳥のさえずりが聞こえ、どこかの畑では農作業の音が響いとる。ワイらの世界は、今のところは穏やかそのものや。
さ、今日はもうちょっとゆっくりしよか。