テラーノベル
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足を止めたランナは金縛りにでもあったかのように暗闇の廊下の真ん中で立ち尽くしている。
その金色の目線の先には、壁に背をつけて立ち視線を突き刺してくる漆黒の男。ラフな黒いシャツのボタンはいくつか外れていて喉元と鎖骨の肌が露出している。
彼の黒い前髪は乱れて水気を含んでいる。湯上がりか、激しい運動後の汗にも見える。男性なのに今のヨルは『妖艶』という言葉が相応しい。
ヨルは壁から離れると、素早い手つきでランナの片腕を掴んで強く引き寄せる。
「あっ……!?」
ランナの体はバランスを崩すが、倒れる前に背中は窓側の壁に押し付けられていた。ヨルはランナの体を挟む形で両手を壁について逃げ道を塞ぐ。
鼻先が触れそうなほどの至近距離で、漆黒のヨルは金色のランナを見定めるようにして視線を移動させる。
「なるほど、ヒルが選びそうな女だな。……だが」
ヨルは片腕を壁から離すと、その手でランナの顎を掴んで固定する。ここでようやくランナの意識が働いて心と体が動きだす。
しかしヨルの腕の力は強くて、両手で掴んで押し返そうとしても全く動かす事ができない。そしてヨルは瞳を交わすように唇を交えようと近付く。
「貴様は必ずオレを選ぶ」
唇が触れる直前に囁かれたその言葉の意味が分からない。純粋に口説き文句だとしたら、ランナはヒルの呪いにかかっていないと見透かされている。
危機的状況ではあるが、こんな時でも聖女の能力が無意識に働く。ヨルの腕を掴んだランナの両手から伝わり、脳内に流れてくる情報で一瞬だけ意識が飛ばされる。
それはヨルの生気の色と性質の情報だが、混沌とした複数の色が混ざりあい暗雲のように不気味に蠢いている。
(ヒルくんの生気の色とは全く違う……!)
ヒルとヨルは同じ体なのに、人格が変わると生気も変わる。まるで別の生命体のように。複数の色が重なる様はヒルと同じだが、ヨルの色の方は黒味が強く禍々しい。
(この人はヒルくんじゃない!)
意識が現実に戻ったランナは確信する。同時に顔を背けてヨルの口付けと呪縛から逃れようとする意思を見せる。
「やっ!! やめて……!!」
「貴様はオレに会いにきたのだろう?」
「ちがう、夜這いみたいに言わないでよ! 私はポーラ姉さんに会いたいの!!」
気付けば無意識に声を振り絞って大声を上げていた。ここまで必死に抵抗している自分自身に驚いてしまう。
それはヒルの妃だからとか浮気になるとか、そういう理屈の通った感情とは何かが違う。
そもそもランナはすでにヒルとキスをしている。同一人物で同体だが、別人格とキスをする事は『体の浮気』なのだろうか……そんな背徳的な疑問も生まれる。
ただ、『オレだけを愛せ』と真っ直ぐに告げた、あの時のヒルの瞳と言葉がランナを突き動かした。
「ふっ……いいだろう」
ヨルは僅かに口角を上げるとランナから離れた。解放されたランナはそのまま逃げ帰ろうかとも考えたが、なぜか背中を向けたヨルから目が離せない。
その漆黒の背中は、壁側の反対側に位置する扉の前で止まった。薄暗くてよく見えないが、その扉の繊細で優美な装飾は芸術品のようで目を見張る。
「ここがオレの部屋だ。ポーラに会うといい」
ヨルは少しだけ扉を開けると中には入らずに横に移動してランナに道を開ける。恐怖よりも何よりもポーラの様子が心配なランナはゆっくりと扉の中へと入る。
廊下以上に薄暗い室内は、数カ所の壁に掛けられたランプのみで照らされている。不気味というよりは怪しい雰囲気であった。
間取りはヒルの部屋と同じ。リビングにはポーラの姿がないので、奥の寝室へと進む。部屋の中央にはキングサイズのベッド、その上に横たわる毛布の膨らみが見えた。
「姉さん、起きてる……?」
ランナはベッドに近付きながら小声で呼びかけてみる。返事の代わりに毛布が動き出したのでポーラは起きている事が分かった。
その毛布の中から這い出るようにしてポーラが顔を出して起き上がる。捲り上げられた毛布はポーラの両肩に引っかかると滑り落ちていく。
「姉さ……」
ランナの瞳がポーラの全身を映した瞬間に言葉が途切れる。薄暗い闇の中、ランプの光を受けて浮かび上がるのはポーラの全身の肌の色。
ポーラは服を纏っていない。艶やかに濡れた長い黒髪は乱れて頬に張り付いている。光の宿らない闇色の瞳は虚ろでランナを映してはいない。
「あ、あ……」
眠狂四郎
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こはる
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ランナは恐ろしいものを見たかのように声と呼吸を詰まらせながら数歩後ろへと下がる。
そういう行為の経験がないランナでも分かる。姉の変わり果てた姿を見て、これがどういう状況なのかを嫌でも理解してしまう。
ヨルの濡れた前髪を思い出したランナは、思わず両手で自分の口を覆って荒い呼吸を飲み込む。
コメント
1件
うわっ、第7話で一気に空気変わったな…!ヒルくんと同一人物なのに“別人格”って設定がもう効いてて、ヨルの妖艶さと圧がすごい。ランナが「この人はヒルくんじゃない!」って確信するシーン、めっちゃゾクっとした。そしてポーラ姉さんの姿…これはキツい。想像以上に生々しくて、ランナのショックが伝わってきたわ。続きが気になりすぎる🔥