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#カンヒュ
かずのこ🎨💤
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後編(完結)
◇政治的意図はございません
追わないと,アメリカ君を。
「スタッフさん!」
日本は息を切らしながら,スタッフのドイツに駆け寄った。
「どうされましたか,お客様」
ドイツはその様子に少々驚きつつも,返答した。
「あの…背が高くて,黒色のパーカーを着た子を見ませんでしたか!?」
日本は,アメリカが本当に出ていったのかを確かめるため,ドイツに尋ねた。正直,細かな風貌までは覚えていなかったため,これだけの情報では確かめられないかもしれないと不安になる。
ドイツは数秒うつむき,口を開いた。
「もしかして,昨日の夜チェックインされた,お連れの子供でしょうか?それでしたら,数時間前にそちらのメインドアから出ていかれましたよ」
「そうですか…ありがとうございます!」
アメリカは,確かに出ていったのだ。
日本は礼を述べたが,内心とても焦っていた。何故なら,ドイツが,「数時間前に出ていった」と言ったからだ。
時刻は8時。一体何時にホテルを出たんだろう。数時間前と言っても,10時間近くも前かもしれないし,はたまたつい1,2時間前かもしれない。
おおよそ,アメリカは電車を使って帰るつもりだろう。と言うか,子供の財力じゃそれが限界だ。…ここから駅まではかなり距離がある。仮に歩いて行ったとしたら,何時間かかることだろう?大分前に出ていったなら,もしかしたら駅に辿り着いているかもしれないが…
(駅の周りは繁華街だから…この時間だと危ない!)
日本はホテルを飛び出した。
街中の人混みを掻き分け,雑踏の間を縫い,ひたすら走る,走る。しかしすぐに息が薄くなり,だんだんと足元が不安定になっていく。
(今更走ってもきっと間に合わない…)
日本は何らかの交通手段を使おうと考えた。電車で行きたかったが,先程も言った通り,最寄りの駅までかなりの距離がある。
「あぁもう…会社の馬鹿!どうしてこんなに駅から離れたホテルを予約したんですか!」
日本は会社を毒づいたが,今はそんなことを言っても仕方がない。タクシーを停めて貰い,急ぎ駅まで向かうことにした。
タクシーの運転手は,バッグも持たずスーツに身を包み,息を切らした日本を見て怪訝そうな顔をした。普段ならその視線が痛くて逃げ出してしまうが,今はそんなものを気にしている暇はない。日本は行き先を伝え,シートに腰掛けた。車窓から空が見える。先程よりも深い色になった夜空。街中だからだろう,星は見えなかった。
日本はふと時刻を確認する。
(8時30分…)
段々,夜の色が濃くなる時間。
アメリカ君は無事だろうか。駅までちゃんと着いただろうか。お金は持っているだろうか。様々な不安が,日本の中で湧き上がる。
一刻でも早く駅に着いてくれ,と日本は願った。想像よりもずっと柔らかったシートが,ずるりと沈み込んだ。
「ありがとうございました」
駅を目の前にした,少し薄暗い小道。日本はそこで下ろして貰い,運転手に軽く感謝の言葉を述べた。
夜道には気を付けてくださいね,と返答があり,日本は曖昧に返事をした。
果たして,この夜の中で,アメリカを見付けることはできるのだろうか。
ガードレールと駅の明かりを頼りにして進むと,少し建物の建っている場所に出た。もう少し向こうに行けば,繁華街だろう。
もうしばらく歩くと,駅の入り口まで辿り着いた。やっとここまで来たと思い,日本は入り口に向かおうとした。けれど,足が動かなかった。
___追いかける必要なんて,無いんじゃないのか。
だって,アメリカ君は家に帰るつもりでホテルを出たんだから。大して知らない人が追いかけて来たって,迷惑でしか無いだかもしれない。…いや,迷惑どころか,恐怖かもしれない。
大体,自分は本当の保護者じゃ無い。一時的なものだった。だったら,追いかけなくたっていいじゃないか。彼を引き留める権利なんて…僕には無いんだから。
日本は少しずつ後退りした。
このまま引き返してしまおう。その方が良い。
冷たい思考が日本の中を駆け巡る。まるで,拾った子猫を見殺しにしたような気分だった。
暗がりの中に再び足を踏み入れる。どうしようもない虚無感が,足元の影となって浮き上がってくるような気がした。駅から遠ざかる程に,その影は周りの暗がりに呑み込まれていく。
…また,足が動かなくなった。
日本は駅の入り口の方を振り返った。こちらとは違って,馬鹿みたいに明るかい。その明かりに向かって,一歩踏み出してみる。
驚く程すっと足は出た。
次の一歩も,また次の一歩も。
日本は,そのまま入り口に戻ってきた。今度は足が止まることなく,入り口をくぐることができた。
…怖がられるかもしれない。
日本はアメリカのことを考えた。本当は,心配で仕方なかった。けど,考え無しに手を差しのべていいのか分からなかった。放っておいたら,何か危ないことに巻き込まれてしまいそうなのに。
…拾った子猫は最後まで世話をしてやらなくては。昨日,世話してやると決めたのは,他でもない自分自身だ。だったら,行くしかない。
日本は覚悟を決めて,歩き出した。
この先にアメリカ君が居るかは分からない。そもそも,駅に向かったかもしれない,というのも,完全に僕の憶測だ。…でも,放っておいても何も変わらない。
その先にアメリカが居ることを願って,日本は歩き続けた。
白熱灯が点滅する。
白いタイルと無機質な鉄のホーム。
くすんだ青色のベンチが,真ん中にいくつか設置されていた。
そこに,アメリカは居た。
ベンチの隅に,パーカーを着た少年が座り込んでいる。
「アメリカ君」
声をかけてみるも,返答はない。代わりに,静にこちらに顔を向けた。
「…ごめんなさい,こんなとこまで追いかけてきて」
日本はアメリカの顔色を伺った。どんな顔をしているかと思ったが,さして表情は変わらない。その様子を見て,日本は戸惑った。
「…お金は持ってますか?」
手持ちがないなら,交通費を渡すつもりでそう言った。
「…ごめんなさい,何も言わずに出ていって…お金,ちゃんと返します…」
日本は目を見開いた。金を払えと言う訳じゃないのに。
「いいえ,お金を払って欲しい訳じゃ無いんですよ。」
「…じゃあ,何でですか」
「…交通費が足りないんじゃないかと思いまして」
「…多分,足りると思います」
足りると思います。心もとない言葉だったが,それ以上何も言えなかった。
「…そうですか。ごめんなさい,無駄なお節介だったみたいですね」
結局,無駄足だった訳だ。ホテルに戻ろうかとも考えたが,もう少しアメリカと共に居ることにした。
「…もうすぐ,電車が来ますよ」
アメリカは何も言わず頷いた。先程から口数が少ない。
「…アメリカ君?」
大丈夫ですか____
思わず溢しそうになった無責任な言葉を,日本は飲み込んだ。まるで鉛でも飲み込んだように息が苦しくなり,ひゅ,と薄い呼吸が漏れた。
(…何てことを言おうとしたんだ,僕は)
大丈夫,とは明らかに大丈夫ではない相手に向かって,その言葉を発した自身を安心させるための言葉だ。今ここで彼にそんな言葉を掛けた所で,何の意味も無い。
…しかし黙っているのもどうだろう。日本はアメリカを傷付けないように,少しでも不安を拭ってやれるようにと言葉を選んだ。
「…アメリカ君,家に帰るのは怖いですか」
アメリカはびくりと顔を上げ,返答に困ったとでも言うように,視線を右へ左へと泳がせた。
「…怖いですよね。やっとの思いで逃げ出してきたのに,また帰らなくちゃいけないなんて」
泳ぐ視線を日本へと向ける。
「逃げるのは悪いことじゃないんですよ。例えそれで怒られたって,立派な行動に違いありません。」
スカイブルーの瞳が,じっと日本を見つめる…
張り詰めていた糸が切れたかのように,その目から涙が溢れだした。
浅い呼吸がホームに響き,日本は胸が締め付けられるような思いになった。
「…家に,親がいて」
アメリカはぽつりぽつりと話し始めた。
「でも,弟もいて」
「機嫌が悪いとあの人達はすぐ怒るから,守ってやらないといけなくて……」
押し殺したような声。
「でも,でも…!それって俺は何も楽しくないし,辛いだけで…!なんか,なんか,頭がおかしくなりそうで,怖くて…」
「辛くないならどこでもいいやって思って,逃げてきちゃって」
「でも,帰らないと…帰らないと…」
しだいに声が小さくなり,嗚咽が聞こえ始める。
日本は,自分も泣き出したいような気分になった。
…ああ,この子を見ているのは辛い。この子はまるで,自分のようだ。
かつて父に怒鳴られ,殴られ,怯え,敷かれたレールから一歩でもはみ出すことを許されなかった生活。
蓋をしていた筈の記憶が,鮮明に思い出される。
「…アメリカ君」
自分よりも大きな背中なのに,酷く小さく思えた。かつて怯えていた自分の姿が,その背中にぴたりと重なる。
抱き締めてやりたいと思って手を伸ばしたが,あと少しの所で躊躇ってしまう。
せめてもの思いで,彼の背中をさすった。抱き締めてやることができなくても,少しでも…少しでも大丈夫だと思えるように。
ひとりぼっちで,頼る人が居なくて,どうしたらいいか分からない。
もしも誰かが大丈夫だよと言って抱き締めてくれたなら,どれほど救われたことだろう。
「ごめんなさい,凄く無責任なことを言うけど,きっと大丈夫ですよ。今日を生きるか死ぬかで精一杯なのに,こんなことを言われても困るかもしれないけど,本当に大丈夫なんです。きっと,なるようになるんですよ…」
鼻の奥がつんとする。目頭が熱い。
「大丈夫です。絶対大丈夫。逃げてもいいですよ,縋ってもいいです。縋る相手が居ないなら,僕にだって」
とうとう日本の目からも涙が溢れだす。それを隠すように,思い切ってアメリカを抱き締めた。
アメリカは大きく目を見開いた。身体が強張ったが,日本の体温に段々緊張が溶けていく。
2人ぶんの体温。
まだまだ不器用な子供と,きっとこれからも不器用な大人。
抱き締めると,この世界にひとりぼっちではないような気がした。
まもなく電車がやってくる。
薄暗いホームにまばゆい光がさして,目も開けていられない。
抱き締めた腕の力が弱まって,離れていく…。
少し寒気がして,電車の扉が開く。
離れていく手のひらに,一万円札を握らせた。
元気でいてね。きっと大丈夫だよ,そんな思いを込めて。
ああ,扉が閉まる!電車が行ってしまう!
ホームが再び暗くなる____
よろよろとエントランスに入ってきた日本を見て,ドイツは驚いた。
スーツはグシャグシャ,ネクタイはほどけて,おまけに目は真っ赤に泣き腫らしている。
一体何があったのかと尋ねたかったが,スタッフとして客のプライベートには踏み込めなかった。
「あの…スタッフさん,さっきはありがとうございました」
カウンターに近付いて来た日本は,アメリカのことについて礼を述べた。
「…いえいえ,お客様のお役に立てたなら良かったです」
やはり元気の無さそうなその姿を見て,不安になる。連れの子供との間に何かあったのだろうか…。
「ああ,そうだ,連れの子なんですけど…」
「はい,昨日追加でチェックインされた方ですね。どうされましたか?」
「…もう必要無いので,チェックアウト…を…」
言いかけて,日本は黙った。
「…いえ,何でもありません。そのままで大丈夫です」
「…かしこまりました。」
その後日本は部屋へと戻った様子だった。不思議なのが,日本がチェックアウトするまでの間,連れの子供は姿を現さなかったのに,その子の分をずっとチェックアウトしなかったことだ。ホテルに泊まることが無いなら,チェックアウトした方が財布にも優しいだろうに。
一体日本は何を思って,最後までチェックインをしたままにしたのだろう。戻ってくるかもしれないと思ったのか,それとも……………
「あ~…疲れた!」
詰め込み過ぎな2泊3日の出張は,こうして幕を閉じた。
コメント
2件
わぁぁついに完結ですか…!!絵柄が好みすぎて見てましたが、予想以上に好きでした!!アメリカ君も日本さんも同じようなこと経験したのがなんだかとっても素敵っていうか…! 完結おめでとうございます!! 他の作品もちまちまですけど読ませていただきます!!
読み終えました、綿雲さん。第3話、完結お疲れ様でした。 日本がアメリカを追いかける決断をするシーン、特に「拾った子猫は最後まで世話を」という内省の流れにぐっときました。駅のホームで抱きしめる場面、自分も泣きそうになりました。お互い不器用だけど、その体温が「ひとりぼっちじゃない」と思わせてくれるラスト、とても好きです。