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紅
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#糸師凛
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日常を過ごす、という言い方が正しいのかどうかはわからないが、問題なく日々の講義に出て、課題をこなし、そしてまた今週の大泉ゼミの日がやってくる。
まるで当たり前のように四人で昼食に集まり、またどやどやと話し始める。
「そういえば本条君と結城君が自主学習でやっていた、魔石くずのエネルギー消費反応の連鎖に関する話なのだけれどね」
そういえば先週は大泉先生は探索者講習に出るため朝日奈と二人でデートをしつつ、ほっぽらかされた俺と彩花で実験をやっていたんだったな。土日がなかなか濃ゆかったおかげですっかり忘れていた。
「何か問題があったとかですか。それとも、すでに実験を行っていてもうわかっていることだったとか。それだったら二度手間しただけで何もしなかったことになりますね」
「いや、むしろ逆だ。君らのおかげで確かに私のほうでも実験を怠っていたことを確認した。塊の中で何かしらの反応を起こせば伝播していくものだと勝手に思い込んでいたようだ。これは私にしては珍しい失敗だな。おかげで大事なことに気づけたよ。それで、一回魔石くずに点火した後は、ほかの魔石くずに延焼させることができる、という結論でいいのかな? 」
「あの一回の実験でのケースが正しいというならば、それは間違いないと思います。ただ、複数回こなしてみると点火に失敗するパターンは出てくるでしょうから、それをどうするか、という問題が残ります。そして結局、点火者が必要という一番の課題についてはまだ見当がついていない。この件に関してはどうするかを悩むべきでしょうね。資格化して、エネルギーボルトだけを覚える許可が下りるような形で、新しく電力業界から探索者業界へと橋渡しができるようにするべきだとは思います」
「なるほどね。いわゆる危険物乙四類みたいに、持っているだけで時給が上がるような仕組みにするのが最も効率的だと言うわけだね。その場合、危険性と人に向けて打っちゃだめだよ的な補講を行ったうえで、エネルギーボルトのレベル1だけを覚えてもらう、ということにするか、探索者講習を受けてもらって正式に探索者として活動もできるけど、メインの仕事は発電所で点火のお仕事、というふうになるかな」
発電炉に火を入れるだけの仕事……それだけ聞くと職人技みたいに聞こえるから不思議だな。実際はスキルを一発撃って、着火した魔石を発電炉に放り込むだけ……焼き芋を作る種火を作るようなお仕事だが、それでも黙ってればかっこいい分だけお得か。子供に自慢できるかもしれないな、お父さんは発電所になくてはならない人なんだぞーと言える分にはいいことなのだろう。
「よって、今日は私はちょっとギルドまでエネルギーボルトを買い付けに行こうと思う。せっかく手に入れた探索者証でもあるし、使わないのはもったいない。それに、自分で着火を試してみたいという欲求が湧き出した。研究者たるもの、湧き出す欲求に耐えられるようではいかんからな」
「そこは耐えきるところじゃないんですね」
一応突っ込みを入れておく。
「もちろんだとも。ナニコレなぜなぜを解き明かしていくのが我々の仕事だ。そこで探求心や疑問、不可思議に納得してしまうようでは研究者たる資格がない。調べて実情が分かるならそれでも結構だが、実地体験、一に触れて十を知るようなことも時には必要だ。そのためには、とどまってなどいられんのだよ。たしか本条君と結城君は自分で取ってきて覚えてるんだったな。だったら自力で取りに行くという選択肢もできるし、そのためだけに一時限つぶして……いや、そもそもどこでエネルギーボルトって手に入るんだ? そこからまず調べないといけないな」
「では、説明します。エネルギーボルトは六層に出現する通称雷スケルトンという、雷撃魔法を打ち込んでくるモンスターからそこそこ高めの確率でドロップするスキルです。一日潜れば一枚出るだろう、という程度の割合になりますが、さすがに授業つぶしていっちょいってくっか、というわけにはいかないと思います」
「それ、大人のお金の力で何とかなるかい? 」
控えめに金で買収しようとしているのは、こういう需要もあってのエネルギーボルトの価格なのだな、というのを十全に語っていた。確かに、打てるだけでも牽制になるからな。その一発の威力は手慣れた探索者なら大きな隙づくりやチャンスになるだろう。
「これはまじめな実際のお話ですが、エネルギーボルト、結構お高いですよ。それこそ魔石くずがかすんで見えるぐらいには」
「ちなみにいくらなんだい? 」
真顔で聞くので、耳そばに口を寄せると、そのまま素直に金額を伝える。金額を聞くと、びくっとした後、そのまま真顔で俺の顔を見て、そしてたずねてくる。
「……マジで? 」
「マジで。ちなみに俺たちの分は複数枚入手してますが、自分で拾ってきたのでお値段はタダです」
「毎日一枚それが手に入るなら、ほかのドロップ品も含めて探索者が流行るわけだなあ。ふむ……一枚ならポケットマネーで何とかなるかな? 」
俺たちもぶっちゃけポケットマネーで何とかなる範囲ではあるが、出物がなかったら……という可能性もあるからな。こういう時のために一枚だけエネルギーボルトを残しておいて、こんなこともあろうかと、一枚誰でも覚えるように用意しておきました。と素直に出せるようにしてあるので、あとはゼミの方針としてどうしていくか、だな。
正直自力で取りに行ってほしいとか、そういうのは二の次だろう、個人的には教師として、先達として、そして研究者として、どのような選択肢でそれを可能にするか、という部分についてどのような見解を持ち合わせているのか。そこをどうクリアしていくのか、というのが一つの楽しみだ。
「……よし、今回は実験と私の好奇心とは別物、ということにしておこう。覚えるなら実績ができて発電所が立って、火入れ式の時までに覚えておけばいいんだ、そのぐらいの時間があれば、毎日コーヒーを一本分ずつ我慢して、いつか自腹で買うことになってもいいようにしておくことにする。決して財布の中身に穴が開いてるとかじゃないからな。ただ、まだ魔石の残留エネルギー計測キットを買ったローンが残っているからとか、そういうわけじゃないからな」
「あれ、自腹だったんですか。てっきり研究室の予算から出ているものかと」
意外だった。あんなお高いものを自腹で買うほど研究熱心とは。
「逆にだよ、高すぎて申請が下りなかったから、ローンを組んで自分で買ったのさ。いずれ経費として支出させてもらえるよう確認は取ったが、成果を出せばそれは叶うらしいからねえ。だから今のところは私の私費で出しているということにして、後日これがあったから正確に魔石エネルギー残量を計測できました。だから大学側で支払ってください、で話はつけてある。あとは実績を出せばいいだけだ」
潔い買い物するなあ。もし失敗したら……というのはあまり考えないらしい。
「失敗したらどうするんだ? と顔に書いてあるぞ、本条君。しかし、失敗しても次で成功できればかなりの確率で分のいい賭けになる。そのほうが盛り上がるってもんじゃないかね。我々は常に薄氷の上を歩んでいるのだよ。このスリルも慣れるとたまらないものになってくるんだよ」
マッドなことを言っているが、別に行き当たりばったりでそれを言っているわけではないようだ。うまくいかなくても他の仮説を立てたりより正確な情報を導き出すことができるなら、そのほうがいいというところだろうか。
「前の大学の時は、一千万のエネルギー還流装置を自腹にできるかどうかで事務方と争った経験もある。それに比べれば安いもんだが、今回の場合は私自身が身に付ける、という形になるのだろうから経費で落とすのはかなり難しいところではあるだろうね。だからこそ、事前に知れてよかった、というところだ。さて、どうするべきかな」
「今から一日かけて潜るわけにもいきませんしね。結城さんは門限もありますし、ゼミ生とはいえまだ一年ですから、一年のうちから新人をボロクソにこき使ってゼミ生を消耗品だと考えているんじゃないか……なんて噂が立つかもしれませんし、それは僕個人としてはうれしさでいっぱいですが、そのほかの二人は……正直二人についていくよりは二人だけで活動したほうが素早く確実に行動できるとは思います。かといって、その二人にばかり負担がかかるのも悪いですし、近日中に手に入れる必要がない、というところから考えても、まあ、今日のところは別の何かをしておくのが安全だとは思います」
朝日奈が折衷案を提示して、今日のところで一日二日で拾いに行く必要もないので今日の講義で時間を使って潜っていくのはあまり適切ではない、ということを説明してくれている。
「そうだねえ。じゃあ今日の講義は座学を前倒しで学習していくことにするか。ダンジョンに潜るにしても、私の装備がないし私のようなへっぴり腰でも倒せるモンスターがいるとは限らないからね。いや、むしろできないな。そこには自信がある」
「まあ、探索者の向き不向きはありますからね。明らかに大泉先生が探索者向きではないことはわかります。そのあたりはいずれ手に入れるということで、今のところは先に進めるのは英断だと思います」
ただ、実際にどんな座学が施されるのかはよくわからない。ゼミの内容は時々大泉先生の気分で講義の内容が変わったりもするからだ。今回の場合はエネルギーボルトを取りに行くための時間的、そして実力的見積もりが甘かったせいなので、大泉先生を責めることはできないだろう。
これは実際に探索の知識として持っていなければ、見積もりを取ることもできないだろうしそこを責めるつもりはない。
「さて、ではちょっと時間がかかるが、座学を進める準備をするので私は早めに失礼するよ」
そういうと、よくその小さいお腹に入るな……という量の食事を素早く食べ終えると、食器を返してそのままゼミの方向へ動いていった。今日の講義はそれはそれとして、エネルギーボルトをそのまま渡すことも今はパワハラになるらしいし、どういうルートで渡せるようになるか、というのは気になるところだな。
コメント
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第261話、読了しました。昼食の雑談から魔石くずのエネルギー反応連鎖実験の話が広がって、大泉先生の「好奇心に耐えられては研究者失格」というスタンスがすごく印象的でした。自腹で装備買ってローン組むとか、マッドだけど潔いなあ。エネルギーボルトの価格相場や発電所への応用構想など、世界観の細かい設計が会話の節々に滲んでて、設定好きとしてはたまらない回でした。朝日奈が折衷案を出したあたり、ゼミのチームワークもじわじわ育ってる感じがいいですね。