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チェルニーさんに連れられて庭に出ると、小さな子供たちが楽しそうに遊んでいた。


「みんな、おいで! ここにいるラウラお姉さんが一緒に遊んでくれるぞー」


チェルニーさんが呼びかけると、子供たちがきゃっきゃと声を上げながら駆け寄ってきた。


「ラウラお姉ちゃん、一緒に遊ぶの楽しみにしてたんだよ!」

「あたし、お姉ちゃんに花冠つくってあげるー」

「ねえねえ、お手てつなご?」


私はいつのまにか天国に迷い込んでしまったのだろうか?

私の周りをぴょんぴょんと元気に飛び跳ねる天使たちが可愛すぎるのですが。


すっかりメロメロになった私は、満面の笑顔で子供たちに返事をする。


「私もすっごく楽しみにしてたんだよ! 花冠つくってもらえるの嬉しいな。お手てつないで一緒に行こうね!」


そうして男の子と女の子の天使が私の手を引いて、お花がたくさん咲いている場所に連れていってくれた。


そこに座って一緒にお花を摘んで、作った花冠や指輪をプレゼントし合う。


(なんて心癒されるひと時なの……)


うっかり本来の目的を忘れそうになってしまうところだったが、私は天使たちとの至福の時間を楽しみながらも、ちゃんと一人一人の状態チェックを怠らなかった。


みんな表情が生き生きとしているし、不審なアザや傷などもない。血色がよくて元気いっぱいだ。


(よかった、少なくとも子供たちに問題はなさそうね)


経営のほうがどうかは分からないけれど、とりあえず子供たちが理不尽な目に遭っているようなことはなさそうなので安心だ。


近くで私たちの様子を見守っていたイザーク王子に「大丈夫そうです」と目配せする。

すると、一人の男の子がイザーク王子のもとへと駆け寄っていった。


「お兄ちゃん、これあげる! 美味しいんだよ!」


どうやら男の子はプルムの花を持っていったらしい。

蜜が甘くて美味しいのだけれど、イザーク王子は困惑している。


「美味しい……? 食べる花なのか……?」


王子様だから、きっと今まで花の蜜なんて吸ったこともないのだろう。

私はクスッと笑って、プルムの花を片手にイザーク王子に教えてあげに行く。


「これはプルムという花で、蜜がとっても甘いんですよ」

「ああ、蜜が美味いのか……」

「蜜の吸い方は分かりますか?」

「いや、どうすればいいんだ?」


さっき書類を読んでいたときはあんなに賢そうだったのに、花の蜜の吸い方は分からないのかと思うと、なんだか可愛らしい。


私は少し得意げにプルムの花を掲げて、蜜の吸い方を説明する。


「ここの付け根を口に入れて、こうやって吸うんですよ」


分かりやすいように目の前で実演してあげる。


(うん、甘くて美味しい)


イザーク王子も気に入ってくれるといいなと思って目をやると、王子はなぜか花を持ったまま硬直していた。


どうしたのだろうか。一度だけの説明ではよく分からなかったのだろうか。

私は念のため、もう一度実演してみる。


「えっと、もう一度よく見ていてくださいね。こうですよ、こう」


口元がよく見えるように近づくと、イザーク王子は弾かれたように後ろに下がった。


「わ、分かったからもういい! それ以上は……!」


なぜだろう、ものすごく赤面している。

もしかしたら、同じことを二度も説明されるのは王子として恥ずかしいことだったのかもしれない。


「うん、美味い、甘い!」


イザーク王子はプルムの花の蜜を猛烈な勢いで吸った後、くるりと背中を向けてしまった。

何やら「柔らか……」だとか「俺は何を……」だとか、ぶつぶつ言いながら頭を抱えているけれど、それほどのショックを与えてしまったのだろうか。申し訳ない。


とりあえずイザーク王子に花の蜜を吸ってもらえたことだしと、子供たちのところへ戻ろうとしたとき、「うえーん!」という泣き声が聞こえてきた。


「どうしたの!?」

「あっ、エミルが転んじゃって……」

「まあ、血が出てるわね……」


どうやらエミルが走って転んで怪我をしてしまって泣いているようだった。


「うう……痛いよぅ……」

「大丈夫よ、お姉ちゃんが手当てしてあげるからね」


イザーク王子にエミルを抱っこしてもらい、室内に戻る。

私はチェルニーさんから救急箱を受け取って、手早くエミルの怪我の手当てを行った。

傷口を洗って消毒し、包帯を巻いてあげたので、きっとすぐに治るだろう。

最後にエミルの小さな足に手を当てて、おまじないをかけてあげる。


「エミルの怪我が早く治りますように……」


するとエミルは愛らしい顔でにっこりと笑って、私に抱きついてきた。


「ありがとう! お姉ちゃんが手当てしてくれたから、もう痛くなくなったよ!」

「ふふっ、それならよかったわ」


さすがにこんなに早く傷は治らないけれど、エミルの気持ちを和らげてあげられたならよかった。おまじないのおかげかもしれない。


元気になったエミルが他の子供たちのところへ戻っていくと、チェルニーさんが深々と頭を下げた。


「ラウラさん、エミルに手当てをしてくださって、ありがとうございました」

「いえ、そんな。大したことはしていません」


本当に、そんなに丁寧に頭を下げられるようなことはしていない。

恐縮してぶんぶんと両手を振ると、チェルニーさんは柔らかな笑みを浮かべ、真摯な眼差しで私を見つめた。


「……あなたのように心優しく、素晴らしい女性が手伝ってくれたら、とても助かるでしょうね。子供たちも懐いていましたし、私もあなたがいてくれたらもっと頑張れそうです。どうでしょう、私と一緒にこの孤児院の運営に携わっていただけませんか?」


突然の勧誘スカウトに私は驚いて固まってしまう。

こんな展開、デニスさんからもらったシナリオには書いてなかった。


何て返事をすれば……と戸惑っていると、隣にいたイザーク王子が鋭く言い放った。


「残念だが、彼女は渡せない。口説くのはやめてもらおうか」


(ちょっ、語弊……! 口調も元に戻っちゃってるし……)


チェルニーさんもイザーク王子の物言いに驚いたようだったけれど、すぐに申し訳なさそうに謝ってくれた。


「いえ、こちらこそラウラさんのご都合もあるのに、申し訳ありませんでした。ラウラさんがいれば、きっと子供たちも喜ぶと思ったものですから……。あなたなら、きっとどこでもやっていけますよ。頑張ってください」

「は、はい! こちらこそ、とてもいい経験になりました。ありがとうございました!」


そうしてちょうど見学終了の時間になり、私とイザーク王子はチェルニーさんと子供たちに別れを告げて帰路についた。


「いい孤児院でしたね。子供たちも楽しそうにしていて安心しました」


馬車の中で今日の感想を伝えれば、イザーク王子はどことなく不機嫌そうに呟いた。


「ああ、オーナー以外はな」

「ええっ、チェルニーさんは親切でいい人だったと思いますけど」

「……お前を変な目で見ていた」

「そんなことないと思いますけど……」


たしかに、いきなり孤児院運営に誘われて驚いたけれど、それは子供たちのためであって、下心があったわけではないはずだ。


でも、イザーク王子は《魅了》のせいで疑り深くなっているのか譲らない。


「いや、あれは絶対そうだ。……お前はもっと自分がそういう目で見られてもおかしくないと自覚したほうがいい」

「ええ……?」


ありがたい評価だけれど、《魅了》されているイザーク王子の評価だから絶対フィルターがかかっていると思う。


しまいには、「あの孤児院への支援は減らしてもいいか……」なんて言い出すものだから、私は慌てて注意した。


「だ、ダメですよ! ちゃんと必要な支援をしてあげてください! 私は、国中の子供たちが笑顔で安心して暮らせるようになってほしいんです」

「……お前がそう言うなら」

「ありがとうございます」


思い直してもらえたようで安心だ。

それにしても、今日は少し疲れたなと思って小さく溜め息をつくと、イザーク王子がじっと私を見つめた。


「……今日は助かった。さっきはオーナーを悪く言ってしまったが、俺もお前が孤児院で働いたらみんなが幸せになれると思う」

「えっ……?」

「だが、たとえそうでも、俺はお前を手放さないが」


イザーク王子の言葉に、思わずドキッとしてしまう。


(び、ビックリした……。でもこれは、まだ前金の返済が終わってないし、魅了魔法も解いていないから逃がさないって言っているだけのはず……)


そう分かっているのに、イザーク王子があまりにもストレートに言うものだから動揺してしまった。


「わ、私もいろいろ解決するまではイザーク王子から離れませんから、安心してください」


変に高鳴る胸を押さえながらそう答えれば、イザーク王子は「……そうか」と一言返事して、そのまま横を向いて黙りこくってしまった。


私も、イザーク王子が向いているのとは反対側を向きながら、必死に窓の外の景色に意識を向ける。


動悸よ、早くおさまれと念じながら、空を飛んでいる鳥の数を無意味に数えるのだった。



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