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第二話 四人目のフレーム
―後編―
屋上に吹く風は、教室より少しだけ冷たかった。
春の匂いを運びながら、
四人の制服の裾を優しく揺らしていく。
「ここ、最高じゃん!」
美桜はフェンスの近くまで駆け寄り、
大きく両手を広げた。
「見て見て! 街が全部見える!」
「落ちるなよー。」
蓮が笑いながら声をかける。
「落ちないもん!」
「そういう人が一番危ないんだって。」
「もう、蓮くんって心配性。」
「いや、普通に心配するだろ。」
二人の軽快なやり取りに、紬が声を立てて笑う。
その笑い声を聞いているだけで、
湊の心まで少し軽くなる。
昨日までは静かな場所だった屋上。
今は笑い声が風に乗って広がっていた。
四人はフェンスの近くに腰を下ろし、
それぞれ弁当を広げる。
蓮の弁当は大きな唐揚げがぎっしり詰まっていて、美桜が思わず声を上げた。
「え、すご!」
「それ全部食べるの?」
「もちろん。」
「朝から重くない?」
「俺の辞書に”重い”って言葉はない。」
「絶対あとで眠くなるよ。」
紬がくすっと笑う。
「神崎くんは?」
「お弁当、自分で作ってるの?」
湊は首を横に振る。
「母さんが。」
「そうなんだ。」
紬は自分の卵焼きを見つめながら、小さく言った。
「私もお母さん。」
「でも休みの日は、一緒に作ることもあるよ。」
「料理好きなの?」
「うん。」
「失敗も多いけど。」
「この前なんて砂糖と塩を間違えてね。」
「お父さん、一口食べて三秒固まってた。」
その話に四人は吹き出した。
笑い声が青空へ吸い込まれていく。
こんなふうに誰かと昼休みを過ごすのは、
いつぶりだろう。
湊は少しだけ胸の奥が温かくなるのを感じた。
*
昼食を食べ終えると、美桜が立ち上がった。
「ねえ!」
「せっかく四人そろったんだからさ!」
「写真撮ろうよ!」
その言葉に、蓮が賛成する。
「いいじゃん!」
「青春っぽい!」
湊だけが少し固まった。
写真を撮る。
それは好きだ。
でも、自分が写るのは苦手だった。
「神崎くん?」
紬が不思議そうに首をかしげる。
「嫌だった?」
「……いや。」
「撮るなら、俺が撮るよ。」
そう言ってバッグから一眼レフを取り出す。
黒いボディに、小さな傷がいくつも残っている。
「えっ!」
美桜が目を輝かせる。
「本格的!」
「すごーい!」
紬はカメラを見つめながら、少しだけ目を細めた。
「大切にしてるんだね。」
湊は静かに頷く。
「父さんのだから。」
その一言だけで、紬はそれ以上聞かなかった。
代わりに優しく笑う。
「きっと、いい写真が撮れるね。」
*
四人は屋上のフェンスを背に並ぶ。
「タイマーでいけるかな。」
湊はカメラを手すりに固定し、設定を確認する。
十秒。
シャッターボタンを押して駆け出す。
「あと五秒!」
蓮が叫ぶ。
「急げ急げ!」
美桜が笑う。
湊が並んだ、その瞬間。
紬が小さく言った。
「ねえ。」
三人が紬を見る。
「高校卒業の日にも、また四人で撮ろう。」
一瞬だけ静かになる。
それから蓮が笑った。
「いいじゃん!」
「約束!」
「卒業しても集まろうぜ!」
美桜も元気よく頷く。
「絶対ね!」
湊は少しだけ照れながら、小さく笑った。
「……うん。」
その返事と同時に――
カシャッ。
シャッター音が響く。
四人の笑顔。
春の空。
桜の花びら。
まだ始まったばかりの高校二年生。
この一枚には、未来への約束が写っていた。
誰も知らない。
この写真が、何年後かに
四人にとって何よりも大切な一枚になることを。
そして、この約束が、
誰よりも強く湊の心を支え続けることを。
*
放課後。
夕焼け色に染まった教室で、
帰る支度をしていると、蓮が声をかけた。
「今週の土曜日、暇?」
「え?」
「桜、まだ満開らしい。」
「みんなで写真撮りに行こうぜ。」
美桜がすぐに乗る。
「行きたい!」
紬も湊を見る。
「神崎くん、おすすめの場所ある?」
湊は少し考えてから答えた。
「……ある。」
頭に浮かんだのは、
小さい頃から父と通っていた川沿いの桜並木。
誰にも教えたことのない、自分だけの場所。
「じゃあ、そこにしよう。」
紬が嬉しそうに笑う。
その笑顔を見て、湊も自然と笑っていた。
春は、まだ始まったばかり。
だけど湊はもう気づき始めていた。
写真に残したい景色は、空や桜だけじゃない。
大切な人と過ごす時間こそ、
一番残したい景色なのだと。
📷 Photo.002 『四人目のフレーム』
撮影日:4月9日
屋上。
春風。
少し眩しそうに笑う四人。
シャッターが切られる、その一秒前。
誰かが笑って、誰かがつられて笑った。
たったそれだけの写真。
だけど、この一枚には「始まり」が写っている。
友情も。
恋も。
未来も。
このとき交わした約束を、
僕たちはずっと忘れないと思っていた。
あの日は、本気でそう信じていた。
ruruha
821
あおい
27
雛
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コメント
2件
読んでいただきありがとうございます! わ!ほんとですか! 心が温かくなるような作品を作りたいなと思って書いているのでそう言ってもらえて嬉しいです! ありがとうございます! 構成にもこだわってるので、そこに気づいてもらえてすごく嬉しいです! ありがとうございます!
読み終わりました。第2話、すごく良かったです。 屋上でのランチシーン、四人の距離感が自然に縮まっていくのが伝わってきて、読んでいて温かい気持ちになりました。特に紬が「砂糖と塩を間違えた」エピソードを話すところ、ほっこりしましたね。湊が父さんのカメラを持ち出して、写真を撮る側に回る選択も、彼らしいなと。 そして最後の「この約束が、誰よりも強く湊の心を支え続けることを」という一文——今はまだ何も知らない四人の笑顔が、未来の重みを予感させる構成、巧いなあと思いました。写真に残る「始まり」の景色が、これからどう変わっていくのか、続きが気になります。