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いつものように目が覚めた。昨日の出来事はまるで夢だった。まさか自分が空色の髪にして、人に注目されて。
眠い目を擦りながら洗面所へ向かう。鏡に写った自分。機嫌を綺麗に剃り、綺麗な空色の髪の毛。
眠かった目が覚めるほどではなかったが、夢でなかったことを確認し、眠い目のまま喜んだ。
お昼ご飯を食べ、本棚に向き合う。自分が踏み出すきっかけとなった本
「人生色のパレット」
を表紙が見えるようにディスプレイする。
今までも特出しておもしろかった作品などは、表紙が見えるようにディスプレイしていた。
「仲間入りせざるを得ないよな」
服を着替えて外に出る。いつも通り本屋さんへ向かう。
いつも通りだったのにいつも通りじゃない。すれ違う人に見られるのを感じる。
本屋さんへ入っても、本屋さんにいるお客さんに見られているのがわかる。
おもしろそうな本のタイトルをスマホにメモして本屋さんを出る。
公園に寄る。ベンチに座り寛ぐ。公園の砂の香り、草の香り、木の香り
風本来の香り、自然の香りを感じながら呼吸をする。スマホを取り出し、小説を書く。
そしてその文章をLIMEで送る。送り先は自分のパソコン。
パソコンにはパソコンでLIMEのアカウントを持っており
スマホではスマホのLIMEのアカウントを持っている。
外で気軽に小説を書いて、それをパソコンに送って後で付け加える。
よくよく考えたら、仕事を終えて、帰ってから書こうとはしているがほとんど書いてない。
公園で書くことがほとんどである。公園を眺めながら小さなスマホの画面に大きな物語を紡いでいく。
気がつけば陽が落ちかけており、家に戻る。積み本の一番上を取り、リュックに入れて、仕事へ向かう。
髪色が違うだけなのになぜかドキドキした。
昨日もこの髪色で会っているというのになぜか緊張した。居酒屋「天神鳥の羽」の前に着く。
まだ暖簾も出てないし、看板にも提灯にも明かりが灯っていない。オープン前。当たり前。
引き戸に手をかけ、ガラガラガラと開ける。
「お!おはよーございます!めろさん」
「おっ、おはよ」
「おぉ〜。夢じゃなかった。みぃ〜空色っすね」
「ね。オレも起きたとき夢じゃなかったって思った」
「じゃ、今日もよろしくお願いしまっす」
「こちらこそよろしくお願いします」
バックヤードというか控え室というか更衣室へ行って、荷物を置き、エプロンをつける。表に出る。
「おぉ〜。綺麗っすね。やっぱ」
「ね。めっちゃ理想の色にしてくれたわ」
「オレも色入れよっかな」
「色入れたことないの?」
「いや、あるっすよ。高校んとき。体育祭とか文化祭で」
「え。高校そんな自由だったの?」
「はい。オレ達磨出身なんですよ」
「あぁ、達磨ノ目高校?」
「そっす。ほら体育祭って、クラス対抗とか学年対抗じゃなくて
1年から3年で色分けされて競うじゃないですか」
「あぁ〜…そうだったね。年齢的にもう懐かし過ぎて」
「あぁ」
「「あぁ」やめて?」
笑う店長。
「ま、その色分けの色を入れてたっす。クラス全員」
「クラス全員!?」
「人によっては目立たないとことかにしますけど、メッシュとか襟足だけとか」
「へぇ〜すご」
「オレは当時から金髪だったんで、全部色入れてやりましたよ。あぁ〜…あったかな…」
と言いながら店長はスマホをいじる。
「あ、ほら」
店長が名論永(めろな)にスマホの画面を見せる。そこには緑のはちまきを巻いた緑髪の体育着を着て
緑色のメッシュを入れた女の子や男の子と楽しそうにしている自撮り写真が写されていた。
「うわっ、すごっ」
「ま、今のめろさんのほうがすごいっすけどね」
「そうかな?」
「そっすよ」
「ほんとにみんな緑入れてるんだね」
「っすよ〜。ほら。ほら。ほら」
とどんどんスマホの写真をスライドしていく。
そこには大人しそうな男の子や女の子も緑のメッシュを入れていた。
「ほんとに全員なんだ?」
「1週間前くらいから放課後に全員でブリーチして、体育祭前日に染めるんですよ。
だから、そう!懐かしいわ!体育祭の1週間、もうちょい前から、学校中がどこかブリーチ臭くなるんですよ」
「どんな学校だよ」
そんな話をしているとガラガラガラ。引き戸が開く。
「あ、おはよーございます」
「お!おはよ!」
「おはよう」
雪姫(ゆき)はワイヤレスイヤホンを耳から取りながら
「わ。夢じゃなかった」
と名論永(めろな)を見る。
「なんかホストクラブかと思ったわ」
「引き戸のホストクラブがどこにある」
「内装もね」
「たしかに。着替えてきまーす」
「うーい」
雪姫(ゆき)が着替えてきて、開店準備をする。そして開店時間まで駄弁った。
「めろさん昨日髪洗いました?」
「洗ってない」
「洗ったら水色の水流れるんですかね」
「あ、流れるよ。オレも緑色の水流れてって「うわっ。モンスターの体液じゃん」って思って
それクラスメイトに話したら同じこと思ったって盛り上がったもん」
「え?店長髪染めてたときあるんすか」
「あるよー?さっき梨入須(ないず)が来る前にめろさんと話してたんだけどね」
「え!なんすか!気になる!」
カウンターに座る雪姫(ゆき)にスマホで写真を見せる店長。
「わ!マジ!?めっちゃ緑じゃん」
「めっちゃ緑」
「てか店長、達磨出身だったんですか」
「んー?そーだよー?」
「私文化祭行きましたよ!」
「マジ?じゃあ会ってるかもな」
店長が24歳、雪姫(ゆき)が23歳。
学年でいっても1年差。達磨ノ目高校は生徒数が多いが、会っている可能性は充分ある。
「マジかー!文化祭なにやってました?」
「梨入須(ないず)は何年のとき来たの?」
「2年とき行きました」
「じゃあオレ3年かー。3年のときは2年の手伝いとかだったな〜」
「え。出店とかしてないんすか?数年後に出店するくせに」
「それ関係ないけどな?」
と笑う店長。
「ほら。3年は就職組と受験組がいてさ?」
「あ、そっか」
「就職組もオレみたいに今バイトしてるとこでバイトし続けますってパターンとか
もうすでに声かけてもらっててってパターンと就活するパターン。受験組も…なんだっけ?
…あぁ、単願推薦?とかスポーツ推薦とかで早く決まってる組と共通(試験)受けてってパターンあるじゃん?
だから3年は基本的に行っても出店回るか、仲良い後輩手伝うか
ま、事前に出店とかじゃない、なんか写真の展示とか作品の展示とか
そーゆーのの受付に充てられることが多かったな」
「展示ね!あったあった。ま、私は共通組…って普通に受験した組だから文化祭参加してないけど」
「めろさんはどうなんすか?大学出とか会社勤めしてたってくらいは覚えてますけど」
「あぁ。オレは至って普通。普通の高校生活して普通に卒業して
普通の大学入って卒業して就職して辞めた。んでここに拾っていただいたって感じですよ」
「特出してなんもないんすね」
「なんもないね」
「梨入須(ないず)は?どこ高?」
「私は猫井戸です」
「あ、猫(猫井戸高校の略称)なんだ?」
「っすよ?」
「へぇ〜。あそこもいいよね」
「そうっすか?めっさフツーっすよ?それこそめろさんみたいに特出することがないくらいに」
「いや、猫は生徒の民度が高いって噂聞いたことある」
「それはオレもある」
「マジっすか?劇的にフツーっすけどね」
そんな話で盛り上がっていると、いつの間にか開店時間を少し過ぎていて
慌てて暖簾を表にかけ、看板と提灯の灯りをつけた。
しばらく駄弁っているとお客様がだんだんとやってきてお店が賑わい始めた。
珍しく女性2人組のお客さんなども来て、名論永(めろな)をジーっと見ていた。
そしてお酒が入って勇気が出たのか
「お兄さんすごい髪色ですね」
とお酒を運んときに名論永(めろな)に話しかけてきた。
「あ、そうですね。最近変えました」
と少し戸惑いつつも笑顔で受け答えする名論永(めろな)。
「キレー」
「ありがとうございます」
「しかもイケメン」
「いや、そんなことはないっす。店長のほうがイケメンですよ」
と言ったら地獄耳か
「なにー?呼んだー?」
とカウンターに乗り出す店長。
「まあ〜たしかに店長さんもイケメンだけどーヤンキー感すごい」
「それな。タトゥー入ってるし」
「ん?イケメン?ありがとうございます!」
良い笑顔の店長。その左首筋にはタトゥーが彫られている。
「Best food」と「can make bacchus drunk」という文字が交差し、十字架の形になっているデザインだ。
右手の指の第一関節の間にも「BEST」と1文字ずつ彫られている。
そして両腕の前腕の肘の内側に近い部分に
某パイレーツ映画の俳優さんに入っているようなツバメのタトゥーも彫られている。
見たことはないが店長曰く、体にもいくつか入ってるし、これからも増やすつもりらしい。
「お兄さんはタトゥー入ってないんですか?」
「自分は入れてないですね。痛いの苦手だし」
「あ、ピアスも開いてない。意外」
「ほんとだー」
そんな会話を終えて、笑顔で軽く頭を下げてカウンターに戻る。
「なんの話してたんすか?逆ナンすか?」
「髪綺麗ですねって言われた」
「おぉ〜。早速空色効果〜。お客さん増えたらボーナス出すっすよ」
と冗談半分で言う店長。
「じゃ、頑張んなきゃ」
と冗談で返す名論永(めろな)。
「んで?オレのことも話してたじゃないっすか」
「あぁ。イケメンって言われたんで、店長のほうがイケメンですよって」
「おぉ〜。褒めてくれますねぇ〜」
「でもタトゥーがあってヤンキー臭いって」
「あちゃぁ〜。ま、そうよね。タトゥーの印象なんてそんなもんよね」
「オレはまあ、カッコいいと思いますけどね」
「ありがとうございます。最近オシャレタトゥーもだいぶ浸透してきたと思ったけど
やっぱ怖い印象のほうがまだ強いよねぇ〜」
「ま、そうかも」
その後もお客さんと話したり、お酒を出したり料理を運んだり
そんなことをしていたら、あっという間に閉店時間になり
暖簾を中に入れ、看板と提灯の灯りを消し、テーブルなどを拭き、閉店業務をする。
「いやぁ〜めろさんの噂広がったらどうしよ」
「ないないない」
「いや、案外ありえるんじゃない?髪色空色だし」
「髪色空色ボーイ。小説にありそうじゃないっすか?」
「なんかすごい能天気な子の話っぽいよね」
「たしかに」
「わかる」
そんな話で笑いながら閉店業務を終える。
「今日も1日おつかれっした!」
「お疲れ様です!」
「お疲れ様です」
「あ!そうだ。今度またシフト組むーっつっても、うちオレ含めて4人しかいないから
基本2人にはほぼ入ってもらうけど大丈夫?」
「私はこの店に骨を埋める決意なので」
「じゃあ店の裏に墓作んないとな」
「オレもこの店以外働くつもりないんで。毎日で」
「めろさんは早く小説家になってうちの店やめてください」
店長が頭を下げる。温かな空気に思わず口元が緩む名論永(めろな)。
「たしかに。私が小説読まないのも、めろさんの小説で処女捨てるんですから」
「お!初めて捧げる?」
「そうなんですぅ〜。いやん」
「とか言いながら、ただ単純に小説に興味ないだけだよね?」
「そんなことないっすよ〜?」
「めろさん。こいつたぶんめろさんの小説出ても読まないっすよ」
「それは読むから!」
「オレなんてタトゥー入れますよ!表紙絵かタイトルの」
「ありがたいけど愛が重いよ」
みんなで笑った。
「ま、とりあえずLIMEであいつにシフト聞きますんで。2人は変わらずという感じで」
「うい!」
「お願いします」
「うっす。じゃ、またぁ〜…今日!お願いします!」
「お願いします!」
「お願いします」
ということでお店の前で別れた。
また少し歩いて振り返ると店長と雪姫(ゆき)もこっちを向いていて手を振っていたので
名論永(めろな)も振り返す。黒髪で無精髭を生やしていたときと、ほんの少し変わっただけ。
ほんの少しといっても派手に変わったが、髭を剃り、髪を染めただけ。あと少し眉毛も整えただけ。
それだけなのに、なぜか楽しく、明るく、明日も楽しみに思えた。家に帰る。
リュックを置いて、手洗いうがいをする。パソコンをつけてから着替える。起動したパソコンで小説を書く。
あまり筆…キーボードは進まないが。テレビをつける。
「おはようございます」
「おはようございます」
テレビに朝の挨拶を返す。朝の占いまで粘ってみる。
まあまあ進んだものの、ハッっとカタカタ進む気持ちいいものではなく
悩んで書く、悩んでは書くというものだった。ベッドに寝転がる。
茶色い天井の板材。いかにも古いアパート。今まではなにも気にせず見ていた。しかし今見ると
あそこの染み、顔に見えるな
と思ったのと同時に、ここへ引っ越してきた当初のことを思い出した。
それは大学を卒業して就職したものの仕事ができず
仕事をやめて今までとは違う、しばらくは貯金を切り崩して
どうにか過ごせるような安い家賃の部屋を探した。そして行き着いたのがここ。
いくら家賃が安いとはいえ、しばらく過ごしていると貯金も底が見え始めた。
なのでバイトを探した。本当はバイトなんて週4くらいで
あとはのんびり小説を読んだり、書いたりしようとしていた。
しかし拾ってもらったのが、今の居酒屋「天神鳥の羽」。
最初は店長の神羽(じんう)のことを怖いと思っていた。
首筋にも指にも腕にもタトゥー入ってるし、ピアスも多い。
しかし話してみれば敬語も使えるし、しっかりした人だとわかった。
週4くらいで入っていたのだが、人手がほしいと言われ、ほぼ毎日入ることになった。
しかし苦ではなかった。しばらくして雪姫(ゆき)が入ってきた。
そんな生活の始まりの地がこのアパート。引っ越してきてベッドを置いて、寝転がった最初に思ったのが
あそこの染み、顔に見えるな
だった。
「ふっ」
思わず笑ってしまった。いつの間にか日々をただただ生きていた。
なんの目的もなく、なんの楽しみもなく
目的も楽しみも見つけようともせず、ただ日が過ぎていた。ほんの些細なことだった。
ただ天井の染みが顔に見えた。それだけだった。でもなぜかそんなことが嬉しく、笑いながら眠りについた。