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静寂が支配するこの空間、この屋敷。昔はとある金持ちだという陽気な母と物静かな息子、そして3人の使用人が暮らしていたのだという。
父親は読書家で、よく書斎に篭もっていたのだと言う。僕はその家の息子のマリーの親友という立ち位置にいた。
僕がマリーと仲が深まって、家に招かれた時には既にマリーの父親は亡くなっていた。そして、マリーもかなりの読書家のようで、普段は物静かなくせに、父親の事は声を大きくして自慢していた事を記憶していた。
僕はいつものようにマリーの家へ向かった。マリーの家はなぜだか、とても静かで居心地が良かった。マリーの母親は家に来るたび僕にお菓子をくれたし、何より書斎は色々な本があって風通しも良かったから、僕にとってはとても過ごしやすかった。
僕の家はとても貧乏でお菓子は勿論、ご飯も満足に食べられないし、1週間に4回夕餉が食べられれば良い方だった。母親は精神疾患を患っており、薬を良く沢山飲んでいた。薬を飲む度に暴れ出すから、僕はこっそり窓から逃げ出してマリーの家へ逃げ込んだ。父親は朝昼晩年中無休でギャンブルに家にある全財産を注ぎ込んだ。家にも全く帰らないくせに、金を盗んで全部溶かして飯だけ食ってまた家から出ていくものだから、僕は影で「泥棒猫」と呼んでいた。
母親が泥棒猫に依存して離れられないと喚いていたものだから止むを得ず我慢しているが、本音を言うとさっさと離婚して欲しい。あわよくば僕は家族全員縁を切ってしまいたいくらいだ。
と家庭環境は散々で。マリーはよく「うちのお母様はとても厳しいから交換して欲しい」と嘆いていたがそれはこっちのセリフだ。
そしてこの屋敷には、とても毒舌で、だけども優しい手際の良いルティという使用人がいた。僕はなんだか暖かく感じてその人に会うのを来る度に会えるかとワクワクしながら屋敷を徘徊した。
とても蒸し暑い夏頃だっただろうか。僕がいつもの様に屋敷を徘徊していると、何やら真剣な顔でルティさんがキッチンに佇んでいた。
いつもは無視するのだが、なんだかほっとけなくてルティさんに話しかけた。
「こんにちは、ルティさん。こんな所で何をしているんですか?」
「あぁ、お前か。いやね、アイスクリームを作ろうとしたんだが、どうやらうっかり材料を買いすぎてしまったようなんだ。これじゃあ10人分余っちまう。」
何を間違えたら10人分オーバーしてしまうのだろうか。僕はそんな事を考えながらアイスクリームに少し目を輝かせていた。
「なんだい、フライム。お前もアイスクリームが食べたいのかい?」
余程視線が煩かったのだろう。いつもはもっとトゲトゲして僕を突っ撥ねるのに、なんだか今日はやけに丸いような気がした。もしかして焦っているのだろうか。金持ちの家だから、たかがアイスクリーム10人分の材料費が飛んでしまったって痛くも痒くもないような気がするのだけれど。
「ねぇ、レティさん。そのアイスクリーム、僕にも分けてよ。今日は暑くて暑くてたまらないから。」
「はぁ、仕方ないねぇフライムは。今日は暑いし食べていきな。それにしても完成まで時間がかかるんだし、ここでボーッとしないでここから出ていきな。」
ため息を吐きながらも強気な表情で僕に優しくしてくれた。いつもこんなだったらいいのに。僕はレティさんの言う通り、調理室から出て僕は書斎に向かう事にした。
すると書斎の方から2人のメイドが雑談をしていた。よくよく耳をすませば、レティさんの事について話しているようだった。
「ねぇ、聞いた?レティさん、最近離婚したらしいわよ。」
「旦那さんとは仲は良かったそうじゃない、どうして?」
「喧嘩だって。可哀想に。レティさん、子供がやっとできたって喜んでたわよ。だけど夫に、その口調だと子供にも悪影響が及ぶだろうって言われちゃったみたい。」
「確かにレティさん、口が悪いものねぇ。結婚が出来たところできっと運が尽きちゃったのよ。」
「子供も結局夫に取られちゃったみたいだし、今は独り身ですって。」
僕は使用人達が子供をモノ扱いする事にムッとした。母親の影が重なって、父親の記憶が蘇って、腹が立った。あの人は毒舌だけど、優しいのに。
そういえば、今日はレティさんの様子がおかしかったような気がする。もしかすると旦那さんとの離婚のショックで丸い口調になってしまっているのかもしれない。あの人はとても優しくて努力家なのに口調のせいで霧がかかってしまう。
僕が扉の前で唸っているとどうやら使用人の人達は僕のことに気がついたのか焦って部屋から出ていってしまった。少しだけでも何か言ってやればなにか変わったのかもしれないが、今からではもう何もかも遅いだろう。
書斎に入ると部屋は日差しがあたって、暑いだけの窓が開かれ。とても蒸し暑かった。僕はクーラーを付けて窓とカーテンを閉めてお気に入りの本を手に取り床に尻を置いた。
とても気に入っているこの本はマリーと2人で買った本だった。近くの本屋でたまたま見つけてつい衝動で買ってしまった。この本は表紙に高そうな装飾が施されていた。
本の内容は王女の才能に嫉妬し狂った魔女が王女を毒殺するというなんとも黒い話だったけど少し魔女の気持ちが分かるような気がして、少しムシャクシャした時にはこの本を読んでいた。
と本を読み進めていると気付けば3時間ほど時間が経ってしまっていたようだった。そろそろ出来上がっているだろうかと調理室まで向かった。
調理室に向かうとレティさんはマリーと先にアイスクリームを食べていたようだった。どうやらついでに僕がいない間に2人でクッキーを焼いたらしい。僕もやりたかったな、とムッとしたがそれよりもアイスクリームに気が向き、僕はレティさんに話しかけた。
「レティさん、できたなら先に言ってくださいよ!…それで、そのクッキーは何ですか?」
「すまんよフライム。1回書斎にはいったんだけど、熱心に読書してるもんだからつい話しかけずらかったのさ。そのクッキーはうちにあった材料で作ったものだよ。もう冷えてるから食べな。」
「あ、ありがとうございます」
僕は数枚クッキーを手に取り、マリーの隣に座った。するとレティは綺麗に盛り付け僕の前に宝石の様なバニラアイスクリームを置いた。
「なあフライム、このクッキーにこのアイスを上に乗せるとすごく美味いよ。試してみて。」
「まってまって、先にアイスとクッキー食べてから!」
口に入れるとなめらか濃厚で、だけどもしつこくないアイス。バターが効いているサクサクなクッキー。そしてこのふたつを合わせて食べるとなんとも絶妙な組み合わせだった。
「本当だ。合わせるととても美味しい。」
レティはニコニコしながら僕らを見つめていた。あぁ、この時はとても楽しかったのに。
僕はそっと日記を置いた。
静寂が支配する屋敷は記憶の匂いが僕の鼻を刺激した。