テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
21世紀末、社会に不満を抱き、自らの将来に絶望した貧しい日本人の間で「予言の書」と呼ばれる古い書物が話題になった。
日本語に翻訳されたとおぼしきその書物の文面は極めて難解で、労働者の95パーセントを占める非正規雇用の日本人にはそのままでは理解不能だった。
非正規労働者のための労働組合連合会を率いていた一握りの人々が、その書物の内容を分かりやすく噛み砕いて、旧型スマートホンのネット機能でそれを一般の人々に解説した。
非正規労働者専用のSNSでその内容を見た一般国民の多くは、当初その内容を信じられなかった。ある地方都市の古びたアパートの一室では、大学を出て就職したばかりの若い男性が驚きの声を上げた。
「同一労働同一賃金? その本を書いた奴、頭がおかしいんじゃないか?」
大都会の地下集合住宅の一室では、高卒の派遣労働者の若者がやはり首を傾げていた。
「労働者の権利? 権利なんか生まれつき持ってないから労働者なんじゃねえの?」
最初は誰もなかなかSNSで小出しに発表される予言の書の内容を信じようとしなかった。
だが、少しずつその内容に共感する一団が現れ始めた。それはネット上で小説、コミック、その他のポップカルチャー作品を趣味として投稿している人たちだった。
彼らはまずネット上で声を上げ始めた。SNS機能のある投稿サイトでは以下のようなコメントが連日画面をにぎわした。
「人間はみんな平等なんだってさ。だったら僕たちの作品も平等に扱われるべきだと思わない?」
「激しく同意。なんで今人気のあの作品は良くて、あたしの小説は電子書籍化してくれないわけ?」
「僕もそう思います。プロットもキャラクターも世界観設定も全く同じなのに、運営の扱いがこんなに違うのはひどいです!」
「それって差別って呼ぶんだって。まずあたしたちのサイトから平等にしていきましょうよ」
「でも、具体的に何をどうすんの? 俺たち、そんな力ないだろ?」
「今日の予言の書の解説読んだ。団結とかいう物をすればいいみたい」
「みんなで力を合わせるって事?」
「そうか! みんなで運営に抗議のコメント送ろうよ」
「ええ? 今までそういうコメントにまともに答えてくれた事ないじゃん」
「だから、それは一人ずつバラバラにやってたからなのよ。全員で一斉に抗議の声を上げればいいの」
「ふうん、そういうものかな?」
「予言の書の解説してる人達がそう書き込んでいるんだから、その通りにすれば間違いないって」
やがて似たような動きは、日本社会のあらゆる方面に広がって行った。
いつの時代でもそうであるように、学生たちが自分たちの学校で「平等の追及」を声高に主張し始めた。手始めに小学校から高等学校までの過程で、試験の全廃が学生から要求された。
羊のように従順な学生の管理に慣れきって、そういったトラブルの対処法のノウハウが完全に失われ、忘れられていた教育現場の教師たちは、突然の全国規模での学生の反乱に手をこまねくだけで、何も有効な対応が出来なかった。
結局、日本全国全ての公立学校で、あらゆる形での試験やテストの実施が禁止され、学生たちは次に通知表などの成績評価制度の全廃を要求し始めた。
この要求は簡単に実現した。いかなる形での試験、テストも行えない以上、成績を付けるという行為自体が自動的に不可能になったからだ。
この結果公立学校では全員平等が実現し、皮肉な事に、同時に長年学校現場を悩ませてきた「いじめ」が初めて減少に転じた。この点に目がくらんだ文教省は学校教育法の改正を提案。
試験、テストの禁止は法律で全ての公立学校に義務付けられた。全国民の5パーセントを占める富裕層、指導層の子弟が通う私立学校は対象外とされ、試験、テストの実施を続けた。
こうした私立学校には、予言の書を信奉する政治団体がスピーカー搭載の車を連ねて押しかけ、連日大音量で「差別反対」を叫ぶスピーチを流した。
次の平等の追及は就職活動の場で起こった。さすがに目端の利く民間企業は世論に対して先手を打ち、一斉に就職活動における筆記試験の全廃を発表した。
だが、予言の書に基づく平等追及運動に心酔していた、ある大企業の正社員が自社の学生選考基準をネット上の暴露サイトにリークした。
そこには企業が就職活動で訪れる大学生の選考を、AIが大学の知的レベルランクで決定している事実が社外秘として記されていた。これを見た大学生のみならず、社会の多くの人々が怒りの声を上げた。
当初はその企業の製品の不買運動という形で抗議が始まった。これにあわてた政府は、ただちに経済団体と緊急協議を開始、就職活動に関する規制改革に乗り出した。
冷静に考えれば、その企業に限らず、日本の会社のほとんどの製品は、95パーセントが輸出向け、残り5パーセントが国内の富裕層向けだった。
別に95パーセントの非富裕層が不買運動を起こしても何の影響もなかったはずなのだが、かつて日本の有権者の圧倒的多数派を占めていた高齢者があらかた死に絶えていたため、若年有権者の割合が21世紀初頭に比べると非常に高くなっていた。
政府は労働関連法を次々に改正し、資本金1億円以上の全企業に対し、新しいクォータ制を義務付けた。これにより企業は全従業員の50パーセントを女性にしなければならないという従来のクォータに加え、その最低50パーセントをランキング下位50パーセントの大学の卒業生にしなければならないという義務を課せられた。
こうして差別、選別は社会のあらゆる場面で否定され、禁止されていき、日本は究極の平等社会となった。
それを象徴する出来事が、折しも大阪で開催されたオリンピックで起こった。最終日のマラソンで、男女とも、ぶっちぎりのトップでゴール寸前まで走り抜けた日本代表選手が、その場で立ち止まり、他国の選手が追いついたところで、手を取り合って同時にゴールインした。
日本人はこの「快挙」に拍手喝さいを送ったが、世界各国の観衆とスポーツ関係者は当惑を隠せなかった。
予言の書を広める運動を展開してきた政治団体、労働団体などは、「世界の歴史上初めて達成された人類の快挙」とこの状況を讃えた。
外国の知識人からは、「過去に失敗したある事象と酷似している」との警告の声が複数寄せられたが、それに耳を貸す日本人はほとんどいなかった。
日本の小説投稿サイトでは、賞イベントの参加者全員に「大賞受賞」が付与される事が当たり前になっていた。プロの小説家の世界では、原稿料、印税率、初版重版の部数が、世界的ヒット作家も新人作家も全て同じに統一された。
だがその結果、新人賞などで大賞を取っても、作品が商業出版物として流通しないという事態が発生し始めた。当時一般化していた電子書籍の販売部数、売り上げは逆に激減し始めた。
漫画家は先を争って外国に亡命したが、小説家はそういう訳にはいかず、日本のコンテンツ産業は斜陽化の兆候を見せ始めた。
また、低レベル大学の卒業生を多数正社員として採用せざるを得なかった日本企業の業績が急速に悪化し始めた。結果を出せても出せなくても給料は一緒という制度に変質していた「同一労働同一賃金」制度がそれに拍車をかけた。
政府はここでようやく自らの間違いに気づき、労働者保護政策、教育政策の見直しを訴えた。当然国民の大半はこれに反発した。
予言の書による平等推進団体が、予言の書の新しく発見された内容をネットで流すと、人々はそれに飛びついた。
予言の書は、富裕層の横暴に対抗するためなら、暴力革命は容認されると指摘している、そういう内容だった。
これに勇気づけられた大衆は、人口の30パーセント程度を占めていた移民労働者を除いて、一斉に街角で決起した。
流行の兆しを見せていたアイスホッケーのスティックが好んで使用され、それを振りかざした暴徒が政府機関、地方自治体の役所を相次いで襲撃し占拠した。
ネットからダウンロードされた設計図を元に、3Dプリンターで製作された爆弾や樹脂製の拳銃まで使用されるようになり、日本は内戦状態に陥った。
日本政府は日米安保条約に基づいてアメリカに集団的自衛権の行使を要請したが、米国政府は「他国による武力行使ではない」という理由で、要請を拒絶した。他のNATO諸国も同様だった。
本音では、経済的に衰退しつつある日本の事などどうでもよかったのである。
約1年におよぶ内戦の末、予言の書派が政府を占拠、制圧。国会の解散、廃止を宣言し、労働者の代表による独裁政権の樹立を訴えた。
民主主義の廃止を意味するこの訴えを、日本国民の大半は狂喜して受け入れた。なぜなら予言の書には、真に平等な社会が実現するまでの過渡的措置としての独裁政治が許されると書いてあったからだ。
こうして、日本の「真の平等」が実現するまでの暫定政権として、一党独裁政府が樹立された。
内戦の終結とともに、刑法に「富裕罪」という新しい条項が設定され、新設された思想警察が富裕層の自宅を家宅捜索し、その暮らしぶりをネットでライブ配信した。
その広い内装、豪華な家具、贅を尽くした食生活などが一般国民を激怒させ、近くに住む一般国民が大挙して富裕層の家を襲い、財産を略奪した。
新政府はその動きを事実上黙認した。その結果、海外に亡命出来た一部の人たちを除いて、富裕層は全ての財産をはく奪され、人口減少のため廃墟と化していた地方の農村部に強制的に移住させられた。
この「富裕層狩り」が一段落した頃に、ある若者がネットで発信した意見が日本中で評判になった。彼はこう疑問を呈したのだ。
「予言の書を直接読んだ人っていますか? 僕、実は一度も直接読んだ事がなくって」
日本人のほぼ全員が目からうろこが落ちるとはこの事だと感じた。予言の書は数冊しか残っていなかったため、政治団体や労働団体のごく一部の幹部しか直接目にした事がなかったのだ。
だが日本の出版社はひとつ残らず、東南アジア、中東、アフリカの新興国に移転していたため、日本語の電子書籍として大量に頒布する事は出来ないと思われた。
そこでビジネスチャンスと見たオテラ・ノベルという電子書籍出版社が、あくまで暫定的な措置と言いながらも東京本社を再開。予言の書を早速豪華な装丁の電子書籍として売り出した。
初めて予言の書を直接見た日本人たちは、スマホ、ウェアラブル端末の画面でそれを見つめながら口々に感慨の言葉を発した。
「へえ、こんな書籍が200年以上も前に書かれていたなんて、全然知らなかった」
「金持ちには都合の悪い内容だから、抹殺されてきたんだろうな」
「この著者って誰? 見た事も聞いた事もないな」
その電子書籍として誰の手にも入る様になった予言の書の表紙にはこう記されていた。
「資本論 著者、カール・マルクス」
究極の平等社会になったにも関わらず、日本国民の生活はむしろ悪化の一途をたどった。国内総生産は毎年二桁の減少を続け、生活必需品さえ店頭では常に不足気味になった。
また企業の経営破綻が続出し、再び失業者が急増し始めた。ネット上での話題はもっぱら職探しの話になった。このような書き込みが目立ち始めた。
「だめだ、仕事見つからねえ。給料安くてもいいからって言ったら、とっくに移民が居ついてやんの」
「俺も。あいつらのせいで俺たちに仕事が回って来ねえんだよな」
それからしばらくして、現在の苦境から救ってくれる新しい予言の書が発見されたという知らせが政府から発表され、国民は狂喜した。
前回の反省を踏まえて、今度は素早く新しい予言の書の電子書籍版が全国民に無料で配布された。そのタイトルはこう記されていた。
「我が闘争」
コメント
1件
わあ…すごく重厚な社会派SFですね。最初は「予言の書」の正体が『資本論』だったことに驚きました。でも、理想が形だけ取り入れられて歪んでいく過程が、すごくリアルで怖かったです。特に「誰も直接読んだことがない」ってところ、考えさせられました。マラソンの同時ゴールとか、試験全廃とか、一見キレイに見えるけど…その先の内戦や『我が闘争』への流れがゾッとしました。続きが気になります…!