温めたティーポットに乾燥したハーブを入れて熱湯を注ぐ。ポットに蓋をして3分程度待つ。丁度良い濃さになったらカップに注ぐ……と。甘くて爽やかなカモミールの香りは少しリンゴに似ている。良い感じだ……ハーブティーを淹れるのは初めてだったけれど、上手くできたんじゃないかな。これならおふたりにお出ししても大丈夫だ。最後に蜂蜜とレモンを添えて……
「カミツレだね。良い香りだ」
「カミツレ?」
「カモミールの事だよ。花言葉は『清楚』そして『あなたを癒す』だ。カモミールティーには静穏効果があるからな。疲れた体にはぴったりな飲み物だ」
「へぇ……」
「だよね? リズちゃん」
「はっ、はい!」
ルーイ先生は私に視線を向けると、その端正な顔を綻ばせた。あのっ……まだ慣れてないので!! 先生の笑顔が直視できません。
「クレハの体を気遣って用意してくれたんだろうね」
「そっかぁ……ありがとう、リズ」
「リズちゃんも一緒にお茶しようか。俺の隣おいで」
「はいーっ!?」
ご自身が座っているソファの左隣をぽんぽんと叩きながら、先生は私に手招きをしている。嘘でしょ……待って、心の準備が。最近の私ときたら美形成分を過剰摂取し続けて胸焼けしてしまいそうです。
「ほらほら、遠慮しないで」
「えっ、いや……私は……」
少し強引に腕を引かれ、ソファに座らせられた。先生と体が触れてしまいそうな距離に心臓がバクバクと激しく騒ぎ出す。
「リズの分は私が淹れるね」
クレハ様がお手ずから、私にお茶を入れて下さった。これではもうお断りすることはできません。有り難くご一緒させて頂くことにしよう。クレハ様と先生……そして私。3人でお茶を飲み交わす事となった。
「ルーイ様……『とまり木』で働くんですか?」
「うん。セディの世話になるばっかりじゃ悪いだろ。手伝いくらいはしないとな。髪はその気合いを表現してみたってとこかな」
「ほんとにセディって呼んでる……」
「なーに? リズちゃん」
「い、いえ。長い髪の先生も素敵だったんだろうなぁって……」
「今度ウィッグでも被って見せてあげようか」
クレハ様を教えているアレット先生のイメージのせいか、先生と聞くと気難しい方を想像してしまうのだけど、ルーイ先生はとてもフランクで話しやすかった。そして近くで見ると更に格好良い。
先生はクッキーを美味しそうに食べている。お菓子類が好きだと聞いていたからお茶と一緒にお出ししたのだけど、気に入って貰えたのなら良かった。
「働くことに関してはちゃんとレオンにも許可を貰ったから大丈夫」
「レオンは今日、ルーイ様の所に行っていたのですね」
「ああ。あいつ凄い勢いで店を飛び出して行くもんだからびっくりしたよ。俺もセディも心配してたんだからな」
なんと殿下は店から王宮まで走って戻られたのだという。馬車を使っても1時間近くかかる距離なのだけど。表での暴走っぷりといい、分かってはいたけれど……やはり殿下は色々と普通ではない。
「セディはこっちに着いて早々にレオンのいる会議室に行っちゃった。俺はその間クレハの所にいるよう言われたんだけど……お前達が行った釣り堀で何があったんだい?」
クレハ様は先生にも今日釣り堀で起きたことを説明された。黄色の衣装を纏った不思議な少女の事、その少女を湖の怪物が食べてしまったことなどをできるだけ丁寧に。私も当事者であるのでクレハ様の話に補足をするような形で会話に参加した。
「うわぁ……がっつり襲われてんじゃねーか。レオンは間に合わなかったらしいけど、無事でほんと良かったな」
「とても怖かったです。でも、レナードさんとルイスさん……私の護衛をして下さっている兵士さんが守ってくれましたから。おふたり共凄く強いんですよ」
「レオンの側近だっけ? あいつ自身も無茶苦茶だがサークスを相手にして無傷とは……部下の方もぶっ壊れ性能だな」
先生に『ぶっ壊れてる』と表現されるおふたり。とても強いという意味らしい。褒め言葉で良いんだよね……
「ルーイ様、あの黄色の少女は何だったのでしょう。あれも魔法なんですか?」
「お前達を襲ったのはサークスだろう。サークスっていうのはニュアージュの魔法使いが必ず連れてる相棒……みたいなもんかな。実際はそんな良いもんではないけどね」
「ニュアージュの……魔法使い」
「その魔法について説明すると長くなるから、それはまた今度な。何ならレオンに聞いてよ。アイツには少し教えておいたからさ」
「ルーイ様はそうやってすぐ面倒くさがるんだから……」
「それにしても、こんな明確に島の中へ攻撃をしかけてくるなんてな。精々のぞき程度だと思っていたが……これはちとマズいことになったな。ミレーヌの行動からしてメーアにもバレたようだし……」
あの化け物達の体内にあった白い紙切れ……それを見た時、レナードさんとルイスさんの話を思い出した。王宮内を飛び回っていたという、正体不明の黄色に輝く蝶の事。その蝶も白い紙でできていたらしい。
私達を襲ったのがニュアージュの魔法使いなら、蝶も同じ人間がやったことなのかな。
外国の魔法使いがコスタビューテの王宮に侵入し、そこにいる人達を攻撃した。しかも、その中にはクレハ様……王太子の婚約者も含まれている。これって……とんでもないことなんじゃ……
コンコン。
部屋の扉をノックする音がした。今度こそレオン殿下かな。会議が始まってからそろそろ2時間近くになるし……
「クレハ様、セドリックです。ご気分は如何でしょうか?」
「セドリックさん!」
「おっ、セディ」
先生に続いて、クレハ様を訪ねてきたのはセドリックさんだった。会議は終わったのだろうか……セドリックさんも途中からだけど、出席していたそうだし。でも、それなら真っ先に殿下がこちらに来られそうな気がするのだけど、扉の前にいるのはセドリックさんだけのようだ。
「少しばかりお話をさせて頂きたいのですが……よろしいでしょうか」
さっき名前を名乗った時よりセドリックさんの話し方が柔らかくなった。クレハ様の声を聞いて安心したのだろう。
クレハ様はセドリックさんを快く部屋に招き入れる。セドリックさんも相当お疲れのようだ。彼にも温かいハーブティーを振る舞おうと、私はお湯を沸かし直すために再び給湯室に向かった。
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