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「おはよ~」
「おはよう美姫」
美姫はいつも通りに「ふわぁ~」と可愛らしいあくびをしている。
「なんかさ~。さっき、全然知り合いじゃないんだけど、学校の子がスーツを着ている男の人とかから声をかけられてなぁ」
「え、まさかのうちの学校からモデルに勧誘されちゃった子がいるってこと?」
「ん~そこら辺はどうなんだろう。話が聞こえていたわけじゃないから、そこら辺はなんとも」
まさかのまさか、現場で顔見知りな人と出会っちゃう可能性があるってこと?
なんだか壮大な話で、あんまり想像できないや。
「なあなあ、通学中に変な人に絡まれたんだが」
ちょっと離れているであろう後ろの席ら辺からそんな声が聞こえてきた。
美姫もその声が聞こえたようで、私同様に話をしようとした口を閉じて聞き耳を立てる。
「んで? お前、なんか悪いことでもしたわけ?」
「いやいや、そんなことをするわけがないだろ」
「そりゃそっか」
「なんかその人達曰く、ここら辺に通う凄い賞を受賞した女子生徒を探しているらしい」
「なんか凄い賞ってなんだよ。普通に考えて、スポーツでも部活でもなんらかで受賞する人は珍しくないんだから、質問に答えるもなにもないだろう」
「まさにその通り。だから俺は、とりあえず怠かったから取材を拒否ってきた」
「それが正解だ。変なことを喋ってあることないことを書かれずに済んだな」
「うっわなにそれ怖い。冷静に考えるとそうだな。あぶねーあぶねー」
そこで話題は途切れて、昨晩のゲームの話が始まった。
私達は再び目線を合わせる。
「ねえ美夜。さっきの話って、たぶんそういうことだよね」
「たぶん……」
「だとしたら、ちょっと危ないんじゃない?」
「まだ確定ってわけじゃないけど、もしかしたら」
私は正直なところ、そこまで動揺していない。
というのも、こういうことになるかもしれないっていうのは草田さんから、事前にそれっぽい忠告をされていたから。
「こういう時の対処法とかって話し合っていたりするの?」
「うん。明確にこれをするって感じではないんだけど、ある程度は」
「ならよかった。でも少しだけ質が悪いわよね。あっちからすれば、もうこの学校の生徒だっていうのはわかっているだろうに、あえて直接的な質問をしてこないで、情報を聞き出して自分達は正当な手段で情報を手に入れたって考えってことでしょ」
「たぶん誰かが、SNSとかで発信しちゃったんじゃないかな」
「今の時代的にその可能性が一番高いよね」
今のところ、私が運用しているSNSにはDMは来ていない。
本名ではないし、アイドルの方も大丈夫。
どちらも知っているのは美姫だけだし、情報が漏れることはない。
「今日の帰りが狙いどころかもね」
「なんで?」
「学校が終わって解放感に浸っている時、取材なんて名目で話しかけられたら、自分のことじゃないのに自分が有名人にでもなった気分でペラペラと喋り始める人が出てくるかもしれない」
「……たしかに」
「まあでも、名前や学年とかが情報として漏れたとしても、写真を持っているわけでもないしそこまで影響が出るとは思えない。後は先生方が、生徒の味方でいてくれるかどうか」
「私、学校を休んだ方が――」
最後まで言葉を発せられなかったのは、美姫が私の頬を両手でむにむにし始めたから。
「ほうひたの。うわうわうわぁ」
「なーに弱気になってるのよ。こういうことを予想できるぐらいには、あなたの周りにいる大人達は頼りになるんでしょ。そんな優秀な人達が今の状況を打開する策を用意していないはずがない。私は頭を使えるけど、美姫へなにもしてあげることができない。――大丈夫よ、大丈夫」
「みふぃ……おへへやふぇけて~」
「このもちもちすべすべな肌、きもてぃ~。暗い顔にならないよう、こねくり回してやる」
「ひょえぇ~~~」
美姫は私だけでは至らない考えをしっかりと補足してくれる。
だけどそれだけじゃない。
こうして私の心に寄り添ってくれる。
たぶん私は、美姫がいなかったら間違いなくこうして高校生活を送ることはできなかった。
そうだよね。
私は誰かに後ろめたいことをやったわけでもやっているわけでもないんだ。
今は下じゃなくて、前を向いていかなくちゃ。
――放課後。
「あのぉそこのお嬢さん、もしよかったらちょっとお話を聴かせてもらいたいんだけどいいかな?」
青年は、隣に女上司を連れて美姫に話しかけた。
「はい? なにを話せばいいんですか?」
(これが噂に聞いていた記者達の一部ね。今朝見かけた人とは全然違うから、同じ会社か別の会社か……だけどこれは好都合。なにを嗅ぎ回っているのかを逆に聞き出すことができるチャンス)
「私はこれから用事があるので、できるだけ簡潔に済ませていただけるとありがたいです」
「そ、そうだったんですね」
青年は美姫の言い分に少しだけ引いてしまうも、女上司に背中の肉を摘ままれて顔を一瞬だけ歪ませる。
美姫はそれを察するも、一連の流れからこの青年は記者としての仕事は半人前だということに気づく。
隣に助っ人がいるとはいえ、こちらからも責められると判断した。
「チラッと他の生徒から聞いたのですが、ここら辺に通う生徒を探しているんですよね?」
「え、どうしてそれをっ――あいたた。ちょっと先輩!」
「こほんっ」
(この反応……つまりは噂になっていた記者連中とは別の会社というわけね)
痛みが強力になったのか、青年は若干涙目になっているも美姫は攻めの手をやめない。
「なにやら受賞した子を探しておられるようですが、その情報源ってどこからなんですか?」
「SNSで呟いている子がいて――あたたたたたた」
今度は苦痛を訴えようと目線を隣に移すも、殺気を帯びた目線にスッと美姫へ向き直す。
「と、というわけなんだ。キミもその子と同じ学校なんだから、何か情報を提供してもらえないかな」
「いえ――」
「ごめんなさい。話しかけておいて悪いんだけど、こちらにも急用が入ってしまって移動しなくちゃいけなくなってしまったの」
「そうですか、わかりました」
「じゃあ失礼するわね」
互いに礼を交わし、解散。
青年は女上司から肩パンやお尻を思い切り叩かれたりして悲鳴を上げている。
対する美姫は情報整理。
(今朝の記者達はわからないけど、少なくとも今の人達はほぼ正確な情報を手に入れている。いや、もしかしたら取材をしている記者達は同じレベルの情報を手に入れている可能性が高い)
美姫は振り返り、再び帰路に就く。
(情報源はSNS。そして、SNSで発言してしまっている人達は少なくとも数人は居ると見た方がいい。今のところは名前や容姿が知られてはいなさそうだけど、それはたぶん時間の問題。これを先生達に相談する……? ……いや、もしかしたら中にはお金で買収されている先生がいるかもしれない。じゃあ、校内放送で強引に状況を伝えて全校生徒に協力を仰ぐ? それは現実的じゃない。私が美夜を助けてあげられることは、本当になにもないの……?)
すると、スマホに着信。
電話がくる覚えもないため、どうせ迷惑電話だろうと電話番号だけ確認。
しかしそこには【草田さん】の文字が表示されていたから、迷うことなく応答。
「お疲れ様です。久しぶりですね、どうかされましたか?」
『美姫ちゃんも学校お疲れ様。お久しぶり~っ。今、電話しても大丈夫?』
「はい大丈夫です」
『ならよかった。美夜ちゃんの件で相談したいことがあって』
「草田さん、私からもお願いしたいことがあります」
『え? いいわよ。じゃあ先にこっちからでもいいかしら?』
「大丈夫です」
草田はとある事務所の一室にて美姫に電話をかけていた。
『美夜ちゃんが受賞した後、そろそろ記者達からのアプローチがあるかなって思っていたんだけど、どうかな』
「さすが草田さん。ちょうど今日からそういう動きが始まっているようです。私も先ほど声をかけられました」
『なるほどね。それで、どんな感じだった?』
――――――。
「――――――ということから、分析してこういう結論に至りました」
『ふむふむ、なるほどね。わかったわ。こちらの準備も急いで進めなきゃ。それで、美姫ちゃんの話ってなにかな?』
「無理を言っているのは重々承知していますが、私も美夜のためにできることをしたいです。私も手伝わせてもらえませんか?」
『……』
「ごめんなさい。やっぱり私みたいな一般人じゃ無理ですよね」
『いいわよ。なら美姫ちゃんには学校側の内通者として活躍してもらおうかしら』
「え、いいんですか!」
なぜかスマホ越しに男性の声で「なにを言ってるんだ草田! そんなことをさせていいわけがないだろ!」という怒った声が入ってくるも、「そんなことを心配している暇があるのなら、さっさと作業を進めてちょうだいよ!」という草田の反論が聞こえてくる。
『ああごめんなさい美姫ちゃん。こっちも今、立て込んでて』
「あはは……」
どう反応したらいいかわからなかった美姫は、とりあえず愛想笑いをした。
『じゃあとりあえず、また折り返して連絡したいんだけど何時ぐらいなら大丈夫そう?』
「19時ぐらいからなら寝るまで空いてます。……あ、美夜から連絡がなければ」
『そうね。私との話より、美夜ちゃんを優先してあげてちょうだい。……多分わかっていると思うけど、周りの先生はあまり頼らないようにしてね。唯一頼っていいのは校長先生だけだと思っておいて』
「わかりました。でも、学校の中で一番のトップが仲間っていうのは、もはや勝ち確定も同然ってことなんじゃないですか?」
と、笑みを浮かべながら話す美姫。
『ふふっ、その通りね。そして、こっちには一発逆転の切り札もある』
「なるほど。さすがは草田さん」
『だけど今はその準備に取り掛かっているのと、これはもしかしたら効力が薄いかもしれないって点があるかも。まあそこら辺は今晩に話しましょ』
「わかりました。それでは、失礼します」
『はいは~い、ありがとうね~』
スマホを握り締め、美姫は想う。
(私だって美夜のために頑張るんだ)