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かんな
あかね ♛❤️♛
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気が付くと、見慣れた天井が目に飛び込んできた。
一体いつの間に自分は部屋で寝たのだろう。昨夜は確か、かなり遅めの夕飯を食べて、ほんの少し休憩しようと思ってソファに――。
(それから……私、どうしたんだっけ)
記憶が曖昧だった。リビングのソファに沈み込み、少しだけまぶたを閉じたことは覚えている。でも、どうやってこのベッドに戻ってきたのか。
毛布は喉元まで丁寧に掛けられていて、枕元には昨夜充電したはずのスマホが、伏せて置いてあった。
(ナオミさんに、頭を撫でられた気がしたけど……)
あれは夢だったのだろうか。
ベッドの上で身体を起こしながら、穂乃果は指先でそっと自分の前髪に触れた。夢にしては、梳かれた感触が生々しすぎる。温もりがまだ髪の芯に残っているような気さえした。
けれど、すぐに「まさか」と、その思考を振り払う。
そんなわけない。あのナオミさんが、そんな慈しむようなことをするはずがない。第一、自分はただの同居人で――。
ぐるぐると巡る思考を抱えたまま、リビングへ続くドアを開ける。その瞬間。
「あら、おはよう」
丁度バスルームから出てきたナオミと、正面から目が合った。
言葉を失う、とはこのことだった。
ナオミは腰にタオルを一枚巻いただけの、無防備な姿でそこに立っていた。
均整の取れた、鋼のような筋肉。 日焼けした肌の健康的な質感とは対照的に、首筋から鎖骨にかけてのラインは、ハッとするほど滑らかで白い。看護師として多くの人体を見てきた穂乃果でさえ、一瞬、それが生きた人間であることを忘れるほどだった。
厚い胸板から、鋭く引き締まった腹筋へ。浮き出た血管が走る腕は、まぎれもなく「男」の力を象徴している。
濡れたままの髪は無造作に後ろへ流され、普段はウィッグやメイクで隠されている額の形や、濡れて束になった長いまつげが、むき出しのまま晒されていた。
その美しさと「生」の衝撃に、穂乃果は呼吸を忘れた。
ごくり、と喉が鳴る。
見てはいけない領域を踏み荒らしてしまった羞恥と、目の前に広がるあまりに完成された造形への畏敬。相反する感情が体内で爆発し、穂乃果の顔から一気に血の気が引いたかと思えば、次の瞬間には沸騰するような熱が駆け巡った。
「……っ!?」
声が出ない。咄嗟に目を逸らして視線を床に落とすと、床を踏みしめる裸足の爪先が、磨き抜かれた大理石のように澄んで見えた。
同じ生き物とは思えない。自分とは構造そのものが違うのだと、叩きつけられるような存在感だった。
「ちょっと。何まじまじと見てんのよ?」
ナオミが肩に掛けたタオルを手に取り、無造作に腕の雫を拭う。動くたびに、しなやかな筋肉が薄い皮膚の下で生き物のように躍動した。
「ハッ! す、すすすすっ、すみませんっ……」
ようやく肺に空気が入り、穂乃果は弾かれたように視線を斜め下のフローリングへと落とした。
ダメだ、まともに直視できない。網膜に焼き付いたあの完成された肉体の残像が、目を閉じても鮮明な熱を持って主張してくる。
「……あら? 顔が赤いわねぇ。……そんなに隅々まで見て、アタシの体に何か付いてる?」
面白がるような、少し湿り気を帯びた低い声。ナオミが一歩、こちらへ近づく。 ペタッ、という濡れた素足が床を踏むわずかな音が、今の穂乃果には爆音のように響いた。一歩ごとに、彼がまとう石鹸の匂いと、風呂上がりの熱い体温が、容赦なくこちらの境界線を侵食してくる。
(……っ、近い。近すぎる!)
穂乃果は、茹でたタコみたいに顔を真っ赤にして、逃げ場を失うように肩を窄めた。