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20
あまね🍡💠
75
十五年前――。
朝。
東理病院。
病室のカーテンの隙間から、柔らかな朝日が差し込んでいた。
心電図の電子音だけが静かに響く。
義一は、眠る詩織の隣へ腰を下ろした。
変わらない寝顔。
変わらない静けさ。
それでも昨日とは違う。
義一は、もう能力者だった。
「……おはよう。」
返事はない。
義一は少しだけ笑う。
「今日は仕事に戻るよ。」
「心配しなくていい。」
「もう、逃げないから。」
詩織の手をそっと握る。
冷たかった手が、少しだけ温かく感じた。
義一は俯き、小さく息を吐く。
「俺さ。」
「今でも思い出すんだ。」
「あの日。」
「『心配しすぎですよ』って笑った顔。」
涙がこぼれそうになる。
それでも堪えた。
「今度は……。」
「その笑顔を守る。」
静かに立ち上がる。
病室を出る直前。
もう一度だけ振り返った。
「行ってきます。」
-–
警備会社。
制服へ着替える。
鏡の前でネクタイを締める。
胸ポケットへ手を入れる。
小さなお守り。
義一は優しく握りしめた。
「これからも。」
「よろしくな。」
胸ポケットへ戻す。
鏡を見る。
昨日までと同じ自分。
能力者になっても。
顔は何も変わらない。
「……俺は。」
「俺のままだ。」
そう呟き、仕事へ向かった。
-–
夕方。
ZERO活動拠点。
義一は入口に立ち、静かに周囲を見渡していた。
通りを歩く人。
自転車。
子どもたちの笑い声。
何事もない日常。
その当たり前が、今は何より大切だった。
蓬萊が後ろから声を掛ける。
「義一さん。」
義一は振り返る。
蓬萊は深く頭を下げた。
「本当にありがとうございます。」
義一は少し困ったように笑う。
「お礼を言われることじゃありません。」
「俺は。」
「自分で決めただけです。」
蓬萊は静かに頷いた。
「それでも。」
「あなたがいてくれるだけで安心できます。」
義一は照れくさそうに頭をかいた。
「そんな大した人間じゃないですよ。」
二人は笑う。
ほんの少しだけ。
張り詰めていた空気が和らいだ。
-–
その帰り道。
夕焼けが街を赤く染めていた。
横断歩道。
小さな男の子が走り出す。
その瞬間。
一台の自転車が勢いよく曲がってきた。
「危ない!」
義一は反射的に駆け出す。
男の子を抱き寄せる。
自転車はすぐ目の前を通り過ぎた。
「あっ……。」
男の子は驚いた顔で義一を見上げる。
「おじちゃん、ありがとう!」
その笑顔を見た瞬間。
義一は胸を撫で下ろした。
「よかった……。」
母親が駆け寄ってくる。
「本当にありがとうございました!」
義一は笑って首を振る。
「気を付けて帰ってください。」
親子が手を繋いで歩いていく。
その後ろ姿を見送りながら、
義一は小さく呟いた。
「守れた……。」
その一言には、
あの日とは違う重みがあった。
-–
夜。
東理病院。
仕事帰りの義一は、再び病室を訪れた。
眠る詩織の隣へ座る。
「今日はな。」
「一人の子どもを守れたよ。」
少し照れくさそうに笑う。
「まだ能力を使ったかも分からない。」
「でも。」
「少しだけ。」
「自信が持てた。」
義一は詩織の手を優しく握る。
「だから。」
「次は必ず。」
「君を守る。」
静かな病室。
その時だった。
詩織の指先が――
ぴくり。
ほんのわずかに動いた。
義一は気付かない。
しかし、
心電図は変わらず静かに命を刻み続けている。
窓の外では、
夕焼けから夜空へと景色が変わり始めていた。
新しい明日は、
もうすぐそこまで来ていた――。
第70話へ続く
コメント
1件
第69話、読み終えました……。義一さん、変わらない日常を噛みしめながら「俺のままだ」と呟く場面がすごく胸に響きました。能力者になっても根っこの優しさが変わらない、むしろ詩織さんを守る決意として固まっていく。ラスト、指が動く描写に思わず息を呑みました。この一瞬にどれだけの希望が込められているか——続きが本当に気になります!