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20
あまね🍡💠
75
十五年前――。
東理病院。
朝。
病室には柔らかな陽射しが差し込んでいた。
義一は、いつものように静かに病室へ入る。
眠る詩織の隣へ腰を下ろす。
「おはよう。」
返事はない。
それでも義一は、毎日欠かさず話しかけていた。
「今日は天気がいい。」
「きっと、散歩日和だな。」
少し笑う。
「目が覚めたら。」
「どこか行こう。」
義一は詩織の手を優しく握った。
その時だった。
指先が。
ぴくり。
義一は顔を上げる。
「……詩織?」
ゆっくり。
ゆっくりと。
閉じられていた瞼が震えた。
「先生!」
義一は慌ててナースコールを押す。
「先生!」
「詩織が!」
「詩織が目を覚ましました!」
詩織は眩しそうに目を細める。
ぼんやりと天井を見つめる。
そして。
ゆっくりと視線が動いた。
義一と目が合う。
小さく唇が動く。
「……義一さん?」
その一言だった。
義一の目から涙が溢れる。
「よかった……。」
「本当に……。」
「よかった……。」
涙を拭おうとしても止まらない。
詩織は弱々しく微笑んだ。
「泣きすぎです。」
「義一さん。」
義一は笑いながら泣いた。
「ごめん。」
「ずっと。」
「怖かった。」
その時。
詩織は小さく首を傾げた。
「義一さん。」
「怪我……してませんか?」
義一は思わず笑ってしまう。
「俺は大丈夫。」
「傷一つない。」
詩織は安心したように目を閉じた。
「よかった……。」
その笑顔を見た瞬間。
義一は胸の奥にあった重たい石が、
少しだけ軽くなった気がした。
-–
しばらくして。
医師が病室へ入ってくる。
詩織へ優しく声を掛けた。
「目が覚めましたか。」
「本当によく頑張りましたね。」
簡単な診察が終わる。
医師は義一たちへ向き直った。
「命に別状はありません。」
「ただ。」
「しばらくはリハビリが必要になります。」
義一は深く頭を下げる。
「ありがとうございます。」
詩織も小さく頭を下げた。
「よろしくお願いします。」
-–
昼過ぎ。
病室の扉が開く。
蓬萊だった。
詩織の顔を見るなり、
安心したように笑った。
「おかえりなさい。」
その一言だけだった。
詩織の目に涙が浮かぶ。
「……ただいま。」
病室が静かな温かさに包まれた。
-–
夕方。
義一は窓際へ立っていた。
ふと、
棚の上に置かれた小さなお守りへ目を向ける。
詩織も気付いた。
「これ……。」
義一は少し照れくさそうに頭をかく。
「あの日。」
「俺じゃ守れなかったから。」
「代わりに守ってもらおうと思って。」
詩織はお守りを両手で包み込む。
優しく微笑んだ。
「ちゃんと。」
「守ってくれましたね。」
義一も笑う。
「ああ。」
「今度からは。」
胸ポケットへ手を当てる。
「俺が守る。」
詩織は静かに頷いた。
「はい。」
-–
病室を出る。
義一は立ち止まり、
夕焼けに染まる空を見上げた。
心の中で、静かに呟く。
「今度こそ守れた。」
あの日。
血に染まった自分の手を見つめ、
何もできなかった男。
その願いは、
『鉄壁』という力となり、
一人の大切な人を守る覚悟へ変わった。
しかし――。
義一はまだ知らない。
十五年後。
もう一人、
命を懸けて守りたいと思う青年と出会うことを。
そして、
その出会いが世界の運命を大きく変えることを――。
第71話へ続く
コメント
1件
第70話「ただいま」、読み終えました……。15年もの間、毎朝「おはよう」と話しかけ続けた義一さんの想いが、詩織さんの「ただいま」という一言で報われるシーン、本当に胸が熱くなりました。特に、お守りを「代わりに守ってもらおうと思って」と照れくさそうに言う義一さんと、「ちゃんと守ってくれましたね」と微笑む詩織さんのやり取りが、静かで深い愛情に満ちていて、とても好きです。最後の伏線も気になりますね。続きが楽しみです。