テラーノベル
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平日の午後6時。
青雲駅西口のペデストリアンデッキには、駅舎から出てきた人の流れが絶えず広がっていた。スーツ姿に制服姿、買い物袋を提げた人が商業ビルや駅前通りへ分かれ、その逆からは改札を目指す人が途切れず上がってくる。
デッキの下では路線バスが乗り場へ入り、発車した車両がロータリーを抜けていく。その横をタクシーが詰め、駅前の信号が変わるたび、地上の歩道にも人が溢れた。
大輝と陽斗は、その流れから少し外れた西口の喫煙スペースにいた。
大輝は灰皿の近くにしゃがみ込み、マルボロメンソールを咥えた。
A Tribe Called Questのグラフィックが入った黒いXLサイズのTシャツ。太いバギーデニムの裾は、丸みを帯びたトゥと分厚いシュータン、楕円のラバーパッチをあしらった白黒のVans Speed LSの上へ何段にも重なっている。Tシャツの襟元にはゴールドチェーンが覗き、左耳と右の鼻には小さなピアスが光っていた。
喫煙スペースの前を通る人の何人かが、一度だけ大輝の方へ目を向けていく。鼻のピアスなのか、太いデニムなのか、胸いっぱいに入ったグラフィックなのかまでは分からない。大半はそのまま駅へ向かって歩いていった。
ライターを擦り、煙草の先へ火を寄せる。
息を吸うと、先端が赤くなった。
隣の灰皿では、スーツの男がスマートフォンを見ながら一服している。
その横に立つ陽斗は、黒いテーラードジャケットの下に白いタンクトップ。細身のブラックデニムに、足元はナイキブレザーのローカットだった。
大輝はしゃがんだまま煙を吐いた。
「で、どこの店で飲むの?」
陽斗がジャケットのポケットからスマートフォンを取り出した。画面を点け、親指で確認する。
「クリスロードの近くの『はなれ』って居酒屋」
「こっから結構遠くね?」
大輝は陽斗へ視線を上げた。
陽斗はスマートフォンの画面を見たまま答える。
「俺も西口じゃないところにするか聞いたんだけど、美帆さんから『運動がてら普段から歩いてる子だから平気』ってLINE来てた」
「歩いてるって、その子山こよなく愛す系? 俺の話の棚にその子喜びそうな話題ないぞ」
大輝は煙草を指に挟み、わずかに顔を顰めた。
「山をこよなく愛す系か分からんけど、2週間に1回のペースで山行ってるらしいよ」
陽斗がスマートフォンから顔を上げた。
「マジ? ソロキャンガチ勢じゃん」
大輝は立ち上がり、煙草の灰を灰皿へ落とすと再びしゃがみ込む。
「お前だって月いちとかのペースで山行ってない?」
「あれを『山』にカウントしたら、その子に『山を舐めるな』って炭で焼印押されるぞ」
陽斗は煙草を燻らせながら、大輝を見た。
「いやいや。俺、虫嫌いだから。キャンプも、大輝が練習するって隣町の山までわざわざ行くのも、似たようなもんだから」
「まあ、村田のサーキットよりも黒森安いからさ。それでも月2行ければいい方だろ」
「え、待って。サーキットっていくらかかんの?」
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ねこむすび
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陽斗が首を傾げた。
「サーキットなら、4輪の1枠で12000円。それと施設料で1500円。計測料で2500円」
「そんなすんの!?」
陽斗が声を上げた。
「そだよ。黒森だと、施設料1500円で参加料2時間3700円。めっちゃコスパいいんだけど、JAFの国内B級持ってないと入れなかったからさ」
「マジか。JAFの国内B級って難しいの?」
「グランツーの実技試験みたいなのはないから、基本講習会受けてJAFに発給申請するだけだね。旗の読み方とかそんくらいで取れるよ」
「実技ないのは知らなかったな」
陽斗が感心したように言った。
「だよな。みんななんか知らんけど――」
「あ、お疲れ」
陽斗の声が途中で別の方向へ向いた。
大輝もそちらへ目をやる。
人の流れの向こうから、特徴的な樹脂のシューレースループを幾重にも走らせた、白と赤のOsiris D3 2001が近づいてきた。大きく前へ張り出した分厚いタンの上へ、色の落ちたバギーデニムの裾が深く重なっている。
視線を上げる。
小野寺美帆《おのでら・みほ》だった。
明るく抜いた長い髪が肩から胸元へ落ち、白いリブ地のクロップドタンクトップから腹が覗いている。太いデニムとの落差で腰まわりが細く見えた。目元は睫毛とアイラインをはっきり出しているが、厚く塗り固めた感じではない。白めの肌と淡いリップも相まって、店で仕事をしている時よりギャルっぽさがそのまま出ていた。
その隣にいる女へ目が移った。
ミルクティーアッシュのショートボブは、毛先まできれいに整えられていた。小麦色の肌に、眉は形をはっきり取っている。目尻へ向かって細く伸びるアイラインとブラウン系のアイメイクが目元を強く見せ、唇には落ち着いた色のリップが乗っていた。
耳元にも小さく金属が光る。
肩を大きく出した黒い長袖のオフショルダー。細いリブの生地が鎖骨の下から胸元にかけて押し上げられ、そこから腰へ向かって深く絞られている。細身のブラックデニムは、尻と太腿の丸みをそのまま拾っていた。
足元は3センチほどヒールのある黒いショートブーツだった。
背が高い。
ブーツの分まで入れば、この前黒森で見た時よりさらに高く見える。
真希だった。
向こうもこちらを見て、顔色が変わる。
「あ」
「あ」
ほとんど同時に声が漏れた。
美帆が大輝と真希を交互に見る。
「え、ふたりとも知り合い?」
真希が美帆へ顔を向けた。
「知り合いというか、黒森で一緒に少し走っただけ」
「てっきり俺、真希さんだと思ってなくて、ソロキャンガチ勢の人来るかと思ってたっすよ」
大輝はそう言いながら立ち上がった。
通り過ぎた若い男が一度こちらを見たが、そのまま連れと駅の方へ歩いていく。
「私のこと、なんて伝えたの?」
真希が美帆へ視線を向ける。
「月2ペースで山に行くって伝えたけど」
美帆が答えながらポケットからマルボロ・アイス・ブラストを取り出した。一本咥え、ライターで火をつける。
「山に行くって言い方したら、普通に誤解するよ」
真希が呆れたように言いながら、小さな黒いバッグを開いた。
取り出したラッキーストライクに火をつけたところで、美帆が煙草を指に挟んだ。
「え、いつも山行くってあたしに言ってない!?」
そう言って、口元から煙を吐き出す。
陽斗が笑いながら、煙草の灰を灰皿へ落とした。
「大輝もそれ言うよな。山行くって聞いたら普通は登山の方が先に出るんよ」
真希は人の流れから顔を外して煙を吐き、それから陽斗を見た。
「美帆の彼氏さんも?」
真希が目を丸くしている。
「そう。モビ大のみんな今ジムニーとかハイラックス乗ってるの多いから、山に行くって聞いたらキャンプとかそっちっすね」
大輝は真希へ視線を向けた。
真希が煙草を指に挟む。
「今、ZN6《ズンロク》とか乗る子いないの?」
「去年か一昨年、長野かな? BMWで水門に突っ込んで整備専門学生が死んだ事故あって、モビ大もスポ車は1級課程コースで最低国内B級持ってないと乗れなくなったんすよ」
「ああ、それで乗れなくなったんだ」
真希が納得したような声で返した。
「そしたら去年とか、通学どうしてたの?」
再び大輝へ向けられた問いに、大輝は陽斗を見た。
フィルター近くまで燃えた煙草を、灰皿の中へ入れる。
「通学許可厳しくなったんで、陽斗のサーフっすよ」
そう言いながら、大輝は陽斗の肩を軽く叩いた。
「ですね。寮生で、大輝みたいにスポ車乗ってるヤツもいきなり通学出来なくなったんで」
陽斗は笑みを浮かべながら、ピースライトを灰皿へ押しつけて火を消した。
「そのBライって、すぐに取れるもんなの?」
美帆が大輝へ尋ねた。
「そうっすね。話聞いて申請するだけなんすけど、俺はスケボーハマる前にカートガチってたんで4輪の免許取ったら、村田のサーキット行って国内Aの講習受けた感じっす」
真希が煙草の灰を灰皿へ落とした。そのまま煙草を口に咥え、
「うーん」
と鼻を鳴らす。
「え、結構大輝の家って金持ち?」
美帆に訊かれ、大輝は少し笑った。
「かも知れないっすね。おふくろが今管理してるんでよくわからないんすけど、それでもめっちゃ金かかりますよ。マジで。地区戦でもカートだって何年も乗れるもんじゃないんで」
大輝は陽斗へ視線を向けた。
「金持ちって言ったらコイツかな。てか、美帆さん。陽斗から実家の事聞いてないんすか?」
「マジで俺ん家の事はあとで言うから」
陽斗が笑いながら、大輝の背中を軽く叩いた。
美帆は煙草を灰皿へ押しつけて火を消すと、真希を見た。
「そろそろ行こうよ」
「はいはい」
真希も煙草を灰皿へ押しつけ、火を消した。
「その店、この時間から入れるんすか?」
大輝が訊くと、美帆はもう歩き出していた。
「あたしの名前で予約してるから」
四人で喫煙スペースを出る。
美帆と陽斗が先に人の流れへ入り、大輝と真希がその後ろについた。デッキの上はまだ改札へ向かう人が絶えず、四人で並ぶ幅はなかった。
駅前の人混みへ入れば、さっきまでの喫煙スペースより視線は気にならなくなった。スーツ姿の会社員も、制服の学生も、四人の横を普通に追い越していく。
階段を降りる。
地上の歩道は駅を出てきた人で詰まっていて、前の二人が何か話しているのは分かるが、言葉までは届かない。美帆が陽斗の袖を引いて、信号の手前で止まった。
車道側を歩く大輝の隣に真希が並ぶ。
車道をタクシーが一台抜けていく。
その風で、煙草の残り香の奥から別の匂いが来た。甘くて、少し粉っぽい。奥の方に重さがあった。
信号が青に変わる。
前を行く美帆が振り返って、片手を上げた。
「こっちこっち」
大輝は歩幅を合わせ、真希の隣を歩いた。
コメント
1件
お疲れ!第3話読んだわ。 前回の黒森でのバトルシーンとは打って変わって、今回は駅前の喫煙スペースでのキャラ紹介回って感じやったね。大輝と陽斗の会話からそれぞれの趣味とか生活がじわじわ見えてくるの、結構好きだわ。特に「山に行く」の解釈のズレで笑ったw キャンプ勢と登山勢、確かに誤解するよな。 あと待って、最後の真希の匂いの描写…甘くて粉っぽくて重みがあるって、なんかヤバそうな空気感じたけど、この後の展開に繋がるんかな。車道側歩いてる大輝の隣に並ぶって距離感も気になるわ。 つか、この4人の組み合わせ、一見バラバラだけど化学反応起きそうで楽しみ🔥 続き待ってるわ!