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ねこむすび
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横断歩道を渡り、そのままクリスロードへ入る。
アーケードの下は、駅前より人の流れが一本にまとまっていた。仕事帰りらしいスーツ姿の間を制服の高校生が抜け、買い物袋を提げた人が店先で足を止める。向かいから来た三人組を避けるたび、大輝も真希との間を少し詰めたり離したりした。
左右には衣料品店やドラッグストア、飲食店の入口が続いている。店から出てきた客がそのまま通りの流れへ混ざり、前を歩く美帆と陽斗も、何度か人を避けながら進んでいた。
大輝たちへちらりと目を向ける人はいる。
すれ違う頃には、その目はもう別の店先へ向いている。数歩進むうちに、後ろから来た会社員が大輝たちを追い越していった。
しばらく歩いて、アーケードを抜けた。
東二番丁通り沿いへ出る。
車道には帰宅時間帯の車が連なり、信号が変わるたび歩道から人がまとまって動いた。
美帆が建物の前で足を止める。
壁際に、店名と「B1F」の表記が入った看板が出ていた。そのすぐ横には、地下へ降りる細い階段が口を開けている。
「あそこ。『はなれ』」
美帆が看板を指さした。
「地下1階にあるんだけど、席でタバコ吸える店ってここぐらいしかなくてさ」
「前もここで飲まなかったっけ?」
陽斗が首を傾げる。
「気にしない気にしない」
美帆はすかさず返し、そのまま入口へ続く階段を降りていった。
陽斗が後を追う。
大輝も一段目へ足を掛け、隣を歩いていた真希へ顔を向けた。
「そういえば、真希さんて普段お仕事何してるんすか?」
「あ、言ってなかったもんね」
真希が微笑んだ。
「Mトヨタで先月からサービスフロント兼GRコンサルタント」
そう言いながら、真希も階段を降りていく。
地上の明るさが一段ずつ遠ざかり、壁に囲まれた階段へ靴音が返った。
「GRコンサルタント?」
大輝は首を傾げた。
「ああ、そっか。GRコンサルタントって、うちの店舗ってGRガレージも併設してるとこしかないから」
「ありますよね、確か日の出町っすよね」
「そうそう。GRヤリスとかカローラ扱ってるけど、メインはZN6とかZN8《ズンパチ》のオーナーかな。『マフラー替えたい』とか『車高調入れたい』って相談に来るのね」
「ああ、なるほど」
大輝は頷く。
「それで、車検に適合する部品を勧めたり。お客さんが自分でつけてきた部品もあるから」
「そういうのも見るんすね」
「見る見る。車検に適合してるのか、検査員さんとふたりで調べて、写真も撮ったりしてね」
階段を降りながら、大輝は真希を見た。
「真希さんて、検査員資格持ちなんすか?」
「うん。4月までサービスのコントローラーとサブの検査員してた。毎年卸町のトラック会館で検査員講習受けてたよ」
「卸町でやるんすね」
真希は足元の段へ目を落としたまま頷いた。
「そう。整備振興会の駐車場狭いから」
階段の先で、美帆と陽斗が店のドアを抜けていく。
大輝も入口へ入り、後ろから降りてくる真希のためにドアを押さえた。
真希が横を通って店内へ入る。
そのあとから手を離した。
ドアが閉まると、階段側の音が一気に遠くなった。
「いらっしゃいませ!」
入口脇にいた男性店員の声が飛んできた。
外より照明を落とした店内は、木目の壁と濃い色の仕切りで細かく区切られていた。入口から奥へ細い通路が伸び、その両側にテーブル席が並んでいる。
午後6時を回ったばかりなのに、すでに何組か客が入っていた。
仕切りの向こうから何人もの話し声が重なり、その間にグラスの触れ合う音が混じる。通路を店員が盆を持って抜け、その横を避けるように別の客が席へ戻っていった。
空気には料理の匂いと煙草の煙が薄く混じっている。
入口近くの席では、ワイシャツ姿の男が片手に煙草を持ったまま向かいの相手と話していた。
「今日の18時に予約してた小野寺です」
美帆が店員へ名前を告げる。
「ご予約4名様ご案内!」
店員が奥へ向かって声を張った。
「いらっしゃいませぇ」
少し離れた場所から別の店員の声が返ってくる。
美帆を先頭に、四人で店員の後についていった。
通路は二人で横に並ぶには狭い。
通路脇の席から会社員らしい男たちの笑い声が聞こえ、別の席ではテーブルの上に料理の皿とジョッキがいくつも並んでいる。その端には灰皿が置かれ、短くなった煙草が何本か残っていた。
「ムラスポにはこういうのないの?」
陽斗が前を歩く美帆へ訊いた。
「掛け声的なのはないけど、インカムで『お取り置き様ご案内します』って伝えるくらいかな」
「大輝もインカム使うの?」
陽斗が振り返った。
「あ、俺? バンバン使うよ」
大輝は瞬時に答える。
「嘘つけ。店内に入ってきた瞬間『商品入荷してたんで』ってインカム使う前に話しかけてる癖に」
美帆が前を向いたまま言った。
「あの時はサーフィン担当の松永さん、接客中だったんで、空いてる俺が行くしかないかなって」
「いやいや。お前何担当だっけ?」
「俺はスケート担当のサブ。メインは小坂さん。小坂さんが休みの日はスケシューとかスケボー用品関係メインだね」
店員が通路の途中で足を止めた。
通路沿いに並んだ個室の戸を引き、四人を中へ案内する。
中には四人掛けのテーブルがあり、壁側と通路側に椅子が二脚ずつ向かい合っていた。テーブルの中央にはメニュー立てと調味料、その横にガラスの灰皿が置かれている。
美帆が先に入り、陽斗がその隣へ座った。
大輝は陽斗の向かいへ腰を下ろす。
真希がその隣に座り、黒いバッグを足元へ置こうとしたところで、大輝はテーブルの下にあった荷物用のカゴを手に取った。
「荷物置き用のカゴありますよ」
真希が手を伸ばしやすい位置へ、そのまま差し出す。
「ありがとう」
全員が席についたところで、戸口に立っていた店員がテーブル脇へ寄った。
「飲み放題プランでお願いします」
美帆がメニューを開くより先に伝える。
「かしこまりました。先に飲み物お伺いしてもよろしいですか?」
「生3つでいい?」
美帆が大輝と真希へ視線を向けた。
「俺コーラで」
陽斗が先に注文する。
大輝と真希もそれぞれ頷いた。
「ビールはスーパードライのジョッキでよろしいですか?」
店員が確認する。
「それでお願いします」
美帆が答えると、店員は注文を確認して個室を出て、外から戸を閉めた。
「てか、モビ大ってガソスタのバイトって今やらないの?」
真希が訊いた。
大輝が口を開くより先に、向かいの陽斗が答えた。
「モビ大って、ガソスタバイト禁止になったんですよ。俺らが1年生の時に、先輩が廃タイヤ盗んだり社割で他のモビ大生にガソリン入れてたのがバレて……」
「マジか」
真希が額に手を当て、ため息をついた。
その向かいで、美帆がテーブルの灰皿を自分の方へ少し引き寄せる。
「あのヤンキーセダン乗ってた時によく後ろタイヤだけ替えてなかった?」
真希が顔を上げたところで、大輝もそちらを見る。
「ヤンキーセダンてセルシオとかですか?」
「違う違う」
真希がすぐに手を振った。
「専門学校の頃、黒のアルテッツァ乗ってたの。チェイサーとかマークII乗りたかったんだけど、お金なかったし維持費考えたら手が出せなくて」
そう言いながら、真希が椅子の背へ少し身体を預ける。
奥の席で誰かが大きく笑った。厨房の方からは、揚げ物の油が跳ねる音が途切れずに聞こえてくる。
「あのセダン、真希気に入ってたよね。2台くらい乗り継いでなかった?」
美帆が訊く。
「最初のはAS200の6速マニュアルで、フレーム腐ってたから乗り換えて、2台目はRS200のマニュアル」
大輝はそこで、黒森で前を走っていたGRヤリスを思い出した。
「3台目があのGRヤリスですか? 確かGR-DATっすよね」
「そう。ていうか音で分かるもんね、マニュアルかオートマか」
真希が大輝を見る。
「音で分かるもんなの?」
美帆が今度は陽斗へ顔を向けた。
「まあ、分かるよ。音が途切れる間がマニュアルにはあるから」
陽斗が歯を見せて答える。
戸の前で足音が止まった。
すぐに戸が開く。
「生3つとコーラお持ちしました」
店員が盆を片手に入り、空いている場所へジョッキを並べていく。
泡の乗った生ビールが三つ。氷の入ったコーラが一つ。
「お通しになります」
続けて、小鉢が四つ置かれた。
「ありがとうございます」
四人がそれぞれ店員へ会釈する。
「ご注文はタブレットにてお願いします」
店員が戸を閉めて離れていく。
美帆が目の前のジョッキを手に取った。
「飲み物来たし、乾杯しちゃおっか」
大輝もジョッキへ手を伸ばす。
隣で真希が生ビールを持ち上げ、向かいでは陽斗がコーラのグラスを手に取った。
「乾杯」
四人の声が揃い、テーブルの中央でジョッキとグラスがぶつかった。
澄んだ音がいくつか鳴って、すぐに店内の話し声へ紛れていった。
コメント
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お疲れさまです!第3話、読み終わりました。 タイトルの韻が気持ちいいですね。「看板のクラス」って、店の格式と仲の階層、両方にかかってそうで好きです。 車種や検査員講習の話が具体的で、この人たちの"日常"がちゃんと地続きなんだなと感じました。あと「インカム使う前に話しかける癖」の指摘、めっちゃあるあるで笑いました。 最後の乾杯のシーン、音が消えていく書き方がすごくリアルで、ただの乾杯以上の"区切り"みたいな空気があってよかったです。続き、楽しみにしてます!