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7月のある日、東京の空は灰色の雲に覆われていた。


朝から降り続いた雨が昼過ぎにようやく上がり、街のタイルやコンクリートはしっとりと濡れている。水たまりに映る青空と虹は、長い雨の後の晴れ間を祝福しているようだった。


私の名は菅野萌音、普通の女子高校生で、普通に友達もいて、普通に学校に通っている。


それでも周りと少し違うのは、毎日死にたくて仕方ないことだけ。


放課後の帰り道を歩きながら、今日も希死念慮に押し潰されそうになる。


いつも同じ道を通っていたが、今日は何となく違う道を選んでみたくなった。


そこで近くの公園に足を踏み入れた。


小学生ぐらいのころはよく友達と砂場や遊具で日が暮れるまで遊んでいたのに、今私の周りに心から信頼出来る友達なんていない。


懐かしい記憶に、孤独感と疎外感に憂鬱になりながら、すぐ側のベンチに目をやるとそこには、体を丸めて寝息を立てている猫が一匹いた。


白い毛に少しだけ茶色が混ざったその猫は、私を見ると一瞬驚いたように耳を立てたが、すぐに興味を失ったかのように目を閉じた。


私はその猫の傍に座り込み、しばらく静かに眺めていた。


さっきまで鬱々としていた心は不思議と穏やかになっていった。


雨上がりの空気は清々しく、公園の木々の葉から落ちる水滴がキラキラと輝いている。


そして猫の柔らかな寝息。


その全てが私の心を包み込み、忙しい日常を忘れさせてくれた。


ふと、ベンチの後ろにある茂みの奥から足音が聞こえてきた。


振り返ると、そこにはピンクのニットにブラウンのアウターを着た、背格好から考えて20代前半の男性が歩いてきた。


彼は私の視線に気づくと、少し驚いた様子で


「その猫かわいいね、キミの?」と首を傾げてきた。


私は首を横に振り、私より先に座っていたということを説明した。


すると彼は「フフ、可愛い先客がいたんだね」と口元に手を添えて屈託のない笑みを見せた。


同時に、彼は私に近づいてきて、隣失礼するねと言いながら隣に腰を下ろした。


彼はしばらく私と同じように猫を覗き込んでいたが、ふと口を開いた。


「もしかして、雨宿りしてたの?」


その表情はどこか憂いを帯びていて、口元には微かな笑みを浮かべていた。


その瞳には吸い込まれるような魅力があった。


「いや…雨が上がったから、せっかくだし寄り道して帰ろうかなと思って…そしたらこの子がいたんです」


私の返答に彼はそっかと優しく微笑んだ。


その声は低く落ち着いていて、まるで子守唄のように心地よい。


彼は私の目をじっと見つめると


「キミ、名前は?」と尋ねてきた。


つぶらな瞳が私を覗く。


「も、萌音です」と答えると


彼は微笑んで「萌音……いい名前だね」と言う


「あの……あなたは?」


私が尋ねると、彼は少し間を置いてから口を開いた。


「僕はね、すい……卒業の卒の上に羽で翠っていうんだ」


翠さんの声はどこまでも澄んでいた。


でもその表情はどこか悲しげで、何か悩みを抱えているように感じた。


「へぇ……綺麗な名前ですね。翠ってことは、翠ジンソーダと同じですね」と私は関心すると


彼はありがとうと言って微笑んだ後、続けて「翠ジンソーダ知ってるなんて、お母さんとかがよく飲むの?」と訊いてきた。


「あ……私が、よく飲んでるので」


私の言葉に、少し間を開けて彼は口を開いた。


「そうなんだ?あれ、美味しいもんね」


未成年なんてことは私の外見からして明らかに分かるだろうに、彼はなにも問いただしては来なかった。


「萌音はさ、死にたいって思ったことある?」


唐突な質問に思わず固まったが、すぐに言葉を返す。


「…逆に、思ったことない人なんているんですか」


「はは、そうかも……うん、僕はね」


彼は一瞬目を閉じてから「毎日生きてる価値も意味もないよなぁって思ってる」と一言だけ。


「そう、ですよね…」


この返答にどう返せばいいのか分からず、私は再び黙り込む。


暫くの沈黙の後、彼は再び口を開いた。


「萌音も同じ感じ?」


「…正直なところ、そうです。友達に愛想振りまくのも疲れるし生きてるだけで面倒なことに巻き込まれるし…息するだけで金がかかる。それに趣味も無いし、毎日が退屈で、飽き飽きするんです。毎日毎日、一体なんのために生きてるのか分かんなくなるんですよ」


私、赤の他人に何言っちゃってんだろう。


そう思うも、不思議と気まずさはなかった。


むしろ、こんな本音を誰かに話したことがなかったからなのかとても心地いいものがあった。


すると彼は言った。


「いやいや同意見!退屈すぎて外出してみたのはいいものの人混みとか苦手なのに気分転換って理由付けして駅前のカフェとか行って気疲れしたり、それでこの静かな公園に逃げてくるとか、社不すぎてやばいよね~」


私はその横顔に思わず見とれてしまう。


綺麗な横顔だった。


長いまつ毛に透き通った瞳。


まるで絵画のように美しい顔立ち。


ポンポンと出てくる彼の言葉に、嘘偽りがあるようには見えず、仲間意識が芽生え、ついクスッと笑ってしまった。


「あ、笑った!」


「す、すみません…つい」


「そうじゃなくて、その方がいいってこと」


「え……?」


「…生きる意味なんかさ、わかんないって言ったけど、考えても一生わかんないと思うんだよね、僕。だからさ、萌音も退屈なら、またここで疲れたときにちょっと話したり、猫眺めたりしない?」


彼はそう言いながら、猫の頭をすりすりと撫でた。


同時に猫が耳を立てクリクリとした瞳を見せた。


彼の言葉は、今まで他人から言われてきた励ましの言葉の中で1番暖かくて、優しかった。


そして、私は小さく頷いた。



…それからというもの、私たちは毎日この公園で会うようになった。


雨上がりの公園で、いつも同じ時間に同じベンチで座って猫を眺めたり他愛もない話をしたりした


彼と話していると不思議と心が安らいだ。


彼との出逢いをキッカケに、私の心の雨も止んだ気がしたのは、きっと気のせいではない───。



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