須永の兄貴のように星占いを信じている訳じゃないが、こうも不運が重なると天中殺(てんちゅうさつ)なんじゃないかと思えてくる。
この日は、朝からついてなかった。
事の起こりは、速水が珈琲を溢した所からだった。速水がコードに引っ掛かり、転倒した拍子に、握っていたマグカップから珈琲が零れ、俺の机に置いていた、今日が提出期限の書類に珈琲がかかってしまった。そのせいで、資料を作り直す羽目になったが、スティックメモリーにバックアップを取っていたお陰で、一からの作り直しを免れたのは、不幸中の幸いだった。
何とか資料を仕上げ、提出前に再度資料に間違いや記入漏れがないか確認をしていると、借貸の帳尻が合わない事に気づく。飯豊が提出してきた書類を確認すると、借方と貸方を間違えて入力しており、電卓を取り出し、金額を2で割り、計算し直した数値を入力していく。そうこうしていると今度はスマホが鳴る。ディスプレイには、宇佐美と表示されており、コールボタンをタップする。
「小峠の兄貴、すみません。4丁目のスナックに強盗が入ったんで、対応してるんですが、クラブキューからも応援要請が入ってしまって、まだ交戦中のため、そちらには行けそうにありません」
「分かった、そっちは俺が対応する」
書類の山を残し、俺はクラブキューへと急いだ。
半グレの粛清が終わり、急いで事務所へと戻り、書類の作成を続ける事、2時間。やっと資料が完成する。最終確認をして貰う為、野田の兄貴へと書類を提出する。
「問題ない野田」
野田の兄貴から、太鼓判を貰えたので、一先ず、胸を撫で下ろした。
「野田の兄貴、事務作業がまだ残っていますので、これで失礼致します」
野田の兄貴に告げて、書庫を後にした。そのままの足で執務室へと戻り、書類の続きに取りかかる。俺が作業を始めて、30分が経過するかしないか頃、事務所に嵐がやってきた。
「華太ぉ~確保」
作業机に向かって、入力作業をする俺の肩に小林の兄貴が腕を回してきた。
「小林の兄貴、お疲れ様です。今日はどうなさったんですか?」
「今日って、和中の兄貴の誕生日だろ?」
「そうですね」
「だから~、華太に協力して貰いたいことがあんだわ」
俺の頭の中で警報が鳴り響き、第6感も聞かない方がいいと告げている。しかし、極道の世界は上意下達故、俺の仕事が遅々として進まなくても、兄貴の命令を断る事は許されない。
「何を協力すればいいんですか?」
俺が尋ねるとその質問待ってましたとばかりに、小林の兄貴の口角が上に上がっていく。
「取り敢えず、これに着替えろ」
小林の兄貴は、紙袋の中から取り出した物を机上(きじょう)に並べていく。それを見て、俺はぎょっとする。助けを求め、左右をみるも、速水も飯豊も危険を察知して、さっと俺から目線を反らしてしまった。助けは期待出来そうにない。何とかこの場を切り抜けれないものかと考えを巡らし、駄目もとで小林の兄貴へ確認を行う。千に一、万に一の間違いである可能性もあるかもしれないと、一縷(いちる)の望みを託して。
「小林の兄貴、これは何かの冗談なんですか?」
「冗談?なにが?ちゃんと俺の話聞いてたか?いいから黙って着替えろ~。それとも俺に着替えらせて欲しいのか?」
「わ、分かりました。着替えきます」
半ば押しきられ、俺は小林の兄貴が持ってきた服に着替える事となった。
「和中の兄貴、お疲れ様です」
俺が着替え終えた所で、和中の兄貴が事務所へ戻ってきた。
「ああ。ところで小林、大事な用とはなんだ?」
和中の兄貴は半グレ粛清後は、いつも直帰するのだが、今日は小林の兄貴に呼び出されたようだ。本来なら、舎弟である俺も出迎えに行かなければならないのだが、如何せん、格好が格好だ。それに小林の兄貴からも、指示が出るまで待機命令が下っているので、物陰から様子を伺う。
「立ち話もなんですから、どうぞ」
小林の兄貴に、ソファに座るよう促され、和中の兄貴はソファに腰掛けた。和中の兄貴が腰掛けたのを見届けてから、小林の兄貴が口を開く。
「今日って、和中の兄貴の誕生日じゃないですか」
「ああ、お前を含め、皆から祝福された」
「和中の兄貴には世話になってるんで、たまには日頃の感謝を形にしてみようかなって思って、プレゼントを用意してみました」
小林の兄貴がプレゼントという言葉を発した瞬間、俺に悪寒が走る。
プレゼントを用意したと小林の兄貴は言ったが、俺に着せる服の入った紙袋しか持っていなかった。ネクタイピンとか小物なら、ポケットとかに忍ばせられるが、和中の兄貴は普段はネクタイを絞めない。そうなると、ネクタイピンの線は消える。考えている内に、俺に不都合な答えと辿り着く。
もしかして、プレゼントって、俺の事じゃないよな?有無を言わさず、服を着るよう命じられたが、小林の兄貴は意味もなく、俺を着せ替え人形にしたりはしない。いや、でも俺を和中の兄貴に献上した所で、和中の兄貴が喜ぶとは到底思えない。なら、この格好は何のためだ?
俺が思考を巡らせている内に、気付けば小林の兄貴が俺の前に立っていた。そして、俵のように俺を担ぎ上げたかと思った、次の瞬間
「俺からのプレゼントです。受けとって下さ~い」
和中の兄貴の膝の上に下ろされた。
「これまた、愛らしい兎だな」
俺を見て、和中の兄貴が兎と表現したのは、小林の兄貴に着ろと命じられた衣装が、白のカフス、白の丸い尻尾がついたバニースーツ、透け感のある黒のストッキング、兎の耳がついたカチューシャ、所謂バニーガールだったからだ。
「和中の兄貴、兎嫌いじゃないって言ってたんで、捕まえてみました~。気に入りました?」
「ああ。感謝する」
「じゃあ、俺は帰るんでごゆっくり~」
小林の兄貴は満足したのか、さっさと帰っちまった。
嘘だろ。この後、俺はどうすればいいんだ?
小林の兄貴に取り残された俺は、いつまでも和中の兄貴の膝に座っているにもいかず、取り敢えず、膝から降りようとした、その時だった。和中の兄貴に、がっちり腰をホールドされ、項を下から上に向けて、舌を這わされた。
「ひゃっ////」
驚いた拍子に声が裏返ってしまった。項を舐められたのも衝撃的だったが、和中の兄貴の手が、俺のバニースーツへと伸びてくる。
「わ、和中の兄貴!?一体なにを?」
「ラッピングを外そうとしているだけだが?」
平然と和中の兄貴はそう言ってのけた。俺は和中の兄貴へのプレゼント。プレゼントは包装がされているもの。だから、俺の服をラッピングに見立てて、和中の兄貴は脱がしにかかってくる。
「プレゼントは後の楽しみにとって置きませんか?ほら、和中の兄貴、晩御飯まだでしたよね?」
何とか俺は回避出来ないか、悪足掻きをしてみるも
「俺のプレゼントなのだろ?なら、どうしょうか、決める権利は俺にあるはずだが?」
やはりというか聞き入れて貰えず、俺はとうとう、ソファへと押し倒されてしまった。マウントポジションを取られてしまっては、もう俺には逃げ場はない。
「せめて、お手柔らかにお願いします」
逃げられない以上、被害を最小限に抑える為に、俺はそう懇願するしかなかった。
本当、ついてない。今日は厄日だ。
翌朝、腰痛に苛まれながら、俺は給湯室のサイフォンで珈琲を抽出する。
「おっ、いたいた。おはよう華太」
南雲の兄貴が顔を覗かせる。
「南雲の兄貴、おはようございます」
「俺にも珈琲入れてくれる?」
「ええ」
「ところでさ、小林から聞いたんだけど、華太バニーガールしたのって、本当?」
誤魔化そうにも、元凶からあらかたの経緯を聞いているのだから、南雲の兄貴に嘘ついたところで意味はない。
「ええ、まあ。アラサーになって、バニーガールをさせられるとは思ってもみませんでしたけど」
「下着は?バニーガールって、布面積少ないじゃん。Tバックにしろ、紐パンにしろ、下着の線出るだろ」
「・・・Cストリングです」
ウエスト部分に紐はなく、股関部分だけを覆う下着で、横からみたらCの形をしている。こんな下着があるなんて、昨日、着させられるまでは、知らなかったよ。
「へぇ~」
含み笑いをする南雲の兄貴に、嫌な予感を覚える。
「はい、これ華太にやる」
南雲の兄貴から、紙袋を渡された。デジャヴを感じながら、俺は紙袋の中を覗く。
「こ、こ、こ、これ!」
「俺、最近さベリーダンスにはまってんだよね。それベリーダンスの衣装な」
紙袋には、露出度高めのエスニックスタイルの衣装が入っていた。
「来年の俺の誕生日にさ、その服を着て、俺のベッドの上でダンス踊ってくれよ」
「・・・あの、俺に拒否権は?」
「あると思うか?」
「ないんですね」
こうして、華太の受難は続くのであった。
終わり
あとがき
今日は時間ないんで、ノーベルで書いたけど、電波が悪くて、強制終了されまくりで全くもって捗らん(ヽ´ω`)pixivの和ニキ誕生日祝い小説は、華太に猫耳メイドさせたので、こっちも合わせて、猫耳メイドにしょうかと思っとったんやけど、バニーガールも捨てがたいので、直前まで迷った結果、バニーガールにしてみた。
和ニキは余り露出度高い服系は好まなさそうなイメージなんで、pixivのメイド服は本家よりにした。個人的には、フリフリのメイド服が好き。床に寝転んでおくので、是非ともメイド服を着た華太ちゃんに顔の上を跨いでいただきたい。
コメント
2件
これはこれで良い_:(´ཀ`」 ∠): バニーとから久しぶりに聴いた気がする