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今回はいちごミルクが主役…?(?)
プロローグ:彼だけの特別な甘さ
涼架side
窓の外は、もうすっかり秋めいた夕暮れ時。
少し冷たくなった風が、スタジオの休憩スペースにある窓をガタガタと揺らした。
「ふぅ〜、今日もやり切ったね!」
元貴が深く息を吐く。練習後のこの時間が僕たちにとっては何よりも心地よい。
僕は冷蔵庫から取り出したペットボトルのお茶を一口飲んだ。
そしていつものように、隣にいる若井を見た。
「あー、沁みるわ〜!」
若井は目を細め、幸せそうにストローから何かを吸い込んでいる。
もちろん、それは、彼が練習後に必ず飲むと決めている一本。
いちごミルクだ。
僕が知る限り、彼はこのルーティンを一年以上崩したことがない。
「ねぇ、若井。よく飽きないね、それ」
僕が思わず問いかけると、若井はきょとんとした顔で僕を見た。
「え?涼ちゃんこそ、よくその渋いお茶で満足できるね。人生は甘くないんだから、せめて休憩くらい甘やかさないとさ」
彼はそう言って、僕のペットボトルと自分のいちごミルクを並べた。
まるで、僕の”苦さ”と彼の”甘さ”を比較するように。
「はは、確かに。でも、若井の甘党ぶりはすごいよ。そんなに好き?」
「好きって言うかさ、なんていうか…これを飲んでると、全部チャラになる気がするんだよね。今日あったダルいことも、ちょっとした失敗した演奏も、全部。なんていうか、リセットボタン?」
若井はそう言って、残りを一気に飲み干すと、「ぷはー!」と満足げに息を吐いた。
元貴は腕を組みながら、そのやり取りを静かに聞いていた。
「若井のルーティンは、もはや儀式だからね。涼ちゃん、若井の日常の一部を理解しようとすると、沼にハマるよ」
元貴の皮肉めいた言葉に、若井はムッとする。
「ちょ、元貴!やめろって!俺のささやかな楽しみじゃん」
「はいはい。で、涼ちゃんは何飲むの?」
元貴が、僕の持っているお茶を指した。
「え?僕?いつも通り、これだけど」
そう言った瞬間、なんだか無性に若井が今しがた感じていた「リセットされるような甘さ」を僕も味わってみたくなった。
「……いや、待って」
僕は自分の持っているお茶を引っ込めた。
「ちょっと、今日は気分転換してみようかな」
僕はそう言って立ち上がり、自動販売機に向かった。
元貴が「お茶以外?珍しいね」と呟くのが聞こえた。
若井はストローの袋を丸めながら、僕の背中を見つめている。
機械のボタンに指を滑らせる。
いつもは目にも留めないその場所には、若井の『リセットボタン』と同じものが並んでいた。
若井の飲む、いちごミルク。
僕がそれを購入し、再び二人の元へ戻ると、若井は目を丸くして立ち上がった。
「え?涼ちゃん、まじか!おそろいじゃん!」
若井の声は、驚きとそれから微かな嬉しさを含んでいた。
「うん。なんか、若井があまりにも幸せそうに飲むから、つい」
僕は若井の隣に座り、恐る恐るストローを差し込んだ。
そっと吸い込むと、ひんやりとした甘さが口の中に広がった。
「どう?どう?最高の甘さでしょ?」
若井は興味津々で僕の顔を覗き込む。
「うん。…ちょっと、想像よりずっと甘いね」
「でしょ?でもそれがいいんだよ。最高の味だろ」
若井は笑った。その笑顔は、僕がいつも見ている、陽気で明るい若井滉斗のものだ。
でも、この時。
彼と同じ甘さを口にしたことで、僕は彼の日常の、いつもは見えない特別な一部に、少しだけ触れてしまったような気がした。
この日、僕の「いちごミルク」はただの飲み物ではなくなった。
それは、僕と若井だけの甘い秘密の始まりだった。
次回予告
[🍓二本並んだ甘い秘密]
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