テラーノベル
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「…おはよう。」
「…おはよ。」
「…おはよ〜。」
冬休みが終わり、また大学生の日常が戻ってきた。
ぼくは二人の協力もあり、何とか全ての課題をクリア出来たのも束の間。
明日から期末試験が始まるということで、一夜漬け…という訳ではないけど、昨日三人で夜遅くまで勉強していたせいで、見事に三人とも、目が全然開かないでいた。
「ねむぅ。」
「ふわぁーーー。」
「んぅ〜、起きれない…。」
右からは涼ちゃんが暖房をスイッチを入れる音。
左からは、若井のスマホのアラームが、スヌーズを繰り返して何度も鳴っている。
そのうち、ぼくのアラームもけたたましく鳴り始めて、ぼくは渋々まぶたを持ち上げ、スマホを手探りでタップした。
まだほんのり、カーテンの向こうは薄暗くて。
布団の中はぬくもりがこもっていて。
三人で並んで眠った記憶が、昨夜の勉強の後のことを曖昧にさせていた。
「…これ、どういう状況?」
「うん…寒くてくっついたんだと思う…。」
「多分、僕が最初に元貴にくっついた…気がする…。」
ぼくの右腕には涼ちゃんの体温。
左手には、若井の寝癖だらけの頭がもたれかかっていて、息がふわっとかかる。
気づけば、三人とも布団の中で、文字通りぴったり寄り添いながら目を覚ましていた。
「試験前なのに、なにやってるんだろ、ぼくら…。」
「でもさ…なんか、落ち着くよねぇ。」
「うん…このまま、もうちょっと寝たい…。」
目を開けてるのがやっとなのに、不思議と胸の奥はあったかくて、静かに満たされていく。
試験とか、寒さとか、全部ちょっとだけ遠くに感じるような朝。
「…あと5分だけね。」
「やった。」
「ふふ、幸せ〜。」
三人のぬくもりが、ふとんの中で静かに混じり合っていた。
…まるで、夢の続きのように。
・・・
「「「いただきまーす!」」」
5分…いや、10分後。
リビングが温まった頃、なんとか布団から這い出たぼく達は、今日も涼ちゃんが作ったくれた朝ご飯を食べていく。
ちなみに、今日は珍しく“形が残っている”目玉焼きで、おまけにハムもついていた。
「すごい!今日はちゃんと目玉焼きじゃんっ。」
そう言って涼ちゃんに笑顔を向けると、彼は少し得意げに胸を張り、腰に手を当てて“えっへん”とポーズを決めた。
裏の焦げには、あえて触れないのが今日のぼくの優しさだ。
…だったのに。
「裏、真っ黒だけどね。」
若井が涼しい顔で、あっさりと口にした。
その一言に、涼ちゃんの“えっへん”のポーズがぴたりと止まる。
「…ちょっと、若井。」
「え、でもほら、裏、ほら、完全に炭じゃん?」
「見ないでよぉ〜!」
涼ちゃんは、頬をふくらませて、若井が“ほら”と裏返して見せた目玉焼きに箸を伸ばし、サッと元に戻した。
「た、確かにちょっと焦げてるかもだけど、今日はハムも付いてるし、美味しいよ!」
ぼくが慌ててフォローを入れると、涼ちゃんの表情が少し緩んで、『ふふ、ありがと。』と小さく笑った。
そんなぼくと、涼ちゃんのやり取りを見ていた若井が、少しニヤニヤしながらこっそりぼくに耳打ちをしてきた。
「元貴、今日のは何位?」
「…8位。」
「ぶはっ。」
若井が吹き出したのと同時に、涼ちゃんがむくれ顔で抗議してくる。
「ちょっとぉ!聞こえてるんですけどぉ?!」
「あははっ、ごめんってー。」
「もぉっ、二人ともきらい〜!」
こんな感じで期末試験の朝も、いつもと変わらない騒がしくて、楽しい時間をぼく達は過ごしていた。
・・・
「若井、どうだった?」
「なんか…良かった気がする…!」
「分かる…!ぼくもなんか調子良かった気がしてる。」
今日の試験終わり、講義室を出た瞬間、 顔を見合わせて、ぼくと若井は自然にハイタッチを交わした。
手の平がぱちんと鳴る音が、やけに心地よかった。
「レポートの方は?どんな感じ?」
「…それは聞かないで。」
相変わらずレポートが苦手なぼくは、若井の問いに思わず耳を塞いだ。
それでも、そんな苦手なレポートを仕上げる為に、ぼくは若井と一緒に、もうすっかりお馴染みになった図書室へと向かっていた。
「おつかれー。」
図書室に入ると、涼ちゃんはすでにPCに向かって、真剣な顔つきで作業していた。
いつもの柔らかい笑顔も好きだけど、ふとした瞬間に見せるこんな表情に、なんだか妙に惹かれてしまう。
……これが、ギャップ萌えってやつなんだろうか。
少しだけ早くなる鼓動をなだめながら、ぼくはそっと声を掛けて、涼ちゃんの向かいに腰を下ろした。
すると涼ちゃんは手を止め、ふんわりと微笑んでこちらを見た。
「お疲れ様〜。二人とも、試験どうだったぁ?」
そして、涼ちゃんは笑顔のまま、ぼく若井を順番に見た。
その笑顔を見て、さっきまで緊張していた試験のことも、ほんの少しだけどうでもよくなってしまいそうになる。
「おれも元貴もいい感じだったよ!」
若井が、リュックを椅子の背に掛けながら答える。
ぼくは若井の隣でニッと笑って得意げにピースサインをした。
そんなぼくを見た涼ちゃんは小さく笑った。
「期末試験はまだまだ続くけど、とりあえず今日はレポート仕上げなきゃだねぇ。」
「…はい。」
涼ちゃんの言葉に、ぼくは渋々と返事をしながら、プリント類を机に広げた。
さっきまでの余裕はどこへやら。目の前の白紙のワードファイルを見ただけで、すでに胃のあたりが重くなる。
そんなぼくの様子を察したのか、涼ちゃんが椅子の背にもたれながら、柔らかく言う。
「元貴って、最初に『うーん』って悩んじゃうから進まないだけだと思うよ。内容はちゃんと頭に入ってるでしょ?」
「…それが、なかなか文章にできなくてさ。」
「じゃあさ、まずは口で説明してみてよ。そしたら書くときのヒントになるかも。」
「おおー 、先生みたい。」
ぼくがぼやくと、隣の若井がニヤッと笑った。
「でも確かに、それ、いいかもね。」
「若井は?」
涼ちゃんが少し身を乗り出して尋ねると…
「おれ? もう半分くらい書いた!」
「…ほんと、意外と真面目だよね。」
ぼくがぼそっとつぶやくと、若井はちょっと照れたように笑った。
「なーに、ちょっと見直した?」
「してない。」
即答すると、若井が『ひどっ!』と声を上げる。そのやりとりに、涼ちゃんが楽しそうに笑った。
こんな風に話しながらでも、たしかに、いつもよりちょっと気持ちは軽い。
…というより、多分、隣に若井がいて、向かいに涼ちゃんがいてくれるからなんだろう。
PCに向かう指先は、まだぎこちないけれど。
ぼくの心の中には、少しずつ、言葉が集まってきていた。
・・・
大学からの帰り道。
なんとかレポートを完成させた自分へのご褒美を買いに、コンビニに立ち寄った。
ぼくは冷蔵コーナーで、チョコレート系のスイーツをひとつ手に取ってレジへ向かう。
若井も涼ちゃんも、ぼくにつられるように何かしら選んでいて、三人そろってお会計を済ませたあと、冷たい夜の空気の中へと出ていった。
「若井、何買ったのー?」
「おれ?おれは、あんバターどら焼き。」
「ふーん。涼ちゃんはー?」
「僕はアイス!」
「ええー、こんな寒いのに?」
季節は冬真っ盛りで、鼻の先がじんじんと冷えてくるほどの寒さだというのに、涼ちゃんはそんなの気にしないと言うように、早速アイスの袋をバリッと破っていた。
「寒い中食べるアイスがいいんだよね〜。」
いつもの笑顔でそう言いながら、涼ちゃんは取り出したアイスをパクッとひと口かじった。
やはり寒いのか、ぶるるっと肩を震わせている涼ちゃんが可笑しくて、つい笑いそうになった時…
「涼ちゃん、ひと口ちょーだい。」
そう言って、若井が涼ちゃんの手を軽く握り、そのまま口にアイスを運んだ。
涼ちゃんは驚いた顔をしていたけれど、何も言わずに若井にアイスを預けたまま、静かに見つめていた。
若井は一口食べて、『ん、おいしい』と満足げに笑う。
そして、涼ちゃんの手をそっと離すと、何でもなかったように前を向いて歩き出した。
ぼくは、その一連のやりとりを、少しだけ後ろから見ていた。
なにげない、よくあるやりとりのはずなのに…
胸のあたりが、きゅっと締め付けられるみたいに苦しくなった。
「…ずるい。」
ぽつりと小さくこぼれた言葉に、自分でも驚いた。
誰に聞かれたわけでもないけれど、まるで独り言のように落ちたその言葉は、白い息に紛れて、すぐ夜の空に消えていった。
涼ちゃんがぼくの方を振り返る。
「ん? なんか言った?」
「…ううん。別に。」
慌てて首を振って笑ってみせると、涼ちゃんはふわりと笑って、また前を向いた。
その背中が、いつもよりほんの少し遠く感じたのは、気のせいだろうか…?
ビニール袋は貰わずに、手に持っていたチョコレートのスイーツが、ぼくの手の中で、ぐしゃりと潰れた音を立てた。
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