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ちゃ
126
※大きな設定変更あり。
少し変な所がありますが、ご了承下さい💦
シャワシャワシャワシャァァー…。
ある夏の日、真っ昼間に数人が教室に呼ばれ行う補習。
勇斗は高校一年生ながらギリギリ赤点を取り、この補習に来ている。
勇斗が一番苦手なのは古文であり、楽しく文法を覚えられたり文を読み取れるならまだしも、何も楽しくない。
正直、古文の楽しさが全く分からない。
授業もあの「つまらん男」で有名な吉田仁人先生だ。
そんなので古文が好きになる訳が無かった。
しかも、今日の担当は吉田先生である。
『えー…今日は伊勢物語の第一段な。ページは…』
パラパラッと乾いた音を立てて紙は捲られていく。
やけに響く吉田先生の声が蝉と混じって頭が痛くなりそうだ。
『この話はいわゆる恋のお話だな。お前らでも知ってるだろ?』
昨日に深夜までゲームをしていたからか、暑くても急な眠気が襲ってくる。
吉田先生の声が途切れ途切れに、遠のいて聴こえる。
『みちのくの、しのぶもぢずり誰ゆゑに、みだれそめにしわれならなくに…勇斗ー。大丈夫かー。』
「ふぁっ…!あぁっ、竹取の翁といふもの…」
『今は竹取物語じゃなくて伊勢物語だぞー。』
「あっ…サーセン(笑)」
補習に来ている後の四人にクスクス笑われ、吉田先生も少しニヤッとした。
それから吉田先生はまたなんやらかんやら説明し出したが、ほぼ聞いてなんかなかった。
何処を復習しても意味の無い事に思えるからだ。
ぼんやりと夏の日差しを浴びながらノートの隅っこに落書きをする。
何処かモヤモヤとする心を落ち着かせる様に筆を走らせる。
それでも震えた様なぐちゃぐちゃの線でしかなかった。
『であるからにして…はぁ…勇斗、お前授業終わったらここ残れ。』
「えっ…嘘…。」
勇斗の事を微塵も想っていないかの様に冷淡な目を向けた。
黒板に書かれる字を通して伝わる吉田先生の感情は無かった。
〈さよーならー!〉
〈勇斗お疲れ〜(笑)〉
『はいさようなら〜。』
聞き耳を立てていると皆は今からファミレスにでも行くみたいだ。
なのに勇斗だけはつまらない授業を一対一で受けるという、拷問を受けるのと同じだと思った。
勇斗が甘皮を弄って居ると、吉田先生が真ん前に座った。
『…古文苦手?』
「嫌いっす。」
『そうか。…今から今日やったとこ復習しよか。』
ここからも吉田先生が付きっきりで教えてくれたので簡単な箇所は理解する事が出来た。
それにしても、塩﨑先生みたいに面白くないし、曽野先生みたいに超分かりやすい訳でもない。
つまらない。
『ここはさっきと同じ語句だから…どうなる?どう訳す?』
「えぇ…えっと…好きになった…とか?」
『うん、心が乱れたっていうのは”恋をした”とも読み取れるから合ってるよ。』
淡々と進んでいく授業にいつの間にか没頭しているみたいだった。
『…で、終わり。今日はここまでね。』
「よっしゃー!…ふぅ。」
『はい。頑張ったからこれ。』
授業が終わってすぐに渡されたのは、ただの飴玉だった。
それも、透き通ったピンク色の、きっといちご味の物。
いつもならこんなのは要らないのに、今は要る様な気がして仕方が無かった。
「おぉ、あざす。」
『今日はお疲れ。もう帰りな。』
「あ、あの吉田先生。…明後日は担当じゃないんですか?」
少し吃りながら言ったそれは、勇斗にとっては恥晒し物だ。
吉田先生は何も思う事無く答える。
『うん。明後日は塩﨑先生。どうした?』
「いや…個別で受けるとか出来ないんですか?あのー…吉田先生と!」
『あぁ、出来るよ?また先生が言っとくから。次も古文したい?』
嬉しさと興奮のあまり、髪が跳ねる程に勇斗は頷いた。
古文も授業も苦手だが、あの堅い雰囲気の補習より断然良かった。
『分かった。じゃあ、また明後日。』
「さようならー!」
ガラララッ。
蒸し暑い廊下を急いで歩くと、それに比例して心臓も急いでいるみたいだった。
「おはようございまーす。」
『おはよう。』
今日は個別授業も三日目。
勇斗の力も沢山付いてきたが、どうしても消えない問題がある。
こんな事誰にも言えないままで終わるだろう。
吉田先生の事が好きだ。
絶対に好きだ。
と。
授業が無い日もある日も、吉田先生の事が勇斗の頭から離れなくて会いたかった。
あの瞳、睫毛、唇、産毛、何もかもが愛おしくておかしくなりそうだったのだ。
『今日も化学する?』
「いや…」
『なら地理は?』
「んー…」
『…漢文。』
「じゃあそれで。」
机にヘタっていた顔を上げるといつもの美しい顔が目を突き刺す。
何の感情も無さそうで、でも何処か優しい目が迷いも無く勇斗を見ていた。
漢文は勇斗が三番目くらいに苦手な教科。
ほんのたまに勘で当てられる時があるが、だいたいが勘ででも読み取れないのがイライラする。
ザラっとしたプリントを置かれ、早速問いが投げかけられた。
『はい、ここ。意味を答えなさい。』
吉田先生が指を指したのは「知音者希也」の文字。
少し考えたが、前にも同じ問題が出たのを思い出して答えた。
「…自分を分かってくれる人は少ない…的な?」
『おぉ、正解。やるじゃん。』
少しだけ上がった口角が吉田先生の最大の感情表現。
『もうちょっと詳しく言うと、”本当に理解してくれる人は少ない”って感じ。』
「なんかムズ…。」
『…なら、これはどう?』
この時吉田先生が指した問題の文は、「相思相愛」。
その言葉を見ただけで胸が高鳴るのはどうしてだろう。
勇斗は薄ら汗をかきながら、吉田先生の艶めかしくて大人っぽい視線に耐えていた。
「こっ、これは…あの…。」
震える指でペンを強く押さえ、視界が揺らぐのに凌ぐ。
まるで熱中症にでもなったみたいでぐらぐらと心が揺らいでいるみたいだ。
「…わ、分かりません。」
『んー…そうだなぁ。例えばの話ね。』
勇斗が何の話だと身構えていると、吉田先生は急に視線を勇斗に合わせた。
『俺が勇斗を愛しているとする。勇斗も俺を愛しているとする。そうしたら、もう…。』
顔をグッと近付けて生徒にいけない妄想をさせるようにする吉田先生。
それに耐え切ろうとしても、グングン体温が上がってきてしまう勇斗。
『これってどういう状況?』
「…両想い?」
『そうそう。だから、お互いがお互いを愛してるって事。』
意地悪で言っている訳では無いのは知っている。
だけど、意地悪すぎる。
高校一年生、いや、佐野勇斗という人間だけが知れる、小悪魔的な一面。
だんだんと焦点が合わなくなって、吉田先生だけしか見られない。
自分自身の熱に耐えながら。
『じゃ、次ね。これは結構難しくて…。』
その時、勇斗の視界がシャットダウンした。
熱は残ったまま、瞼だけが閉じる。
『…あっ、勇斗、勇斗?』
『…勇斗。』
勇斗が目を覚ましたのは、保健室の角のベッド。
汗はすっかり引いてしまって、白い天井が眩しく感じる。
「…せん、せ。」
『おっ、起きたか。』
少し遠くで聞こえた吉田先生の声は、足音と共にこちらに近付いて来た。
『ほい。これ水ね。』
コップ一杯の水を渡され、目が覚めたばかりなのにドキッとしてしまう。
吉田先生は周りをキョロキョロと見回して待って居た。
綺麗な横顔から目が離せない。
保健室の先生よりも安心する何かがあって、それが 勇斗を包んでくれる。
水を一口飲んで「ふう」と一息。
冷たい水でも心の熱だけ引いてくれない。
「はぁ…。」
『どう?大丈夫?』
ただ頷く事しか出来ず、自分の事が嫌になってしまう程だった。
『…まあ、熱中症だろうな。』
熱中症。
…熱中症とは身体にだけ害を及ぼすのだろうか。
そう思ってしまう。
こんなにも気温が高いのに汗ひとつかかない吉田先生の頬に触れた。
柔らかな産毛が指の間を通る時、勇斗は顔を、唇を近付けた。
『……ん。』
缶コーヒーの匂いが微かに鼻を通り、脳と心を締め付ける。
六秒程経って唇を離すと、吉田先生は何も感じていないかのような顔でこちらを見つめた。
『…はっ、頭も回らなくなってるの?』
そう鼻で笑う吉田先生に少し苛立つ。
「いや…『ねぇちゅうしよ』って言われたから…。」
またベッドに横たわって、生意気な演技をする。
呆れたように席を立つ吉田先生を、寂しくても見送った。
『ちょっとの間休んどけ。』
冷たくなく温かくもない態度で保健室を出て行った。
勇斗は何も出来ないまま、吉田先生に片想いをするしか無いのかと落胆した。
保健室の窓から見える校庭をぼーっと眺め、ただ寝転んでいるだけ。
もうそろそろ起きられそうだと思っても、何故か起きられない。
憂鬱な気持ちに揺さぶられながら上半身だけを起こした。
「ゔ…っ。」
ズキッと頭に痛みが走った。
いつもと違って無気力でも、とにかく起きようと自身に命令する。
そんな命令も効かず、またぼーっとしようとした時、何かが手に当たった。
布団の上でぐしゃぐしゃになった、小さな付箋。
手に取ってそれを開いた時、あの吉田先生の綺麗な字が目に飛び込んで来た。
八月二十五日〜三十日迄
ラストスパート、補習頑張ろうな。
「…はぁ。」
小さく溜め息を吐いて、勇斗は保健室を出た。
コメント
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これシリーズですか⁉️🥹🥹 今度は💛さんが歳上いいですね、、 TDNDBさんの言葉のセンスが本当に良すぎて、情景が容易に想像できるの尊敬でしかないです。。