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「朝から緊張で吐きそうなんですよね~」


新入社員の坂下のぞみは、先輩秘書、御堂祐人(みどう ゆうと)に専務室に連れて行かれながら、そう言った。


役員室の並ぶ廊下は、ぶ厚い絨毯が敷かれていて、音もしない。

シンとしていて、重苦しい感じだ。


最近は、役員室もオープンなところが多いというのに、此処はかなり古い体質の会社のようだ、とのぞみは思った。


まあ、創業者一族の力が強くて、跡継ぎ息子がいきなり、専務になるくらいだらかな~。

それで、ちょっとゴタゴタしているらしい。


っていうか、私が配属されたの、その問題の専務のとこだよね……。


いきなり専務になった創業者一族の跡取り息子。

どんな横暴な奴だろう……と勝手に決めつけ、余計緊張してしまう。


しかし、緊張するといえば、この先輩秘書、御堂さんのイケメンぶりにも緊張するんだが。

そう思いながら、のぞみは、肩幅が広いせいか、ダーク系のスーツがよく似合う祐人を見上げた。


大企業の秘書って、ルックスの選抜もあるのだろうかな、と思ったとき、祐人が専務室のドアをノックしようとした。


「ま、待ってください。

人という字を書いて飲んでもいいですかっ?」


思わず叫んだのぞみを振り返りもせずに、祐人は、

「いや、待たない」

と言って、すぐにノックをしてしまう。


ひーっ。

これが社会人の洗礼かっ、と思ったとき、

「入れ」

という良く通る声がした。


どきりとしたのは、よく響くその声が素敵だったから。


と、このときは思ったのだが、あとから考えたら、違っていた――。



「失礼します、専務。

先日、お話しました、新入社員の坂下のぞみです。


専務付きの秘書として配属されましたので、ご挨拶に」

と中に入った祐人が専務に紹介してくれる。


「しっ、失礼致しますっ」

と言いながら、のぞみも専務室に入った。


ああっ。

こんなときって、どうしたらいいんだっけ?


どうしたらいいんだっけっ!?


秘書検とったけど、思い出せないっ。

や、役に立たないぞ、秘書検っ!


いや、役に立たないのは秘書検定ではなく、おのれの頭だったのだが――。


動転しながらも、

「坂下ですっ。

よろしくお願い致しますっ」

と頭を下げたとき、


「……坂下?」

変わった名前でもないのに、デスクで仕事をしながら話を聞いていた専務が顔を上げ、こちらを見た。


細い銀縁の眼鏡が似合う、すっと通った高い鼻梁。

なにより、無駄に整ったこの顔は――。


「あっ、せんっ……」

と叫びかけたのだが、いきなり飛んできた消しゴムが額に当たり、のけぞったのぞみは後ろのドアに後頭部を打ちつけた。


「坂下っ?」

と祐人が振り返る。


のぞみは痛む額と後頭部を押さえながら、大きな窓の前のデスクに偉そうに座る男を見た。

遠方から見事、額の中央を撃ち抜くこの技っ、間違いないっ。


専務室に居たのは、高校のときの担任、槙京平(まき きょうへい)だった。

京平はのぞみを見て言う。


「御堂、チェンジだ」

「専務、此処、キャバクラじゃありません」


冷静に祐人が答えていた。



「びっくりしたぞ。

一瞬のうちに無礼を働いたのかと」


社食の窓際の席で、ラーメンを前に祐人が言ってくる。


「どんな凄腕のドジなんですか、私……」


祐人がふった胡椒にむせながら、のぞみは言う。

社食は役員室の二階下にあり、大きな窓から下がよく見える。


いい眺めなんだが、ぞわぞわっと来るんだよな~、私、とのぞみはチラと下を見て、すぐに目線をそらした。

祐人はラーメンを食べながら、上目遣いにこちらを窺い、訊いてくる。


「お前が専務と知り合いだったとはな。

どんな知り合いだ」


「……そ、それは言えません。

言ったら、殺されることが先程判明しましたので」

と豚骨ラーメンを前に、のぞみは言った。


社食のものとしては、なかなか濃厚そうなラーメンを見ながら、祐人が言ってくる。


「いいのか、女子。

見るからに高そうな、その新品のスーツに汁が飛ぶぞ」


「いえ、私だって、小洒落たランチメニューにしようと思ってたんですよ。

目にも鮮やかなサラダや焼きたてパンとかが並んだ」


横のテーブルには、まさにそういうメニューを食べている女子社員たちが居た。


「でも、目の前で、御堂さんがラーメン頼むから。

ラーメンって見たら食べたくなるじゃないですか」


テレビで見ても、すぐ財布をつかんで出て行きそうになるのに、匂いつきで目の前に置かれては、ラーメンの魔力に逆らえるばすもない。


「俺のせいか……。

っていうか、俺は醤油だからな」


何故、更に濃厚なものを、という目で祐人が見る。


いやいや、今だって、この匂いにつられて、ラーメン食べたくなっている人が居るに違いないですよ、と思いながら、のぞみは視線を巡らせた。


すると、新人の世話役らしい女の先輩と座って食べていた同期の中径鹿子(なかみち かのこ)と目が合った。

なにあんた、イケメンと食べてんのーっ、という顔でこちらを見ている。


いやいや、イケメン様とお食事とか、緊張して食べられないから、と目で訴え返してはみたのだが、通じたかどうかはわからない。


そもそも、イケメンとの食事で緊張している奴が、豚骨ラーメンを食うな、と突っ込んでこられそうだ。


だが、仕事中は隙のない感じの祐人だが、休み時間は意外と話しやすかった。

まあ、整ったその顔で間近に見つめられた瞬間は、緊張すること、この上ないのだが。


「で、なんで専務との関係を言ったら殺される?」

と祐人はさっきの話を掘り返してきた。


「前に、役員行きつけの店のホステスが派遣社員でやってきたことがあって。

そのときは、その話はタブーになってはいたが」


「そんなことがあるんですか……」


「いや、子育てしながら、仕事もきちんとやる立派なシングルマザーだったんだけどな。

でも、お前に関しては、そういうのじゃなさそうだな。


お前は、幾ら顔が綺麗でも、キャバクラとかでは働けないよな」

と祐人は何故か冷ややかに見て言ってくる。


「えっ? 何故ですか?」

と問うと、もう食べ終えたらしい祐人はよく冷えた水を飲みながら、


「さっきから、水をくんでやったのも俺。

箸をとってきてやったのも俺。


……お前、先輩になにさせるんだ」

と文句を言ってくる。


いや……、してくれとは頼んだ覚えはないのですが。

どうも祐人は、どんくさい人間を見ると、イラッと来て、世話を焼いてしまうタイプの人のようだった。


「そういえば、会社に入るまでの専務の経歴は謎なんだよな」

と祐人は呟く。


「全然違う職種についていたのはわかってるんだが」

と言いながら、下を見てもゾワッと来ないらしい彼は窓の下の街を眺めていた。



わたしと専務のナイショの話

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