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「失礼します」


昼休みが終わり、お茶を出しに、専務室に行ったのぞみは、デスクにお茶を置きながら、チラと京平の顔を窺った。


実はやっぱり見間違いだったりと思ったのだ。

額を消しゴムで撃たれたにも関わらず。


だいたい、他県で教師をしていたはずの男が何故、此処に居るんだ?


だが、京平はノートパソコンを見たまま、お茶を飲み、言ってくる。


「よく入社試験を通ったな」


は? と見ると、

「自転車で坂が上れないとか言ってた根性なしが」

と付け加えてくる。


銀縁の眼鏡の向こう、京平の切れ長の目がこちらを見ていた。


つい、どきりとしてしまう。


言うことは辛辣だけど、このルックスだから、人気だけはあったんだよな~、槙先生。


「っていうか、なんで此処に居るんだ?

大学こっちだったか?」

と訊かれる。


「まあ、大学もこの近くではあるんですけど。

ちょうど大学生のとき、父が転勤になったので、実家がこっちに引っ越してきたんです」


そこで、京平は溜息をつくと、おのれの立場を憂い始めた。


「残念ながら、俺は此処では、まだ、なんの権力もないからな。

押し付けられたお前を受け止めるしかない」


そこで、そうか! となにかに気づいたような顔をする。


「使えないお前を採用したのは、もしや、常務の罠かっ?

俺にミスを誘発させるためにお前を雇ったとかっ?」

とこの失礼な元教師は言ってくる。


「……違うと思います。

あと、先生、生徒は褒めて伸ばしてください」


全部ダメ出しとかナシでしょう、と思いながら言うと、京平は、なにを言う、という顔でこちらを見、

「お前はもう俺の生徒じゃない。

社会人なら、既にある程度、完成されてこい」

と言ってきた。


ごもっともです……と思いながら、

「失礼します」

と去ろうとすると、


「待て」

と言われる。


「お前、誰にも俺の話をしてないだろうな?」


御堂にも、と言われる。


「イケメンに色仕掛けで訊かれても、俺との関係は答えるなよ」

と言われ、それはいっそ訊かれてみたい、と思いながら、


「せん……


専務は、なんでそんなに、教師だったことを隠したいんですか?」

と訊いてみた。


京平は一瞬、つまったあとで、言いたくなさそうに言ってくる。


「教師は人に頭を下げないとか。

学校から出たことのない人間だから、外の社会には馴染めないとか罵られがちだからな」


舐められるじゃないか、と京平は言ってくる。


「でもどのみち、今も下げてないし、馴染めてないじゃないですか」


元担任が専務として此処に居るということに現実感がなかったせいか、つい、ポロッとそう言ってしまった。


図星を指された京平の白い顔が能面のように更に白くなる。

元生徒は、この人、こうなるとヤバイ、と知っていた。


慌てて、フォローを入れようとして、

「あっ、いやっ、専務なんだから、横柄でも別にいいじゃないですかーっ」

と更に叩き落とすようなことを言ってしまう。


言ってしまったあとで気づき、丸い木の盆で消しゴムを防ごうとした。


だが、消しゴムは飛んで来ず、盆の向こうで、京平が、ぼそりと言うのが聞こえてきた。


「……もう教師じゃないから、体罰オッケーだよな」


ひっ、と怯えたのぞみは、失礼しますーっ、と慌てて専務室から逃げ出した。




「専務って、どんな横暴な人だろうと思ったのは当たってました」


玄関ホールで、のぞみは御堂にそう言った。

京平が下りてくるのを待っているのだ。


今、秘書室も忙しく、人手が足りないので、取引先に行く京平にのぞみが付いて行くことになった。


京平はただ顔を出せばいいだけらしく、秘書も鞄持ちとして行くだけだから、のぞみでもいいだろうという話になったのだ。


「粗相はするなよ」

と御堂たちに、しつこく言い含められはしたが。


京平が横暴だと言ったのぞみに、御堂は、

「だが、仕事はできるぞ」

と言ってくる。


まあ、教師をしていても、いつも動きに無駄がなかったよなーと思い返していると、御堂より、少し年上だという岡村がエレベーターから飛んで降りてきた。


受付に駆け込み、なにか揉めている。


「どうしたんでしょうね?」

とのぞみたちもそちらを窺った。

そういえば、さっきから、受付嬢の佐竹さんが落ち着かなげにウロウロしていたな、と思い出す。


「どうしました?」

と御堂が声をかけると、岡村は、いや、と焦ったように言ってきた。


「車両に頼んでおいたのに、今日、十一時から常務がお出かけになる車の手配が出来てなかったみたいなんだよ。


どうしよう。

他の人ならともかく、田中常務だからなあ」

と岡村は渋面を作る。


そういえば、さっき、先生も常務がどうとか言ってたな。


田中常務って、気の荒い人なのかな? と思ったとき、

「どうした?」

とエレベーターから降りてきた京平も騒ぎを聞きつけ、やってきた。


「専務っ」

と岡村は一瞬、まずいっ、という顔をしたが、気難しいらしい常務より、若い京平の方が話しやすいのか、岡村は結局、京平に事情を説明した。


「で、車両に聞いたら、電話を取った子が、新人だったみたいで、メモを違う場所に置いてたらしいんです」


同じ新人の失敗と聞いて、のぞみは固まる。

自分もいつなにをしでかすかわからないと思ったからだ。


車の管理や運転をしたりする車両部はよその会社が入っているので、同期とかではないのだが、同じ新人ということで、親近感が湧き、なんとかしてあげられないだろうかとのぞみも焦る。


京平は少し考えたあとで、

「よし、俺の車を常務に回せ」

と岡村に言った。


えっ、と岡村と御堂が声を上げる。


「俺の車は手配出来てるんだろうな?」

と京平は御堂に確認していたが。


なにやら脅しつけているように聞こえるんだが、職業病だろうか……とのぞみは思う。


「面倒臭いことになりそうだから、このことは常務には伏せておけよ」

と京平は言った。


そういえば、昔も、面倒臭いことになりそうだから、校長には伏せておけよとか言ってたな~と思い出す。


「俺は車で来てるから自分で運転してく」

そう京平が言い出した。


「え、取引先に行かれるんじゃないんですか?

誰か運転してった方が」


専務が自分で運転していくというのは、会社の体面上よくないと岡村は思ったようだった。


だが、そういう古臭い考えが好きではないらしい京平は、

「じゃあ、電車で行く」

と言い出す。


いや、それはちょっと……という顔をみんなしていた。


取引先などに専務が電車で、やあ、と訪ねていくのも―― まあ、庶民的でいいかもしれないが。


岡村が、

「御堂、出られるか?」

と訊いていたが、御堂は、


「すみません。

私はこの時間はちょっと」

と時計を確認したあとで言っていた。


「じゃあ、ハイヤー呼びましょう。

佐竹さん、すみません」

と岡村が言うと、はい、と佐竹がすぐに電話をしようとする。


ともかく、常務に車の手配が出来なかったことを知られたくないだけなので、確かに京平はハイヤーでいいのだが――。


「すぐに捕まるといいんだが……」

と岡村が呟くのをのぞみは聞いた。


一応、余裕を持って、出かけるようにはしていたのだが、此処で揉めたせいで、既に出遅れている。


「あの」

とのぞみは言った。


「私、運転しましょうか?

どのみち、私もついていくことになっているの――」


――で、と言い終わらないうちに、京平が、

「却下だ」

と言ってくる。


「……俺を殺す気かっ。

いやっ、もしや、これこそ、常務の罠なのかっ?」


いや、こういう事態になったの、たまたまですし。


ってか、貴方、どんだけ常務が怖いんですか……と怯える京平を見ながら、のぞみは思っていた。



わたしと専務のナイショの話

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