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そんなカオスな現場にふと、2人の人影が通りかかった。
「あれ、シャオロンと鬱先生やん」
「え、ほんとだ。お疲れ様です」
現れたのは高等部の制服を着た2人の男子生徒。
ランチが乗ったトレーを持ちながらこちらを訝しんで見ている。
「チーノお前、フラれたからって逆ギレするのは良くないやろ」
「ちゃうわシャオロン何勘違いしとんねん!」
「チーノお前ほんと最低やな女の子泣かすなんて。そんなこと教えた覚えはないで」
「だーかーらちゃうって!よく見て大先生涙なんか一滴も流してないから!」
「鬱先生お久しぶりでーす」
「久しぶりやね雪乃ちゃん」
「あれ?俺は?」
「あ、シャオロンさんも」
「おい、ついでか俺は」
全然平気そうな顔で雪乃は挨拶を交わす。
眼鏡をかけた黒髪の方が鬱先生。
オレンジのニット帽に黄色のオーバーオールを着ている方がシャオロン。
2人ともチーノの部活の先輩にあたる。
彼らが卒業してから会う頻度は減ってしまったが、たまにこうしてバッタリ会うこともある。
「それで、何でそんな凄い剣幕で雪乃ちゃんに詰め寄ってたんや?」
鬱先生が雪乃の隣の空いた席に座りながらチーノに聞いた。
「いやそれが、聞いてや2人とも!ゆっきーが突然凄いこと言い出して」
「なになに?何言ったんゆっきー」
シャオロンがにやにやしながらチーノの隣の席に座る。
「それがさぁ、なんか進級試験怪しいかも、とか言い出して」
「………」
途端に2人とも黙った。え、嘘やろ?といった顔で同時に雪乃を見る。
再び顔を両手で覆い「見ないで」と懇願する雪乃。
「いや、確率が低いってだけで、ほら、今から破茶滅茶に頑張ったら確率は上がるわけで、全然その、絶対に無理とかそんなんじゃなくて、だからその、あんまり冷たい視線を向けないで欲しいっていうか、見捨てないでほしいっていうか、つい数時間前に担任に見捨てられたばかりで傷心気味っていうか、なんていうか」
顔を覆ったままボソボソと弁明を続ける雪乃の肩にポンッと優しく手を置く鬱先生。
「大丈夫や雪乃ちゃん。あのアホのコネシマでも進級出来たんや。何とかなる」
「何故だろう、凄く大丈夫な気がしてきた。でも逆にプレッシャーでもある気がしてきた」
「え、ゆっきーってそんなアホやったっけ」
「あーほらこの人は簡単に言葉のナイフで人を刺してくる」
鬱先生の言葉とシャオロンの言葉に差を感じながら雪乃は時計に目をやる。
「話盛り上がってるとこあれだけど、そろそろ行こうかチーノ」
そろそろ風紀委員室へ向かわねば。
チーノも「せやな」と自分のトレーを持つ。
「え、もう行ってまうん」
「えー行っちゃうの〜ご飯一緒に食べれると思ったのにー」
「すんません先輩ら。俺ら用事あるんで行きますわ」
「久々だしもっと話したかったけど、委員長待たせてるんで」
そう言うと残念そうにする2人。そんな様子も雪乃は嬉しく思い後ろ髪をひかれたが、流石にもう向かわねばいけない時間だ。
「雪乃ちゃん、勉強のことで困ったら相談してや。エーミール紹介するから」
「エミさん頼みやんけ。まぁ確かに適任かもな」
「ありがとうございます。ほんとに困ったら頼らせてもらいます」
にこりと笑い席を立つと、鬱先生は手を伸ばし「ほなねエーフィ」とエーフィの頭を撫でた。
エーフィは感情を見せない表情のまま、雪乃の足元に移動した。
「バイバイ」とシャオロンも自分の席から手を振った。
手を振り返しながら、チーノと雪乃はその場を立ち去った。
「…あーあ、結局大先生と2人きりの昼飯かぁ〜」
「なんや、不服かシャオちゃん」
「うん」
「おい泣くぞ」
しかし、と鬱先生は続ける。
「雪乃ちゃんも大分変わったよな」
「んーそやね。なんて言うか、人間らしくなってきたよな、昔より」
「それじゃ人間じゃないみたいやん」
「いやそうなんやけど」
「まぁでも言いたいことは分かるわ」
味噌汁を飲みながら鬱先生は昔に思いを馳せる。
初めて出会った頃の、絶対に自分の領域に近寄らせないように壁を作る、まだ幼さの残る少女の姿を。
「…壁は、もう見えへんなぁ」
小さく笑い、味噌汁の湯気で眼鏡を曇らせた。