コメント
0件
「委員長〜お疲れ様〜」
風紀委員室の扉を開けた雪乃とチーノはその瞬間絶句した。
「あ、2人とも…お疲れ様…」
そこにいたのは、非常にやつれた風紀委員長の姿だった。
「あらら…やばそうだね、いんちょ」
「なんや虫の息やんか可哀想に」
ほんとにそう思っているのか分からないチーノが委員長に近寄る。
書類の山とパソコンに囲まれた、眼鏡をかけた少し地味めな見た目の優男は真っ青な顔をして目の下にクマを作っていた。
「ほら、働きすぎだって。お昼買ってきたから休んでいんちょ」
「あ、ありがとう草凪さん…」
「ほんま瀬戸くんは真面目やな〜。引き継ぎ作業なんて適当でええのに」
「そうだね…でも性分みたいなものだから」
風紀委員長こと瀬戸はフラフラになりながら委員長用のデスクを離れ、来客用のソファーに腰掛ける。
「もう、ほんと真面目なんだから…。でもそんな委員長が私は好きだよ」
「おいこらそこ、媚び売るな俺が見とる前で」
瀬戸の隣に腰掛け心配そうに顔を覗き込みながら優しい口調で笑いかける雪乃にすかさずツッコミが入る。
「媚びじゃないもん本音だもん、ね?いんちょ」
「あはは…ありがとう」
もうこんなやり取りには慣れてしまっている瀬戸は軽く受け流す。
それより疲労が勝っているようだ。
「…まぁええわ。ところで今日は何で召集かかったんや?」
チーノの疑問に「あぁ、」と瀬戸がズレた眼鏡を指で直す。
「その説明は佐々木くんが…」
瀬戸が言いかけた瞬間、ガチャリと風紀委員室の扉が開いた。
「遅くなりました」
3人の視線がその人物に向く。
「おー佐々木、お疲れさん〜」
チーノが手を上げて挨拶する。
現れたのは3人の後輩にあたる風紀委員の佐々木。
「どうも」と仏頂面で短い挨拶の後佐々木はズカズカと入室し、
「雪乃先輩!来てたんですね!」
突然目を輝かせ雪乃の前に膝をつき手を取って嬉しそうにそう言った。
始まった、という呆れた顔でチーノは佐々木を見た。
まるでご主人に会えて嬉しさのあまり尻尾を振りたくる犬のようだ。
「お疲れルカくん。元気そうだね」
雪乃は慣れた様子でにこりと笑いかける。
「はい!でも最近雪乃先輩が風紀室に顔を出してくれなくて寂しかったです…」
「ごめんごめん、勉強忙しくて」
「おーい佐々木、俺とも最近会ってなかったやろ」
「今日も美しいですね!雪乃先輩!」
「無視か」
もう佐々木の目には雪乃しか写っていない。
「お疲れ様佐々木くん。早速で悪いけど、あの話を2人にもしてくれないかな」
この光景にも慣れすぎている瀬戸は佐々木に話を振った。
佐々木はギロッと瀬戸を睨んだ。
「今僕は雪乃先輩との大事な時間を過ごしているんです、邪魔しないでください」
「話って何ルカくん」
「ただちに説明させていただきます」
手のひら返しってこんなにも早く出来るんだ、と寧ろ感心してしまうチーノ。
鶴の一声ならぬ、雪乃の一声。
「最近妙な事件が連発してるんです」
佐々木は雪乃の手を離し、立ち上がって話し始めた。
「妙な事件…?」
「はい、突然生徒が我を忘れて暴れ出し周囲の人間を襲ったり物を破壊したりする事件です。今日までで3件ほど、校内で起こっています」
佐々木の話にチーノと雪乃は視線を合わせる。
何やら思ったより、ことは重大らしい。
「そんな事が起こってるなんて、全然気付かなかった…」
「風紀や先生方によって迅速に対処しているので、あまり騒ぎにはなってないかと」
「優秀やんけ、流石次期風紀委員長」
チーノの言葉にフンと鼻を鳴らし、佐々木は続ける。
「暴動を起こした生徒たちは現在意識を取り戻しているんですが、全員口を揃えて『覚えていない』と話しています」
「んー、奇妙な事件だね」
雪乃は顎に指をかけ首を傾げた。
隣で瀬戸がモグモグと雪乃が買ってきた購買のパンを食べる。
「全部この学園内で起こってるんやんな…」
「はい。しかも中等部でのみ。何者かの犯行なのか、それとも別の原因があるのか、まだ分かっていません」
「ってことは、今後も起こる可能性があるってことだよね…」
「大丈夫です。雪乃先輩のことは僕が守ります」
「ほんまにゆっきー大好きやなキミ」
「とりあえず風紀で見回りも強化してるから、もし遭遇した時は2人も協力してほしい」
瀬戸の真っ直ぐな眼差しに雪乃は「もちろん、委員長のためなら頑張るよ」と優しく笑いかける。
「委員長のくせに雪乃先輩を誘惑しないでください早く離れろヒョロ男。雪乃先輩、そんな奴のために頑張らないで、僕と一緒に行動しましょう?」
「あーもうツッコむん疲れたわ」
事件もだが、まずはこの目の前の光景に疲れを覚えるチーノだった。
「まぁこんな事件、先輩の手を煩わせずとも、僕が解決して見せますよ」
自信満々に息巻く佐々木。
雪乃はそんな強気な後輩を見つめる。
「…ルカくん、ひとつだけ、先輩からの助言ね」
その優しい声音に、佐々木は雪乃を見た。
雪乃は首元の黒いマフラーを触りながら少し伏せ目がちに言葉を紡ぐ。
「この世は1人じゃ出来ないことばかりだから。私だってそう。だから、誰かを信じて頼ること。誰かに助けを求めること。その強さを持っていてほしい。そしたら、見えなかったものも見えてくるから」
まるで何かを想うかのように言葉を紡ぎながら微笑む雪乃に、佐々木は少し驚きつつ眉を顰める。
わからない。だって僕は誰の手も借りず全て1人で出来るから。
けど、雪乃のその表情に、何故か嫉妬していた。