テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
控室に戻って、どっと全身から力が抜けたみたいにソファへ腰を下ろした。
剣も木剣とはいえ振り回したし、精神的にもいろいろ疲れた気がする。
「この後の予定って聞いてる?」
「何も聞いてないよ~」
沙耶がソファの背もたれにぐでんと寄りかかりながら、いつも通りの調子で答える。
決勝が終わった後って、普通何かあるものじゃないのかな……と思いつつも、運営からは特に説明がなかった気がする。
――いや、待てよ。
事前に相田さんから渡されたパンフレット。あれに、何かそれっぽいことが書いてあったような……。
でも、こうして綺麗さっぱり忘れているってことは、たぶん命に関わるような重要事項ではないのだろう。きっと、そういうことにしておく。
散らかっていたタオルを畳み直し、移動した椅子を元の位置に戻して、来た時と同じ状態に整える。
こういうところだけは几帳面なのだと、我ながら思う。
「よし。帰ろっか」
控室のドアを開けて外へ出ると、すぐそこにカレンと小森ちゃんが待っていた。
「橘さん……!」
小森ちゃんが、半泣きの顔で勢いよく飛びついてきた。
あまりにも必死な抱きつき方に、一瞬、ダンジョンで何かあったのかと身構えてしまう。
「えっと、小森ちゃん? どうしたの?」
「ごめんなさい、わたしには無理です……」
「カレン、何したの?」
焼きイカを嬉しそうに頬張っているカレンに視線を向ける。
串を咥えたまま、無表情のまま両手でガッツポーズをしてみせた。
「ん。出店、全制覇」
「全部わたしの分も買ってくるんです……断るに断れなくって、もうお腹が……」
泣きそうな声で訴える小森ちゃんの、お腹にそっと手を当ててみる。
……うん、完全に“食べ過ぎたときのお腹”だ。ぽこん、と手のひらを押し返してくる。
このままカレンに任せていたら、絶対に小森ちゃんが太る。
そして、太った小森ちゃんを見て「おいしそう」とか言いかねないカレンの目付きが、既に獲物を見るソレになっているのが怖い。
(これは本気で止めないと、そのうちいろんな意味で食べられる……)
そんな未来図が脳内で完成してしまい、慌てて話題を変えた。
「そうだ、大会がちょっと消化不良だったから、この後みんなでダンジョン行かない?」
「さんせー!」
「ん。私も、消化不良」
カレンの“消化不良”は物理的な意味での方だろう。
それでも元気よく手を挙げているから、まあ大丈夫なんだろう。
近場のダンジョンを協会アプリからさくっと予約し、皆で車に乗り込む。
数時間前まで歓声で満ちていた東京ドームを後にし、私たちはいつもの“日常”――ダンジョン攻略へ向かった。
ゲートをくぐると、そこは一面の草原ダンジョンだった。澄んだ風が頬を撫で、さっきまでの人工的な照明と歓声の世界が遠く感じる。
「そういえば大会はどうだったんですか?」
ダンジョンに入って、少し歩いたところで小森ちゃんが控えめに訊いてきた。
「優勝したよ。何もなさそうだったから、出てきちゃった」
「えっ? 上位3パーティーに入ったら表彰式があるから、それに出るんじゃないんですか?」
「あっ……」
綺麗な音を立てて記憶が蘇った。
パンフレットにデカデカと『優勝パーティー表彰式』って書いてあったのを、今さら思い出す。
すでにダンジョン入りしてしまった今、引き返す選択肢はない。
頭の中で、相田さんの顔が浮かんでは消えていった。
(……まあ、相田さんなら何とかしてくれる、よね)
心の中でそっと丸投げして、草原の真ん中で暴れ回っている三人へ目を向ける。
沙耶と七海は、これでもかというほど派手に技能をぶっ放し、コボルトたちを次々と吹き飛ばしていた。
その中へ、カレンがあえて飛び込み、紙一重で攻撃を躱しながら突っ込んでいく。
「うわ、すっごいギリギリ……」
巻き込まれたコボルトが、逆方向に吹き飛んで転がっていく。
打ち漏らしが一切ないのは褒めるべきだけれど、見ているこっちがヒヤヒヤする。
私は後方で小森ちゃんと並んで、それを眺めていた。
「表彰式は別に大丈夫かな。小森ちゃんは動かなくていいの?」
「あ、いえ……わたし今動くと多分全部出てくると言いますか……なんと言いますか……」
「そうだね、食べ過ぎた時は動かないのが一番だよね……」
自分のお腹を撫でさすりながら、苦笑いを浮かべる小森ちゃん。
その様子が、昔の自分を見ているようで少し胸が痛くなった。
(私も、回帰前は“動くための燃料”以上は食べなかったもんな……)
今は、誰かと一緒に食事をして笑えるようになった。
だからこそ、無理をさせたくない。体も、心も。
こうして草原の真ん中で、仲間たちの背中を眺めながら、私は改めて思うのだ。
――表彰式より、今この時間の方が、よっぽど“私たちらしい”って。
◆~決勝戦終了後の会場~◆ ※相田視点
嬢ちゃんたちが優勝するのは、正直、最初から分かり切った話ではあった。
だが、『開拓者』をあそこまで赤子の手をひねるように一蹴するとはなぁ……。
3位決定戦が終わり、残るは表彰式だけ。
これさえ済めば、個人戦の部は無事に終了――の予定だった。
「しっかし……嬢ちゃんが盛大に破壊してくれたおかげで、明日の団体戦は無理だな」
客席の上から競技フィールドを見下ろす。
そこには、見事なまでに抉れたクレーター。
真ん中にデカい穴が空いたままでは、さすがに団体戦はできん。
「そうですね、会長。重点的に修理をして、最低でも5日はかかりますね」
隣で端末を弄っていた林が、淡々と現実的な数字を告げる。
「開催は来週だな。関係部署に謝罪と根回しを頼んだぞ、林」
「えぇ、その辺はお任せください」
嬢ちゃん――『銀の聖女』が優勝してくれたおかげで、協会としては非常にやりやすくなった部分もある。
嬢ちゃんたちの背後には、どこの企業もスポンサーも付いていない。
“実質、協会が後ろ盾”という形だが……まあ、正確に言えば、嬢ちゃんは後ろ盾なんぞなくても勝手に好き放題やるだろう。
それでも、「協会が推しているパーティー」が一つあるというのは、世間に対して分かりやすい旗印になる。
そんなことを考えていると、会場内をスタッフが慌ただしく走り回っているのが目に入った。
嫌な予感がする。
「会長、下から入電です。『銀の聖女』パーティーが居ません……」
「なんだと!? 隈なく探したのか?!」
「えぇ……監視カメラの映像だと、あぁ。これ帰ってますね」
「帰っただとっ!? それは……本当なのか!?」
「間違いありません……あ、近場でダンジョンを予約した履歴ありますね」
一瞬、頭が真っ白になった後、込み上げてきたのは怒りでも呆れでもなく――笑いだった。
「かっかっかっ!! 嬢ちゃんらしいな! こんな大会の表彰式よりダンジョンを優先か!!」
思わず腹を抱えそうになりながら笑うと、林が苦笑しつつもメモを取る。
「林、それをそのまま会場に伝えろ。なぁに、悪いことにはならん」
「……そのまま、ですか?」
「そのままだ」
儂も最初は驚いた。
だが、“らしい”と言えば、これほど嬢ちゃんらしい行動もない。
こういうムーブをしてくれた方が、「『銀の聖女』は権力や名声に興味がない」という印象を世間に叩き込める。
林が会場へ降りていき、アナウンスが流れる。
表彰台の真ん中――本来『銀の聖女』が立つはずだった場所は空席のまま、表彰式が始まった。
当然、会場はどよめく。
だが、「優勝パーティーは既にダンジョンに向かった」と説明が流れると、一瞬の沈黙の後、妙な納得と笑いが混じった空気へと変わっていった。
林が戻ってきて、端末で何かを確認している。
「林、何を確認しているんだ?」
「いえ、『銀の聖女』が表彰式を欠席したことで何か不都合が起きてないか確認してたのですが……大丈夫そうですね。むしろ『銀の聖女』に対する好感度が上昇してますね」
「それなら良かった。儂にはネットは使いこなせんからなぁ」
使おうと努力はしている。してはいるのだが、如何せん歳を取ると新しいものへの順応がどうにも鈍くなる。
頭が固くなったと自覚してはいるが、それでも何とか“時代に置いていかれないように”踏ん張っているつもりだ。
その後、表彰式は滞りなく終わり、個人戦は幕を閉じた。
しばらくは、どこのニュースもネットも、嬢ちゃんたちの話題で持ちきりになるだろう。
その中で、また妙な真似をしでかす輩が出てこないように――。
「林、しばらくの間、『銀の聖女』関連の監視を強化しておけ。変なのが寄ってきたら、すぐ潰す」
「了解しました、会長」
ハンター全体を守るのが、ハンター協会の役目だ。
そして今は、その中心に、あの“銀の聖女”がいる。
ならば儂は、その背中が、余計な雑音や刃に汚されぬように――前線ではなく、後ろから構えておくとしようか。