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ダンジョンをクリアして地上に戻ると、案の定というか……スマホの通知欄が相田さんの名前で埋め尽くされていた。
着信の山。スクロールしても終わらない履歴に、さすがに胃がキュッとする。
(あー……これは、さすがに怒ってるやつだよね……)
覚悟を決めて折り返すと、意外にも表彰式の件ではなく、淡々とした声で団体戦が来週に延期になったとだけ告げられた。
「……表彰式、すっぽかしちゃってすみません」
一応、恐る恐る切り出してみると、電話越しの相田さんは「気にするな」と笑った。
拍子抜けするぐらい、ほんとうに、それだけで済ませるつもりらしい。
とはいえ、東京ドームのど真ん中にクレーターを作った張本人としては、後ろめたさが消えるわけもない。
「破壊した分の修繕費、渡したいので見積もり送ってください」
そう申し出たのだが、きっぱりと断られた。
人が良いのは重々承知しているけれど、だからと言って「はいそうですか」と引き下がれるほど、私は図太くない。
(……協会の運営費とか全部握ってるの、林さんだよね)
相田さんに正面から頼んでも受け取ってもらえないなら、裏から回ればいい。
やりくり担当の林さんにこっそり聞き出して、そのまま送りつけてしまおう。請求書が来ないなら、こちらから“支払い”を押し付ければいい。
「わぁ……ネット上すごいね……」
隣で沙耶がスマホを眺めながら、素直な感想を漏らした。
タイムラインには「銀の聖女最強」「開拓者ボコボコ」「表彰式すっぽかし伝説」とか、ろくでもないワードが飛び交っているに違いない。
「そうなんだ。そんなことより、私と小森ちゃんがまだ動けてないからさ、ダンジョンもう1件行こうよ」
興味がないわけじゃないけど、いちいち反応していたらきりがない。
それより、さっきはほとんど観賞&指導で終わったので、体がむずむずしている。剣を振りたい。思い切り。
返答も聞かずに、いつもの端末アプリで近場のダンジョンを検索し、そのまま予約ボタンをタップした。
沙耶たちが「行かない」と言ったとしても、最悪一人で攻略すればいい。今の私なら、それぐらいの自信はある。
予約確定の画面に視線を落とした瞬間、気になる表示が目に入った。
(……失敗歴、3回?)
ダンジョンリストの横に、小さく“攻略失敗 3”の赤文字。
3パーティーが戻ってこなかった、という意味だ。
「少し警戒しようか。ここ、3パーティーが攻略失敗してるみたい」
出発前、車の中で皆に釘を刺す。
内部の情報はゼロ。生還者がいない以上、どういう構造で、どんな敵が出るかも分からない。
けれど――。
(まあ、何とかなるでしょ)
心のどこかで、そんな楽観もある。
それを裏付けるだけの実力を今の自分が持っていることも分かっているから、余計に。
ゲート前で全員の顔をぐるりと見回し、念には念を入れて武器を出した状態でダンジョンへ足を踏み入れた。
――空気が、一瞬で変わった。
湿り気を帯びた冷気が、肌を撫でるというより、じっとりと絡みついてくる。
鼻の奥を刺す土と腐敗の匂い。耳に届くのは自分たちの足音だけで、風の音すら聞こえない。
薄暗い視界の先には、十字架状に組まれた木材が、墓標のようにずらりと地面に突き刺さっている。
そして――恐ろしいほど、静かだった。
「あ、お姉ちゃん! あそこに倒れている人が居るよ!」
沙耶の声が響いて、私の背筋が一瞬で強張る。
「っ……」
視線の先には、確かに人影が一つ、うつ伏せに倒れていた。
装備も服装も、どう見てもハンター。だけど――。
(魔力の、流れが……ない)
周囲に漂うはずの微量な魔力の残滓すら感じられない。
それが意味するのは、ただひとつ。
――既に、この世の人間ではない、ということだ。
脳裏に最悪の可能性がよぎり、反射的に声が出た。
「沙耶!! そこから離れて!!」
「ほへ?」
警告に、沙耶がこっちを振り向いた――その瞬間。
「倒れていたはず」の人間が、ガクンと不自然に身体を起こし、そのまま沙耶へ飛びかかった。
通常の速度では、間に合わない。
思考より早く魔脈を全開にし、【神速】を二重詠唱。
音も景色も、すべて置き去りにして駆ける。
伸ばした手で、驚いた顔の沙耶の襟首を掴み、そのまま力任せにカレンの方へ投げ飛ばした。
視界の端で、カレンが大きな欠伸をしながらも、沙耶を綺麗にキャッチしてくれるのが見える。
勢いそのまま飛び出してくる“それ”――ゾンビの頭に、剣を叩き込む。
鈍い手応えと共に、頭部が吹き飛んだ。
一瞬だけ、その動きが止まる。
「……まだ動くか」
足元に転がった死体が、不自然に痙攣し、手足をばたつかせ始める。
舌打ちと共に、細切れになるまで斬り刻んだ。
ぐちゃり、と嫌な音を立てて、ようやく完全に動きを止める。
視線を戻すと、投げ飛ばされた沙耶は、カレンにしっかりお姫様抱っこされていた。
血を払うように剣を一振りし、皆の元へと戻る。
「沙耶。前にも説明したけど、ダンジョンに入った時点で、倒れてる人には近づいちゃダメ」
「うん……ごめん、お姉ちゃん。完全に気を抜いてた……ちゃんと気を引き締めるよ」
「まあ、ゾンビが出るダンジョンは今回が初だからね。次から気を付けて」
小さく肩を竦めながら、改めて3人へ説明を始める。
ゾンビの倒し方。噛まれた時の対処法。
噛まれたら隠さずに解毒薬を飲むこと――回帰前ですら「何故効くのか」は解明されていなかったが、「飲めば助かる」という事実だけは、皆が命を賭けて証明してきた。
「ん。ゾンビは死んだときに変質した魔力……死魔力を噛んだ相手に流し込む。通常の魔力と死魔力は相容れない存在で死魔力のほうが優位。蝕むから、体は毒として認識する。だから蝕んでいるものを排除する解毒薬が有用……えっへん」
胸を張って、どこか誇らしげに解説するカレンの頭を、思わず抱き寄せて撫で回した。
「知らない知識をありがとう、カレン」
魔力が変質する、死魔力という概念。
動き出す理由を“魔力”から説明されたのは初めてだ。
(あぁ……そうか。科学じゃ説明できない領域だから、原因が分からなかったんだ)
回帰前、ダンジョンが生まれてから四十年ほど。
あの時代では足りなかったピースが、今ここで、少しずつ埋まっていく。
「話を戻すよ。今回のダンジョンで、私たち以外に“動いてるもの”が居たら全部敵だと思って。あと、今回のダンジョンはゾンビの変異種――グールもいるから気を付けて」
「つまり……頭を吹き飛ばしただけじゃ安心するなってことっすか?」
「そういうこと。ゾンビは近くにグールが居ると……頭を飛ばすと神経で動いていたのが魔石の魔力で動くようになる。だからできるだけ上半身を消し飛ばして」
「分かったー」
小森ちゃん、七海、沙耶の順に頷くのを確認してから、周囲を見渡す。
十字架のような木の墓標が、ぞっとするほど整然と並んでいる。どこからでも出てこられそうな光景だ。
「先頭は私。後ろに小森ちゃんで、その左右に沙耶と七海。殿と後方警戒はカレンでよろしくね」
「ん。任された……あと、あーちゃん。この魔力の感じ……多分居る」
カレンの表情が、いつになく真剣なものに変わる。
眉が僅かに寄り、琥珀色の瞳が遠くを見据えていた。
「だろうね……じゃないと、このダンジョンの難易度に説明がつかない」
沙耶と七海、小森ちゃんにはまだピンときていないようだが、沙耶だけは何かを察したのか、息を呑む音が聞こえた。
――魔族。
ここ数回、妙に難易度と規模が釣り合わないダンジョンには、必ず奴らが居た。
そのパターンを思い返せば、この違和感の正体も嫌でも見えてくる。
(ほんと、魔族絡みってろくなことにならないよね……)
心の中でだけ、盛大に悪態をつく。
遠く、ダンジョンの奥に建物らしき影が見える。
そちらへ向かって進んでいると、正面の地面が、ずるり、と音を立てて割れた。
土が蠢き、そこから黒ずんだ手が、いくつもいくつも生えてくる。
地面を引っかきながら、ぞろぞろと這い出てくるのは――さっきと同じ、ゾンビたち。
「沙耶、炎系の技能は燃えた状態でゾンビが襲い掛かってくるから、なるべく使わないように。七海は技能を使って頭を飛ばしてね。当てるだけじゃ死なないから。小森ちゃんは沙耶と七海にフルで技能を使ってあげて」
口早に指示を飛ばす。
カレンが「私は?」と言いたげにこちらを見てくるが、放っておいても勝手に暴れそうだし、完全に外すのも気が引ける。
「カレンはその場で周囲警戒を。三人を守ってね」
「ん。了解」
剣を握り直し、ゾンビの群れへと駆け出すのと同時に、後方から沙耶と七海の技能が矢継ぎ早に放たれる。
ざっと見ただけで、数百体はいる。
首を跳ね、胸の中心――魔石の位置を突き砕く。ゾンビの魔石は、さすがに食べる気も拾う気にもなれないので、容赦なく破壊だ。
(ゾンビ映画みたいに、のろのろ歩いてくれるならまだ可愛げもあるんだけどね……)
現実のゾンビは、そんな生易しいものではない。
全力で走ってくるし、生前のスキルや技能まで使ってくる。
中には、ゾンビ化してもなお自我を保っている個体すら居ると聞く。
無数の魔法技能の気配が一斉に動く。
速度をさらに上げ、展開されかけた魔法陣を片っ端から斬り捨てながら、ゾンビの群れを斬り裂いていく。
(あ、これ、胸の真ん中に魔石があるなら――)
正中線に沿って縦に切り裂けば、一撃で魔石ごと両断できることに、今更ながら気付いた。
【八閃花】を発動し、八本の魔力の剣を維持したまま、近づいてくるゾンビを刻むようにコントロールする。
自分から複雑に動かすのはまだ難しいが、“近づいてきたものに振り下ろすだけ”の単純な動きなら、だいぶ慣れてきた。
『技能名:【八閃花】より派生しました。技能名:【八剣】を習得。以降、同様な使い方をする場合は【八閃花】ではなく【八剣】と唱えてください』
『戦の神が笑顔で親指を立てています』
「……ありがたい、のかな、これ」
頭の中に響く、ゲームシステムのような声。
得ずして新しい技能を獲得したが、違いが分からないまま使い続けるのも怖い。
いったん今の魔力の剣を消し、新しい技能名を口にした。
「【八剣】」
魔力が消費され、再び八本の剣が生まれる――が、さっきまでと感覚が違う。
(……なるほど。燃費が良くなってるし、剣そのものが“魔力だけ”じゃない)
感触としては、私が手に持っている本物の剣と同じ“質感”がある。
宙に浮いている分だけ違和感はあるけれど、コントロールのしやすさは段違いだ。
「とても使いやすい技能をありがとう、戦の神」
『戦の神が歓喜のあまり涙を流しています』
『愛の神が戦の神を恨めしく思っています』
「愛の神は相変わらず暇だなぁ……」
心の中でだけツッコミを入れて、気持ちを切り替える。
今は、目の前のゾンビたちだ。
八本の剣が私の周囲を舞い、迫り来るゾンビを次々と両断していく。
刃が通る軌跡に、ねっとりとした血飛沫と腐臭が散り、足元には切り刻まれた肉片と砕けた魔石の欠片が積み重なっていく。
(さて――ここからが本番、かな)
魔脈が開いたことで、戦い方の幅は確かに広がった。
魔族がいるであろうこのダンジョンの奥で、その成果を全部ぶつける。
そんなことを思いながら、私はさらに剣を握り直した。